決死
……高槻は苦悶の表情をしながら、左手で右肩を押さえ、悲痛な声を漏らしていた。
接触した肘から侵入した「ゼロイーター」は、末端である指先から喰らい始めたようだった。
「灰塵に帰す」ように、指先は次々と血色を失い、煙となっていく……
「馬上槍」によって胸を貫かれた女王も、侵食された傷口の周辺が気化し、もがき苦しみながら「消滅」した。
……時間の問題だ。奴も間も無く女王のように全身が侵食され、塵も残らず消滅する……あとは黙って眺めていればいい。
……お前の謀略によって死んだ者達の無念を思えば、徐々に身体が朽ちゆく「その様」を不憫とは思わん。
「……さ、流石だね……葛城君。悪魔の能力……やはり「発現者」にとっては脅威そのもの……恐ろしい力だ」
手首から先が消滅し、「侵食の煙」が肘まで達したところで、高槻は不敵に笑った。
……死を直前にして開き直ったのか?
……まぁいい、好きにしろ。お前には塵となる運命しか残されていない。
「……敗北だ。それは素直に認めよう………………だが、僕は生きてみせるぞっ!!! 騎士よっ! やれーーーーっ!」
号令と共に、騎士が高槻の背後に回り込み、刃物で右腕の肩口部分を切り落とした。
「ーーーーーっ!!! …………ふ……ふふ、フハハハ。い……いいぞ。どうにか、間に合ったようだ。よくよく……僕は悪運が強いらしい」
助かったのは「馬上槍」が接触した箇所が、切断して切り離す事が出来ない、胴体や頭ではなく【肘】である事……そして、自身の発現能力が「切断手術」を実行出来る「ゾンビ操作能力」であった事だと高槻は言った。
……切断箇所からは、大量の出血が見られたが、すぐにゼロの「超回復」によって止まった。
「……葛城君。君の悪魔も限界を超えた事よって、ずいぶんと弱っていたようだね。この僕のゼロでさえ侵食を抑えこめたのだから……フフフ」
……ゼロイーターは、指先から喰らい始めたわけではなく、切断までの時間を稼ぐために肘から指先に「追いやられた」のか。
侵食部分を切り離した奴に異変は見られない……「手術」は成功したようだ。
「…………君達に提案がある。ずいぶんと虫のいい話しに聞こえるだろうが、どうか冷静な判断をしてもらいたい。ここいらで「手打ち」にしないか?」
……突然、休戦を申し入れてきた高槻に対して、強く反発したのは弟だった。
「……あぁ? 寝言こいてんじゃねーぞ!コラァーーっ! テメーが仕掛けた喧嘩じゃねーか。今さらケツまくってんじゃねーぜ!」
……感情を優先させるなら、続けたいところだが、こちらにも休戦を受けざるを得ない理由はある。
「冷静な判断と言ったはずだよ……僕の見立てでは、現状の戦力は拮抗している。これ以上、戦う意味は双方にない。どちらが勝つにしろ、虚しい消耗戦になるからね」
……相沢や千月は負傷により戦闘不能、弟と親父で騎士を撃破出来るとは思えない。「足止め」と「撃破」は違う……悔しいが、奴の提案をのむしかない。
……俺は掠れた声で、相沢に弟の説得を頼んだ。
「……分かったぜ。まったく、利かん坊は手間かかってしょうがねぇ。まぁ、嫌いじゃないけどな……個人的には」
相沢は現状を把握するよう言った。それでも納得がいかない弟に、この中で高槻を一番始末したがっている俺が休戦を認めている事を伝えると、弟はしぶしぶ了承したようだった。
「……どうやら話はまとまったようだね。それでは、失礼させてもらおう。「人間の底力」を見誤った事と僕自身の「慢心」が招いた今回の敗北……実に貴重な体験だったよ。あぁ……それと」
高槻は自身の右足に刺さっていた「ナイフ」を抜き取り、俺を見ながら嬉しそうに話した。
「……葛城君。このナイフは有り難く頂戴する事にしたよ。この戦いで学んだ事を忘れないように……そして、君への【憎悪】と【敬意】を持ち続ける為にね」
必ず理想の国を作ってみせる、と言い残し……高槻は騎士の背におぶさり、窓から飛び降りて去って行った。
……戦いは終わった。
この場にいる仲間が誰か1人でも欠けていたら、この勝利は無かっただろう。
だが、脅威が無くなったわけではない……ファントムミサイルによる都市部への爆撃は、依然進行中だ。
マリアがいる研究所へと、すみやかに避難しなければならない。
そして……そこで俺は世界の真実を知る事になる。
次回から最終章、研究所編がスタートします。