狩る者【中】
防衛拠点から少し離れた「公民館」
そこを第2の拠点とし、制圧区域を広げるのが川本の構想だった。
とはいえ、拠点とするには様々な物資を「学校」から運びこまなければならない…「公民館」への安全な道を確保するためには、感染者の排除は必要だった。
相沢と組んだ俺は「その道」を確保するため、屋内及び外にいる感染者の最低限の排除を任された。
相沢がPM、俺がBMの編成で斥候にあたった。
PMが制圧し…BMの俺は援護担当と言うわけだ。
川本から支給された装備は、ケブラー素材で編まれた防刃服…なんでも軍の防弾ベストに使われている素材らしい。
多少の刃なら通さない素材のこの服であれば、感染者の「歯」や「爪」が肉まで達する事はないという…感染者に攻撃されて「傷口から感染」すると言うのであれば、防御効果は期待出来るだろう。
もう1つはナイフ…銃という選択肢もあったが、俺は軍で訓練を受けた特殊部隊じゃない。
ユラユラと動きながら向かってくる感染者の頭を正確に射撃するなど出来るわけがない。
狙いを定めている間に接近され、攻撃されたのでは本末転倒だ。
より確実に相手を「始末」する武器ということでナイフを選んだ。
とはいえ、BMである俺が援護として活躍する場面は全くもって無かった。
相沢はMP5と言う短機関銃を使い、感染者達を的確に「処理」していく。
室内に侵入するにも相沢の所作は、無駄がなく洗練されていた。
戸口には立たず、扉を開けたら少し下がり丁寧にクリアニングしつつ室内に入る…その一連の動作は、相沢が訓練を受けた「兵士」であることを物語っていた。
室内には感染者が5人いたが、相沢は正確にセミオート射撃を行い、全て始末した。
「ちゅうちゅうタコかいな…マルチキル達成ってやつだな。無人偵察機でも要請するかい?」
相沢は自分の腕時計を口に近づけて、嬉しそうに俺を見てきた。
「…ずいぶんと楽しそうだな」
「ん?…そりゃあ、ここは「戦場」だからなぁ。俺の仕事場だし……およ?」
その時、室内のテーブルの下から感染者の子供が俺達に襲いかかってきた。
俺は手に持ったナイフを感染者の子供の下顎から垂直に突き刺す。
刃渡り25センチほどのファイティングナイフ…大人の頭でも十分に脳まで達するナイフを受けて、感染者の子供はゴボゴボと呻き声をあげ、力なく崩れ落ちた。
「お見事!相手は子供なのに戸惑いがなくて好感が持てるねぇ~。まあ、単独で1ヶ月の間、生き抜いてきたんだから当然か」
「俺は感染者を殺すことに喜びは感じない。邪魔な奴だけ排除しているだけだ。どうやら、アンタは違うようだがな」
そう…相沢はゲームのように感染者を狩る事を楽しみにしているように見えた。
殺すことに快楽を感じる…こいつも今まで出会った人間のように狂気の世界で常軌を失ったのだろうか?
