枢軸国
……かつて地球に衝突すると言われた流星群「メギド」。この存在を世間に公表し、世界中から注目を浴びた草薙宗一郎。その息子だと清十郎は言った。
「親父は勇み足だったんだ」と苦笑しながら話していたが、政府の都合で秘密裏に父親を消されたのだ……その心情は他人では察せないものがある。
1つ疑問なのは、怨恨という私情を捨ててまで政府機関に身を寄せていたのは何故なのか?
父親の死の原因となったゼロの研究の為なのか……政治の影響が少なく、独自路線で活動している「ミスト」とはいえ、「わだかまり」を完全に捨てさる事は難しいだろう。
「おや……君たちも喫煙者だったんだね。それじゃあ、僕も失礼して……」
博士は珍しい銘柄の煙草を懐から取り出すと、マリアの隣の席に座り、遠慮なく吸い始めた。
次にコーヒー缶を白衣のポケットから幾つか取り出し、お近づきの証として俺達に渡してきた。
「おっ♪ 気が利く先生だねぇ~。ちょうどブラックコーヒーが飲みたかったのよ」
さっきまで不機嫌な顔をしていた相沢だったが、差し出された缶コーヒーを受け取ると子供ように無邪気な笑顔を見せた。
「ここの施設じゃ喫煙者は肩身が狭くてね……喫煙所が1ヶ所しかない。こんな風に、おおっぴらに煙草が吸えるのは気持ちが良いもんだねぇ」
せっかく手配した部屋が「休憩室」となってしまった事に、マリアは納得がいかない様子だった。。
「……ちょっと、貴方達。何か勘違いしてるようだけど、この部屋を用意したのは雑談をする為ではないわ。草薙博士……マイペースなのは良いけれど、時と場所を選んでちょうだい」
清十郎は「いやぁ……申し訳ない」と言いながら、恥ずかしそうにボサボサの髪を掻きながら謝っていた。
……この博士、何気ない仕草やオットリとした雰囲気から見るに、どうやら人は良さそうだ。
続けてマリアは、先ほど知り得たゼロの情報を清十郎に伝えた。
「……それが本当だとすると。いや、そうに違いない。過去に起こった不可解な出来事の回答が出る。マリア君……きみの謎についてもだ」
……清十郎は以前から仮説を立てていた。
過去にゼロは地球に来ていたのではないか……?
とはいえ、確実な証拠はなく……今まで陰謀論のような憶測として片付けられていた。
「……新天地を求めて、ゼロの船団が宇宙に飛び出し、生命体がいる星へ星間飛行をした……この事実が重要なんだ」
相沢は訝しげな顔をして、清十郎を嗜めるように言った。
「オイオイ……先生。過去にゼロが来ていた確かな証拠なんて無いんだぜ? 移民船クラスのデケェ石コロが地球にガッチャンコしたらどうなるか…………おいおい、それってまさか……」
清十郎はニヤリと笑うと「そのまさかだよ」と言い、順を追って説明し始めた。
……第2次大戦末期、枢軸国を追い詰めた連合軍は、首都ベルリンまであと僅かの距離まで迫っていた。
だが、ある森をどうしても越えられず、予想外の足止めをくらってしまった。
「この話を単なるオカルトだと思わないでくれ……出所は確かな記録に残されていたんだ。記録にはこう書いてあった……前線にいた兵士達が妙な事を言い出した。【枢軸国の軍服を着た不死身の化物がいる】……とね」
その兵士達は虚ろな目をしながら、何をする事もなく、森の中を夢遊病者のように徘徊していたらしい。
胴体に何発もの銃弾を撃ち込んでも、手榴弾で手足が吹き飛ばされても、彼等は死ななかったそうだ。
反撃もせず……ただ唸り声を上げながら、ひたすら歩き続ける。それを見た連合軍の兵士達は心底震え上がった。
「その森は【死者が歩く森】と呼ばれ、連合軍は森を迂回せざるをえなくなったそうだ。そして終戦後……その森から死者達は忽然と姿を消したと記録にある。奇妙なのは、彼等が着ていたと思われる軍服だけは森の中に残っていたらしい……」
肉体が消えるとは……まるで俺の悪魔の能力で消滅した感染者のようだな。
だが、この不死身の化物がゼロによって作り出されたと断定するには、いささか腑に落ちない点がある。
ゼロは非感染者を襲う……それは種の繁栄の為。記録の中の化物は、連合軍の兵士に対して何もしなかった……これはゼロではなく、人体実験で強力な薬物を投与された兵士の成れの果てではないのか……?
「……博士。その出来事だけでは、過去にゼロが地球に来ていた証拠にはならないと思うが……?」
俺の問いに清十郎は笑みを崩さず、話しを続けた。
「これは「前置き」だよ……相馬君。君たちは科学者と言う人種が、大まかに2つに分かれている事を知っているかな? 基礎研究者と応用研究者と名付けてはいるが、僕はこう呼んでいる……真理を求める神秘主義と実利を追求する現実主義とね」
博士は核心へと話しを進めていく……




