武志の追憶【下】
複数の単車のマフラー音が徐々に大きくなっていく、廃工場内に響き渡るほどの轟音……一体、どれだけの台数が集まってきているのだろうか?
地鳴りのような音がしばらく鳴り響いていたが……突然、糸が切れたように音が鳴り止み、工場の扉がゆっくりと開いた。
入ってきたのは「葛城相馬」と親衛隊と呼ばれた黒木・若月を含む、8人だけだった。
紅一点の金髪の女は真紅……その他は純白の長ランを各々身に纒っていた。
「……これはこれは。総長以下、幹部連も「正装」をお召しになって、こんな場所に何か御用ですかな?」
明らかに上ずった声で松木が彼等に問う。
「……何か用だとぉ? 松木ぃっ! テメェが掟を破ったからに決まってんだろうがっ! 一般人にタカったうえに拐いやがってっ! 殺されてぇのかテメェはっ!」
松木の問いに1人が鬼のような形相で答え、真紅の長ランを着た女がその後に続いた。
「アンタ……もう言い逃れ出来ないよ。チームからの追放は覚悟しとくんだね。まぁ、これで不細工な面を拝まなくてすむから、アタイは嬉しいけどさ」
もともと自分の容姿に劣等感を抱いていたのか、松木は青筋を立てながら頭全体が赤くなった。
「ぶぶ……不細工だとぉっ!? 調子にのりやがって、このズベ公がぁっ! ひん剥いて犯したるぞコラァっ!」
血走った目で怒る松木に対して、彼女は一歩も引かずに言い返した。
「アタイがズベ公だって?……上等だよ。その粗末な一物でワルさ出来ねーように、この場で玉ぁカチ割ってやる。前に出なっ!」
美人だが、殺気まじりの気迫と般若のような怒り顔……ああいうのを女番長と言うに違いない。
松木とのやり取りを見かねたのか、親衛隊の若月が間に入った。
「まーまー……エリカちゃん、怒るとカワイイ顔が台無しだよ。松木ちゃんの事は総長に任せて、ウチらは露払い……そう決めたっしょ? ネっ?」
「テメェーーー若月ぃーーっ! 誰がタコだコラァーーっ!!!」
怒髪天に達した松木の顔は、まさに小学生がラクガキで書いたような「タコ」そのものになっていた。
後ろに控えていた松木の手下達も顔を背け、本人にバレないように笑いを堪えている。
この一連の流れの中、背後に立っていた手下の1人が、他に見つからないように俺の手足を縛っていたロープを緩め始めた。
……どういうつもりなのか?
その手下は俺と目線が合うと、口元に人差し指を立てた……黙っていろと言う事か。
再び修羅場に目を移すと、締まらなくなってきた雰囲気を嫌がったのか、葛城相馬が歩を進め、荒ぶる松木の前に立った。
「……松木。掟は知っているな? この件、どう落とし前つける気だ?」
総長の威圧感に圧倒されたのか、松木の赤ら顔は次第に収まり……かわりに冷や汗を掻き始めた。
「へ……へへ……落とし前だぁ? アンタがいつまでも全国を奪らんでグダついてるから、こうなるんでしょうが。だいたい暴走族が自警団まがいな事やってたらハクがつきませんや。シノギの1つくらい見逃して下さいよ」
総長は自分勝手な理屈を沈黙で返した。元から鋭い目を更に細め、身体から闘気ように放たれる殺気は勢いを増した。
「……勘違いをするな。俺は全国制覇なぞ興味はない。お前のように好き勝手に街で暴れまわる馬鹿を抑える為に組織を作った……ただそれだけだ。それともう1つ……」
総長は松木のような輩を支部長として「あえて」任命した理由を語った。
大きな組織になればなるほど、素直に命令に従わない連中が必ず出てくる。松木の支部に所属する者は、組織に「反抗的な思想」を持った人間だけを集めた「掃き溜め」だと言った。
