草薙
国際医療機関ロスト……表向きは癌やAIDSなどの難病を治療する為の研究機関と公表されているが、本来の目的は「ゼロの研究」
ゼロが人体に及ぼす影響を【非合法】に調べ、人類の進化に役立てようとする……マリアはそう言っていたが、本音は生物兵器としての「軍事利用」や人間が求め続ける「不老不死」の為だろう。
日本政府も独自にゼロを研究する為にロストに似た組織「ミスト」を作った。
施設にいた政治家の金目鯛も組織の存在は知ってはいたが、詳しくは知らされていないと言っていた。
政府の直轄機関でありながら、その活動は独自な路線で行っていたようだ。
現在、ゼロによる感染拡大が起こり、表舞台に引きずり出された……そんなところか。
俺達はミストの極秘研究施設に客として「招待」されたが、望んだVIP待遇とは程遠い扱いを受けた。
施設に到着した瞬間、防護服を着た検査官に囲まれ、厳しい検疫を受けさせられたのだ。
突撃銃を持った完全装備の兵士達に銃口を突き付けられ、避難民達は腰を抜かすほど驚いていた……だが、施設側の対応としては当然とも言える。
逃げ場がない密閉された地下施設である以上、感染が広がりでもしたら対処のしようがない。
そんな厳戒態勢の中、俺と弟だけが検疫を受けずに、それぞれ別室へと案内された。
俺が通された部屋は、対面形式の会議室のように長テーブルが1つと、向かい合わせになるように4つの椅子が置いてあるだけの、飾り気の無い部屋だった。
椅子に座って暫く待っていると、大きな欠伸をしながら相沢が部屋に入ってきた。
「あ~~ダルかった。ああいう面倒くさいの嫌いなんだよなぁ~。こちとら身体がガタついてんのによ」
無愛想な態度で俺の横に座ると、相沢は煙草を取り出し、遠慮せずに吸い始めた。
「いいのか?……ここは研究所なんだろう? 火気厳禁だとは思うが」
どこから手に入れたのか分からないが、相沢は昔の刑事ドラマに出てきそうな銀色の卓上灰皿をテーブルに投げ置いた。
「火事になっちまうって? なぁに、かまいやしねぇよ……ファントムが落ちれば、みんな灰になっちまうからな」
……まぁ、それも一理ある。
俺も煙草を取り出し、共に煙をくゆらせ始めた。ふと、天井を見上げた時に「煙感知器」のようなセンサーが目に入ってしまったが。
この施設について幾つか質問をしようとした時、見知った女が部屋に入ってきた。
「……あら、2人ともお行儀が悪いわね。責任者の許可もなく喫煙するのは、ご遠慮願いたいわ」
「へっ……どーせ、こうなると思ってセンサー類は、あらかじめ切ってあんだろ? 予想通りの行動をしてんだから、別にいいじゃねぇか……マリア」
以前、公民館で出会ったカラーズの1人……紫の蛇【パープルスネーク】のコードネームを持つ女性「マリア・イアン」
優秀な科学者でありながら、ライオットカンパニーの創設者ライアンと共に、世界中の戦地を傭兵として渡り歩いた女傑でもある。
20代前半の見た目をしているが、実年齢はかなりのものらしい。物腰は柔らかいが、相沢と同じく「命のやり取り」を長く経験した者に宿る鋭い眼光をしている。
「ナオキ……そこまで分かってるなら、少しは自重なさい。相馬君……無事にまた会えて嬉しいわ。優秀な護衛のお陰かしら? それとも貴方自身の力……? 是非とも聞かせてもらいたいわ」
……いまさら隠す必要もないだろう。
公民館からここまでの経緯、そしてゼロについて知りうる限りの全てを話した。中でもマリアが興味を持ったのは「ゼロの星」と「地球に来た理由」だった。
「……第2の故郷を求めてゼロは宇宙に飛び出し、偶然にも地球にたどり着いた……はたして本当にそうかしら?」
「偶然ではなく……意図的だったと? そんな話はゼロから聞いていないが」
ゼロの星にも天文学に精通する者がいてもおかしくはない。あらかじめ地球を認識し、移住先の候補にしていた可能性も無くはないが……
……ディアブロ。本当のところはどうなんだ……?
【……不明瞭だ。星を離れる際に軌道を設定した者はいるが、「搭乗者」には詳しい説明はなかった。手練れの教義者に追われ、半ば脱出に近い状況だったのもあるが……】
とはいえ、疑問が残る点もあったと言う。
終末戦争以前、ゼロ達は知的生命体が存在する可能性がある星を、幾つか見つけていたらしい。
それらは「ゼロの星」から見て、地球より近くにあったにもかかわらず、遠く離れた地球を目的地として選んだのが疑問だったと。
【……何か確証があったのかもしれぬ。以前、我らの中にも新天地を求め、星を離れた「異端者」がいた。その者達が、我々より先に地球に来ていた可能性は否定出来ない】
ディアブロの考察を皆に伝えると、相沢は真っ向から否定した。
「オイオイ……流石にそれはないだろ。ゾンビ騒動が過去に起こった記録なんか見た事も聞いた事もねぇよ。チョイと想像力がタフすぎない?」
……俺も相沢と同意見だ。
もし、過去に地球に来ていたのなら、俺達はゼロと言う生命体をすでに認識していたはず。
「これで私自身の謎も解明したわ…………ここから先は専門家を交えて話しましょう。そろそろ来るはずだけど……」
……謎だと?
何の事か聞こうとした時、1人の男が部屋に入ってきた。
「……やぁ、初めまして。僕は草薙 清十郎。ミストの研究者さ……対ゼロの兵器開発を専門としている。君たちの事はマリア女史から聞いているよ」
髪はボサボサ、汚れが目立つヨレヨレの白衣を着た男は、力なく片手を上げながら俺達に自己紹介をした。




