リッパー【下】
マリアは言っていた。
サイコヘッドは、体内に寄生する「ゼロ」の作用により、常人では考えられない身体能力を身に付けていると。
そんな奴と組み合って勝てるはずもない…
俺は銃を構えて化物を迎え撃つことにした。
自動拳銃・M1911 A1…それが相沢から譲り受けた、この銃の名称らしい。
大戦時に使われていた古い銃と言っていたが、相沢は自分好みにフルカスタマイズし、より扱いやすくしていた。
リアサイトは本来の物より大きく、緑色の発光する照準器がつけられていた。
これは咄嗟に狙いをつけやすくする為だ、と相沢は言っていた。
相沢と共に行動していた時に、銃の使い方を一通り学んでいた俺は、教えてもらった通りに目線で相手をとらえ発砲する。
ゆっくりと近づいていた化物は右胸を撃たれ、大きく仰け反った。
普通なら致命傷だ……しかし。
コレクターとの戦いで学んだ事。
サイコヘッドは「この程度」では死なない 。
続けて俺は、化物の腹部に1発撃ち込む。
今度は腹を抑えながら化物は前屈みになる。
「…手術の続きは地獄でやれ」
ゼロ距離の位置から、化物の顔面に銃弾を撃ち込んだ。
右頬が吹き飛んだ化物は、血を撒き散らしながら後方に倒れた。
いくらサイコヘッドと言えど、顔面を吹き飛ばされて生きてはいられないはず。
俺は銃を降ろして男に近づいた。
ピクリともせず倒れている男に安堵した…その時。
男は急に起き上がり、銃を持った俺の手を掴んできた。
「君みたいな若者が、こんな物を持っちゃあいけないなぁ…さぁ…離しなさい」
掴まれた手首の骨が軋む……まるで万力で締められているかのようだ。
咄嗟に化物の腹部を蹴り飛ばそうとしたが、男は俺の胸ぐらを掴んで、勢いよく壁に投げ飛ばした。
「それでは手術を始めようか」
頬が吹き飛び、右目が半分落ちかかっていた化物は、持っていたメスを倒れている俺の肩に突き刺した。
防刃であるケブラー素材の戦闘服を突き破って、メスが俺の肩を抉ってくる。
鋭い痛みに俺は声をあげた。
「あぁ~~っ♪私の目立てた通りだっ!君はっ!ウフッ…フッフッフッ♪この上等な筋肉のスジが裂ける感触っ!…アッ♪………これは失敬」
俺を見下ろしていた化物の下腹部が隆起した。
「野郎…なめやがって」
俺は軍用ナイフを下腹部へと突き刺す。
一物から凄まじい勢いで血が吹き出したが、化物はヘラヘラと笑っている。
「駄目だよぉ~そんなんじゃ~もっと♪もっと♪これぐらいしなきゃ~」
化物は俺が突き刺したナイフを上下させて、一物の傷口を広げていく。
壊れた蛇口のように血を垂れ流していたが、化物は平然と笑っていた。
「…クソッタレめ。そんなに切り裂く事が好きなのか」
俺の言葉に化物は少し我にかえる。
「フフ…そうさ。「霜降り肉」を切ったような、柔らかい感触……人を切り裂きたいが為に、私は外科医になったのだからな」
化物は手で目を隠して笑いを堪えている。
「プッ……クククっ!私にとって、こんなに楽しい職業は他にない。人を切り裂いて…挙げ句の果てに先生だ、何だとチヤホヤしてくれる……しかも死に損ないの「お肉」は毎日腐る程、出てくるのだからなぁ!」
そういうと、化物は俺の腹部を蹴り飛ばしてきた。
呼吸器官を蹴られたのか、息が出来ない。
……意識が薄れてきた。
「さて……お待ちかねの開胸手術を始めようか。元気のいい患者は久しぶりだったよ」
俺は……こんな所で……死ぬわけには。
意識は……そこで途絶えた。
「……………ぐっ!!頭がっ!」
激しい頭痛と共に目覚めた俺が見たものは、凄惨な光景だった。
血だまりの中心に転がっていた化物は、胴体から頭と手足が無くなっていた。
後方の壁に叩きつけられていた頭は半分に潰れ、脳が壁から流れ落ちている。
身体は腹部を中心に引き裂かれ、臓器がほとんど無くなっている。
「一体誰が……俺は無事だったのか?」
立ち上がろうとしたが、胃に不快感を感じた俺は、堪らず嘔吐する。
俺の口からは赤ワインのような血が、大量に次々と流れ落ちていく……そして赤いブヨブヨしたゼリーのような物体も一緒に吐き出していた。
これは……俺の血じゃない……とすれば
ゼリーの正体は「臓器」?
「…まさか…これは俺が…」
あの化物の手足を千切り……臓器を……
……喰った……のか……俺が……?
俺の中にいる「ゼロ」がサイコヘッドを補食したがっていたのか……
あるいは命を失う危機に「ゼロ」が暴走したのか。
いずれにせよ……俺はサイコヘッドを殺し…
その身体を喰った。
マリアは言った…
サイコヘッドとは、人の奥底にある欲望に異常までに固執する狂気の人間になった「化物」だと。
ならば…それを喰らった俺は一体何なのか?
本当の化物は…俺自身だった。




