狩る者【下】その1
展開が長くなりそうなんで、その1と2に分けます
組織は作るよりも維持することの方が難しい。
何故ならば、規模が大きくなるにつれ「現状の体制」に不満を持つ者が現れるからだ。
そして「不満」は組織に属した者を蝕み、やがて内部から壊していく…
絶望的な状況の中では、その「不満」は加速度的に膨れ上がるだろう。
奪還部隊の中でも組織の方向性に対しての考えが分かれていると、相沢は拠点に戻る間に話していた。
1つは…拠点を防衛する事を最優先とし、国による救助を待とうという考え。
もう1つは…あくまでも感染者を排除し、街を奪還する「奪還部隊」としての本来の考えだ。
部隊に参加した時には「本来」の考えであっても、迫り来る感染者の絶望的な物量差に「防衛」を第一とする考えが生まれてしまったのだろう。
「坂木と原田を筆頭とする「調達部隊」くらいだろうなぁ…今でも本気で街を奪還しようと考えているのは」
坂木…隊長である川本の所に俺を案内した男だ。
俺が食堂で飯を食っている間、熱心に感染者に対する持論を説いてきたが…
「まぁ…街を取り戻すなんざ、俺から言わせれば無理な話さ。一個大隊あっても厳しいもんだぜ?あの「公民館」を制圧するのも……あっと、着いたようだな」
相沢と共に拠点に着いた俺は妙な事に気付いた…正門の強固なバリケードが壊されてはいない。
壁の上に張られている有刺鉄線も、外から見た限りでは異常は無さそうだ。
…感染者に襲われたわけではないのか?
慎重に学校の正面の入口から校内へと入った俺は、そこで凄惨な光景を目にする。
…死臭が漂う校内には、おびただしい弾痕の跡と奪還部隊の死体が至るところに散乱していた。
至近距離から顔を散弾銃で撃たれたと思われる遺体…下顎から上が無くなった死体の横の壁には、その隊員の脳と思われるものが、ベットリとへばりついていた。
喉を鋭利な刃物で切り裂かれ、喉仏を押さえながら大量の血を流して絶命しているもの…
腹を数度撃たれたのか…臓器が撃たれた箇所から「はみ出し」ながら仰向けに倒れている者もいた。
ありきたりなアクション映画ような「綺麗」な死に方など1つもない…戦争を経験した事のない俺でも理解出来る、本当の戦場風景がそこには広がっていた。
「おーおー。派手にやってくれんじゃないの。予想を裏切らない光景に嬉しくなってくるね。なぁ?相馬」
相沢の予想…奪還部隊の中で裏切り行為が行われたと言うことか?
可能性は低いが外部の者の犯行かもしれない。
俺と相沢は生き残った者や状況を把握する為に、校内の検索をする事にした。
「相馬。コイツを使え…相手はゾンビじゃないからな」
相沢はホルスターから拳銃を取り出して俺に渡してきた。
「…俺は銃を使えない。まともに当てられないぞ?」
「なぁに…撃つだけでも威嚇にはなるだろ?相手に当てなくてもいいんだよ。奪還部隊と名乗っちゃあいるが、所詮「素人」の集団だからな」
相沢と川本以外は軍での経験が無い一般市民で構成された奪還部隊。
撃ち合いになったら威嚇射撃が効果を発揮すると相沢は言った。
相手が銃で武装した人間だとすれば、銃もなく丸腰で戦うのは分が悪すぎる。
俺は拳銃を受け取ると、薄暗くなってきた一階の廊下を相沢を先頭に中腰体勢で進んでいく。
廊下に転がっている遺体を横目に進んでいると、少し離れた教室の扉に入ろうとする黒い影を見つけた。
その瞬間、相沢は近くの教室の扉を開き、俺の体を掴んで突き飛ばした。
教室の床に転がった俺が、持っていた拳銃を握り直すのと同時に銃声が鳴り響く。
相沢も銃を撃ちつつ、俺のいる教室へと入ってきた。
「ふぃ~危うくキルされる所だったぜー。大丈夫か?相馬」
「アンタのおかげで大丈夫だ…それより相手は?」
短期間銃のリロードをしながら相沢は隣の教室に入っていったと答えた。
隣の教室との間は分厚い壁がある、向こうの教室からこちらに撃ったとしても弾丸は貫通しないだろう。
とはいえ、こちらも迂闊に動く事も出来ない…どうしたものか。
「こんな事もあろうかと…とっておきの相沢マル秘アイテムが役にたつんだな~」
緊張感の無い相沢がベストから取り出したのは、手持ちサイズの筒状の物だった。
「スタングレネードってやつだ。コイツをまともに喰らったら、ま~ず動けなくなるからな。室内での突入によく使われるんだぜ?」
光と音で相手を怯ませるものだと相沢は説明した。たしかにそれを教室に投げこめば相手の動きを封じて制圧出来るだろう。
相沢と俺は廊下に誰もいない事を確認すると、2ヶ所ある隣の教室の扉の横にそれぞれ立った。
相沢はスタングレネードのピンを抜くと、扉を少し開けてグレネードを教室へと投げ入れた。
耳をつんざくような音と光が教室の中に響きわたる。
相沢と俺は銃を構えて同時に突入した。
教室の中には男が1人…先程のグレネードをまともに浴びて、銃を落とし両手を耳にあてうずくまっている。
相沢は男の胴体に数発撃ち込み、落とした銃を蹴飛ばして、倒れた男を制圧した。
「それなりの動きをしてるなと思ったら、やっぱ原田君だったか~。隊長さんから直々にシゴかれたてたからなぁ~」
相沢が話していた「調達部隊」の原田…坂木と一緒にいたのは覚えていたが、俺は話しをしたことは無い。
「やはり貴様だったか…傭兵…め。こんな事なら…貴様がいるときに…」
「ん~?俺がいるときに反乱すれば良かったってか?結果は変わらんと思うがなぁー。坂木の大将はどこにいるんだい?」
原田は苦しそうな顔をしていたが、不敵な笑みを浮かべると血を含んだ唾を相沢に浴びせた。
「クソが!…くたばれ」
「りょーかい。ほんじゃま、自分で探すわ…じゃーな」
相沢は躊躇なく原田の眉間に向かって発砲し止めをさした。
これで相沢の予想は的中した。
この惨劇は外部によるものではなく「奪還部隊」内部によるものであること。
そして、その首謀者は「調達部隊」の坂木による可能性があると言うこと。
相沢と俺は坂木と川本を探すために捜索を再開した。