…感染者とはいえ、子供を躊躇なく始末する俺も「正常」とは言い難い。
最近は、無機質の物体を処理するかのように感染者を排除してきた。
相沢と唯一違うのは、その行為に「喜び」を感じるか、そうでないかだけだ。
「あれま…お前さんは俺と同じだと思ったんだがなぁ~…まぁ、そんな事はいいとしてだな」
相沢は手に持った短機関銃の銃口を俺に向けた。
「さて…ちょいと質問だ。左腕をまくって見せてもらおうか?」
左腕…俺が感染者に噛まれた箇所。
傷口は塞がってはいたが、感染者の歯形がハッキリと残っている。
接触した人間に余計な不安をさせないために包帯を巻いてはいたが、川本は気付いていたのだろう…相沢に詳細を調べさせるために俺と組ませたのか。
俺は包帯を解いて相沢に見せた。
「どーみても「擦り傷」には見えないな。何故、隠していたのか教えてもらおうじゃないの」
俺は包み隠さずに、これまでの経緯を話した。
勿論、「抗体」のことも…
「隠していた事は謝る…このまま去れ、と言われれば消える。それでも気に入らないのなら俺を撃つなり好きにしろ…アンタからは逃げられない事くらいは分かる」
銃口を向けていた相沢は銃を降ろすと、下を向きながら笑いを堪えていた。
「アッハッハ!いや~大した奴だよ。お前さんは!銃口を向けられて、そんなに冷静な奴は、俺が傭兵やってた頃には1人としていなかったぜ。それが、まだ20代の学生だってんだから」
相沢はタクティカルベストから煙草を取り出すと口にくわえて火をつけた。
「一緒にどうだい?」と煙草を進めてきたが、俺は断り、自分のお気に入りを取り出した。
「どうやら、お前さんはウチの隊長と同じらしいな。「抗体持ち」とは妬けるぜ」
「…あの人も?」
拠点にいた川本も「抗体」を持っていたらしい。
相沢は隊長である川本と自分の事を話し始めた。
元陸上自衛隊の一佐であった川本は退役した後、大手警備会社の役職についていた…そしてアウトブレイク後に感染したが、「抗体」のおかげで助かったとの事だ。
だが、一緒に逃げた妻は感染者に殺されたらしい…
相沢は川本と同じく陸上自衛隊に在籍していたが、陰湿な上官を殴ったことで自ら除隊し、ある世界的に有名な傭兵会社に拾われた。
そして世界各地で内戦が起こっている地域を「傭兵」として渡り歩いていたそうだ。
たまたまオフで帰国していた時にアウトブレイクに巻き込まれたらしい。
「ま…こんな商売を長くやってるとな。俺だけかも知れないが、人の生き死になんて何も感じなくなっちまうんだな。これが」
「…それでゲーム感覚で人を撃つのか?いや…今は感染者だったな」
相沢は煙草を取り出すと自分が「そうなった」きっかけについて話し始めた。
…ある中東の国での内戦の際、相沢は政府軍に所属していた。
政府は反乱軍が潜んでいるという村に対して、相沢を含む部隊を送りこんだ。
しかし、それは全くの出鱈目な情報で、村には内戦での難民が暮らしていただけだった。
相沢達は政府に情報が誤りである事を伝えたが、政府は「その難民達を全て殺し、反乱軍の仕業に仕立てろ」と言う命令を下した。
全ては政府の思惑通り…罪もない難民を殺し、国民に対して政府側に「正義」があるというプロパガンダに利用するために仕組まれた事だった。
そして命令された相沢達は全ての村人を殺した…
それ以降、相沢は人を殺す事に感情を抱かなくなったとの事だ。
「感情もなく人を撃つ俺を異常な人間だと思うだろ?自分でもそう思う。でもよ…異常な人間じゃないと戦場ってのはやっていけないもんなんだぜ?」
平和な世界で人を殺せば「殺人罪」…戦場で人を殺せば「英雄」になると相沢は言った。
同じ人殺しに何が違いがあるのかと
「ま…今となっちゃあ世界が戦場みたいなもんだわな。 生き残るためには「異常」が「正常」になるのも、やむ無しってとこだ…ほれ、無線を貸しな」
軍用無線機の輸送はBMの重要な役割だった。
俺は背中に担いでいた無線機を相沢に渡す…相沢は無線機を使い、拠点の人間に交信し始めた。
「あーテステス。こちらアルファ1。「雛」は異常無し!どうぞー」
暫く待っていたが、拠点からの返答はない。
相沢は繰り返し交信していたが、相変わらず返答は無かった。
「…壊れているんじゃないのか?」
「いや…コイツはチッとばかし、まずい事になったかもしれんな。相馬…拠点に戻るぞ」
いつになく真剣な顔をした相沢は、荷物をまとめて拠点に戻る指示を出した。
まさか…拠点が感染者に襲われたのか?
俺は無線機を持つと、銃を構えて屋外に出る相沢の後ろについていった。




