コレクター【下】
「…化粧品?」
桜を部屋から連れ出そうとした際、部屋の鏡の前に大量の化粧品が置いてあることに俺は気付いた。
「おい…相馬。はやいとこ、嬢ちゃんを連れてオサラバした方がいいぜ? 家主が帰ってくる前にな」
「あぁ…すまない」
俺は桜を背負いながら階段を降りていく…
酷い腐臭が漂う一階に着いた瞬間、家の扉が静かに開き、何者かが家の中に入ってきた。
「…感染者?」
「いや…ちげぇよ。どうやら家主のご登場らしいぜ」
…扉の前に立っていたのは醜悪な化け物だった。
女物の服は血なのか泥なのかは分からないが黒く汚れていた。
家畜の解体に使うような厚みのある包丁を手に取り、包丁からは「何か」を切り落とした後なのか、血が滴り落ちている。
そして…頭には部屋に置いてある「生首」と同じようなツギハギだらけの人の皮を被っていた。
「…どこに連れていく気?」
俺達を見ながら化け物はそう呟いた。
「皮」を被っているためか少し聞き取りずらかったが、女の声のような感じだ。
「どこへ連れていくのよぉーー!!!」
黙殺する俺達に苛立ったのか、化け物はテーブルに勢いよく包丁を降り下ろした。
包丁を叩きつけた衝撃で置いてあった「生首」が、テーブルからいくつか転げ落ち、イヤな音を立てて床に落ちた。
「お前さんが、このオブジェの作者か?ワリィけど嬢ちゃんが帰りたがってんでな。俺達は迎えにきたんだよ」
銃を構えながら話す相沢に対して化け物は全く動じてない。
「…桜は返してもらう」
俺の言葉に化け物はテーブルに食い込んだ包丁を抜きながら笑い始めた。
「桜…?フフ……桜っていうの?その子…そう…素敵な名前ね…あぁ…本当に羨ましい」
「…羨ましい?」
「その子…可愛いわ。今まで見た子の中でも最高よ…だからね…苛めたくなっちゃったのよ。そうでしょ…?私より可愛い子なんて存在しちゃいけないんだから!!!」
化け物は突然、自分が被っていた「皮」を取ると床に投げつけた。
その素顔は「皮」を被っていた為に黒く汚れていたが、中年の女性らしき事は確認できた。
「老いは醜い…そして若い子が憎い!私がどんなに頑張っても若い子に美で勝てない……でも気付いたの。だったら若い子の「顔」を貰えば私はいつまでも美しくあり続けられるってね」
女は続けて俺達に語った…この「生首」は死体となった若い女性の顔を剥いで作ったもの。
そして、このツギハギは自分の気に入った「部分」を繋ぎ合わせて理想の顔を作ったとのことだ。
「これこそどんな整形や化粧品よりも美しくなれる「究極の美」よ!そして、その子の顔を使えば私はさらに美しくなれる!「ソレ」を私に返しなさい!」
女は桜を背負った俺に近づいてきた。
相沢は俺を下がらせ、女に銃を構えて発砲する。
数発の銃弾を受けて女はよろめきながら倒れた。
「そんなに化粧がしたかったら「あの世」でするんだな…オバチャン。…とんだ道草だったな。早くこんなクセェとこから出ようぜ」
扉を開けようとした相沢に、銃弾を受けたはずの女が勢いよく立ち上がり襲いかかってきた。
相沢は女の降り下ろした包丁を銃身で受けたが、体勢を崩してしまった。
続けて繰り出してきた女の蹴りをまともに受け、棚に激突する。
「…マジかよクソッタレが。なんで死なねーんだよ糞ババァ!」
たしかに銃弾を受けて倒れたはず…どう考えても致命傷であるダメージを女はものともしていない。
相沢は太股のホルスターからナイフを取り出して女の喉を突く。
女の喉からは真っ赤な鮮血が吹き出していたが、女は血走った目で相沢の喉仏を掴み、そのまま押し倒した。
「…ぐあっ!!こ…こいつ…なんて…力だ!首が…折られちまう」
俺は桜を床に下ろすと、女が持っていた包丁を拾い相沢の救援に向かう。
馬乗りになっていた女の首めがけて包丁を降り下ろした。
女の首は切断され血を撒き散らしながら床に転がる…相沢は女の体を蹴飛ばして立ち上がった。
「た…助かったぜ。相馬…ありがとよ。しかし、何なんだコイツは?感染者でもねぇのに銃弾が効かなかったぞ」
「分からない…とりあえず家を出よう。桜の衰弱が激しい」
俺達は化け物の家を後にし、再び「公民館」へと向かった。
アウトブレイク以前…俺はテレビのCMや雑誌でウンザリするほど「化粧品」の宣伝を見てきた。
ことあるごとに「効果」があると「新商品」を宣伝し、美を求める者の購買意欲を誘う。
「美への執着」…それ自体は悪い事ではない。
だが、行き過ぎた執着は「嫉妬」を生み、やがて他人への「憎悪」となる。
あの化け物を作ってしまったのは、このアウトブレイク状況下というものもあるが、過度な美への宣伝に踊らされた結果でもあるような気がした。
アウトブレイクから一ヶ月がたった。
ようやく一つ目の探し物は見つかったが
俺の戦いはまだ続いている…