「……こうなる事は予想済みだ。ゴミ処理は1つにまとめた方が楽でいい。お前は自分の実力で支部長になれたと錯覚していたようだが、それは間違いだと知れ」
自分は「掃き溜めの王」にすぎない……その屈辱に全身を震えさせながら、松木は拳を握りしめていた。
「…………ちくしょぉぉーーーっ! おいっ! 拐った小僧ここに連れてこいっ! ヒヒヒ……アンタの目の前で傷害ってやるぜぇっ!? アイツは大事な友人なんだろ……? なんせ自分の学生服をくれてやるくらいだからなぁっ!?」
松木の合図と同時に、手足のロープを緩めてくれた手下が、ヒソヒソ声で耳打ちをする……「俺も一緒に行く。肩を叩いたら総長の方に向かって走れ」と。
……あとは簡単だった。ゆっくりと松木の元に向かうフリをし、手下の合図と共に彼等の方に走るだけ。
一体、何が起きたのか分からない顔をしながら、松木は大声で吠える。
「……っ!? てめぇっ! 長田ァっ! どういうつもりだコラァーーーっ!?」
長田と呼ばれた手下は総長に一礼をし、俺を安全な場所まで退避させた。
「……お前が右腕として可愛がっていた長田は、密偵として俺が送りこんだ人間だ。監視も付けずに好き勝手させておくとでも思ったか? 俺を甘くみるなよ……」
自分が「手のひら」で遊ばれていたと理解した松木は、内から刃物を取り出して総長に襲いかかった。
「ど……どこまでもコケにしやがって……殺ってやるっ! 殺ってやるぜぇーーーっ! らあぁぁーーーーっ!!!」
ナイフの一撃を避けざまに放った総長の拳は、松木の顎を鋭く撃ち抜く。
脳震盪を起こし、痙攣した膝から前のめりに崩れ落ちる松木の顔面に、総長は鼻骨が砕けるほどの強烈な膝蹴りを叩きこみ、勝負は呆気なく決まった。
「……最後まで性根の腐った奴だ。これから鏡で自分の顔を見るたびに、その情けなさを噛み締めるがいい」
…………その後、仇討ちに動こうとする者はおらず、松木の手下は武器を捨てて総長達に降参した。
全てが片付いた後、その場で総長から俺への謝罪と説明があった。
……学生服をくれたのは、松木の部下が「逆恨み」をすると予想して預けたとの事だった。つまり……組織のゴタゴタに俺は利用されたらしい。
「すまないな……結果的に迷惑をかけた事になった。俺の学生服はやるよ……いらなかったら捨ててもらって構わない」
「い……いえ、もらっておきます。あの……1つ聞いていいですか?」
彼の喧嘩の強さを間近で見た俺は「どうやったら、そんなに強くなれるのか?」と強さの秘訣を聞いた。
……だが、その答えは意外なものだった。
「……俺達は決して強くはない。自己を表現するのに喧嘩しか手段を持たない不器用な人間達の集まりだ。本当の強さとは、そんな小さな物ではない」
……では、本当の人間の強さとは?
彼にも明確な答えは出せなかった……だが
「……人にはそれぞれの人生の戦い方がある。お前にも必ずあるはずだ……それを見つけた時、本当の強さは身に付くと思う」
「……俺の戦い方……」
そう言うと彼等は撤収する用意をし始めた。単車の爆音が再び辺りに響き渡り、俺は彼に名乗るチャンスを失った。
ーーー時は流れ、数年後。
あの出来事の後……半年もしないうちに転校した俺は、大学生となって再び街に帰ってきた。
風の噂を聞きつけ、どうしても「この街の大学」に入学する為に。
「こんにちはっ! 俺、同じ学部の安藤武志ってんだ。君、なんて名前だい?」
「……俺は葛城相馬だ。よろしく」
相馬……俺、ちょっとは強くなれたかなぁ?




