狩る者【下】終焉
部屋に突入し銃を構える俺達を前にして、坂木は物怖じせずに無言で答えていた。
状況は2対1…坂木にとっては、どう考えても不利な状況であるはずだが…
「ゲームオーバー…ってやつだ。原田君が「あの世」でお待ちかねだぜ。お山の大将さん」
相も変わらず軽口を叩く相沢を尻目に、俺は倒れている川本に目をやる。
胸からの出血が見られるが、僅かに体が動いている…かろうじて生きているようだ。
「何故、このような事を起こしたのか知りたい顔をしているな?相馬君」
「…ぜひ、聞かせてもらいたいものだな」
俺は部隊設立当初から見ていないが、少なくとも坂木は川本を慕っているように見えた。
何故、このような狂気じみた行動をとったのか?
俺は理由が知りたかった。
「…そこに転がっている老害の方針を聞いたら、このような行動を起こしたくなる…なにせ街を奪還する事を諦めたのだからね」
銃を俺達に向けながら坂木は淡々と喋り出した。
俺達が斥候に向かった後に、川本は部隊を集め今後の方針を伝えたそうだ。
その内容は…「コロニー」と名付けた「公民館」にいる生存者と共に街から脱出するというもの。
この学校にある全ての物質を「公民館」に移し、生存者達と共に国からの「救援」を待つ…もしくは自ら街から自力で脱出する。
つまりは街を奪還するのを諦めるという事だった。
斥候を出していたのは「公民館」にいる生存者に物資を渡すルートを確保するためであり、「公民館」を前線基地とするわけではなかった。
そして、食料などを調達する「調達部隊」には、その事は知らされていなかったという。
「我々が食料を調達してきたのは、街を脱出する為ではない!この街を汚れた化け物から取り戻すためだ!」
語気を強めた坂木の言葉に、相沢は呆れた笑いを
しながら答えた。
「だ~から隊長さんは、お前達を「斥候部隊」に任命しなかったんだよ。まーだ分かんねーのかなぁ~?」
「黙れ!戦争屋がっ!!…貴様などに愛する者を奪われた気持ちが分かるか!?私の娘は…奴等に生きながら顔の皮を剥がされ…食われたんだぞ!」
「お~こわ…俺もそうならないように気を付けるとするよ。アドバイスありがとね…パパ★」
坂木は青筋を立てて相沢を睨みつけていたが、俺の顔を見ると冷静になり話しかけてきた。
「…相馬君。君なら分かるはずだ…奴等が憎いだろう?君とて家族を失ったはずだ。私と共に奴等を排除しよう…一人で生き抜いてきた君なら出来る」
「出来ない相談だな…あんたは現実を見ていない。相沢も言っていたが、街を奪還する事は出来ない…奴等は増える、俺達は減るじゃ話にならない…感情の問題じゃないんだ」
どれほどの備蓄があるのかは分からないが、いずれ弾丸は無くなる。
そうなれば後ろ楯が無い、このような小規模な部隊が広大な街を奪還するなど夢物語だろう。
「なに…コロニーにいる人員を使えばいい。私が彼らを指導しよう。今度こそ思想が統一された強靭な奪還部隊を設立するのだ!私のもとで!」
「…おいおい。言ってる事が「独裁者」じみてきやがったぞ。頭の「お薬」を用意しなきゃな」
怒りの表情を浮かべた坂木が、相沢に銃口を向けたその時、部屋の中心から白い煙が巻き上がった。
何故、煙が出たのか理解出来なかったが、誰かに首を捕まれ「うつ伏せ」状態にさせられた。
巻き上がる白い煙の中、坂木がいる方から銃声が鳴り響く…恐らく出鱈目に銃を乱射しているのだろう。
暫く銃声が続いていたが、鈍い音と共にピタリと音が止む。
煙が薄くなり、辺りの状況を確認した俺の目に写ったのは、首がねじまがった坂木と、それを見下ろす相沢の姿だった。
「…わりぃな。俺の「得意技」は射撃じゃなくて「近接戦闘」なんだわ」
どうやら煙に紛れて坂木を仕留めたらしい。
俺は川本のもとへ向かった。
着ていた服が血で真っ赤に染まっている…かなり出血が激しい。
意識が朦朧としている川本の手をとり呼びかけてはみたが、首を縦に振る動作が精一杯のようだった。
「相沢!どうにかならないのか?これじゃあ…」
「受けた銃弾の位置がやべぇな…肺に当たっているかもしれねぇ。残念だが…」
川本は服の胸ポケットから血で染まった写真を取り出した。
手を掴んだ俺の手に写真を握らせてくる…息もたえだえに話しかけてきた。
「す…すまな…い。こ…んな…事に…ゴホッ!ゴホッ!」
川本の口から真っ赤な鮮血が流れる。
相沢は川本に喋るな、と言ったが…川本はそのまま続けて俺に話してきた。
「わた…し…の…息子だ。もし…みかけ…たら…助けて…やってくれ。名前…は…「祐也」」
俺は写真を見て鳥肌が立った。
そこに写っていたのは、あの家の惨劇の犠牲者となった「川本祐也」が笑顔で写っていた。
「街の…奪還も…祐…也に…美穂…すま…な…」
涙を流しながら俺に訴えていたが
川本は最後まで言い切れず息絶えた。
「そこに写ってんのが隊長さんの息子さんか~。この人の息子なら、まだ生きてるかもなぁ~」
「……いや……俺が殺した」
相沢は俺の言葉に驚いていた。
祐也の言っていた「父親」とは、この人だったのだ。
あの時、俺が「祐也」の家に入らなければ
あるいは、この「父親」と再開出来たのだろうか?
もし、死後の怨念というものがあるならば
俺は呪い殺されるだろう。
それだけの「業」を犯してしまったのだから…




