決着【上】
「痛みに耐える」か……以前、相沢が傷の縫合の際に「布で包んだリモコン」を口に咥え、痛みに耐えていた姿を思い出した。
理由は聞いていないが、歯を強く食い縛った際、誤って舌を噛み切らないようにする為とも考えられる。
いずれにせよ、「何か」を咥えておいた方が良さそうだ。
先の闘いで辺りに散乱した「石片」から、手頃な大きさの物を選び、常備していた止血帯で包んで、口に咥えた。
準備は整った……ゼロ、始めてくれ。
【葛城相馬……開始める前に言っておく。貴様が苦痛に負けて死ねば「彼等」も同じ運命を辿る……「生への執着」それを忘れぬ事だ】
……警告の後、脳天から足先まで電流が走るように激痛が襲った。
内側から肉が引き裂かれるような感覚……身体中の骨と言う骨は、神経を圧迫しながら軋み始め、耐え難い苦痛を生み出していた。
たまらず四つん這いになった俺は、声にならない「呻き声」を上げるしかなかった。
血を含む涙や汗・唾液と言った「体液」を外に出せない事が、これ程までに「精神的苦痛」だったとは……
肉体や精神に多大な損傷を感じた時、人は無意識に涙や汗を流すが、それは痛みのストレスを少しでも解消する為だと言う事を、身をもって理解した。
石片を咥えたのは正解だった……当然、「それ」による痛みもあるが、「何か」で「痛み」を紛らわせないと、とてもじゃないが耐えられそうになかった。
「フフフ、いまだ抵抗するか……いいだろう。補充兵の力量を測る良い実験にもなる。ーーー騎士っ! 女王っ! 遊んでやれ」
高槻は腕組みをしながら、顎を少し動かし、前進の合図をした。
手筈通りに女王には弟、騎士には親父と千月が相対し、最後の戦闘が始まる。
「……俺をボコしてクレた礼をしなきゃなぁ。タコ踊りさせてやんぜぇ~? ダボがよぉ~」
無防備ではあるが、十分に距離をとった状態で、弟は女王に対して挑発をする。
女王は長い手足を活かした鋭い攻撃をするが、弟は上体反らし【スウェー】や上体倒し【ダッキング】で巧みに攻撃を避けている。
女王の攻撃を捌いた後、弟は自慢げに高槻に語った。
意識を失った後、内なるゼロから伝授されたのは、攻撃ではなく防御……弟が好んで視聴していたボクシング試合の「記憶」から技術を学んだゼロが、意識の中でトレーナーとなり、弟に「シゴキ」に似た特訓を課したと言う。
「【ソリコミ】が入ったジジイとの特訓は辛かったぜぇ~。だがなぁ……結果は見ての通りよ。前は攻撃が見えなかったがよぉ。今は止まって見えるなぁ?」
華麗な足捌きと、身体でリズムをとりながら攻撃を避ける姿を見るに、【アウトボクシング】の技術を徹底的に仕込まれたのだろう。
時折、牽制程度のジャブやストレートの攻撃を出してはいるが、不用意に懐に飛び込まず、常に相手と一定の距離を保っている。
「へへ……どうやら、とらえきれねぇようだなぁ~。借りは返したぜぇ」
女王の方は、問題なく弟が抑えこんでいる。……一方、騎士と相対している親父と千月は、互いに一歩も引かず、互角の闘いを繰り広げていた。
……いや、阿吽のコンビネーション攻撃を繰り出す親父達の方が、わずかに優勢と言っていい。
左右に分かれ「交互」に、または「同時」に波状攻撃を仕掛けてくる相手に、騎士は防戦一方だった。
無数に身体を切り刻まれ、散弾銃の弾を撃ち込まれても「超回復」によって治癒する……かろうじて均衡が保たれているのは、その能力によるものが大きい。
予想に反した駒達の不甲斐ない闘いに、高槻の表情は曇っていた。
「こちらの駒の力が落ちているとはいえ、互角とは情けない……いや、彼等の力が増しているのか? 一体、何故そんな事が……」
……他者を利用する駒とでしか見れない人間には分かるまい。
俺が高槻を倒す……皆、それを信じて戦っている。
人は「希望」があるかぎり、何度打ちのめされようとも、不屈の闘志で立ち上がり、限界を超えて戦う事が出来る。
……暫く戦いを見守っていたその時、身体の痛みが急に和らいだ。
【……よく耐えたな、葛城相馬。調整は完了した。さぁ、奴に喰らわせてやれ……貴様の渾身の一撃をっ!】
ーーーーーー!?
……駄目だ。 立ち上がる事が出来ない。
無痛状態の能力が復活し、痛みは無くなったが、右足に力が入らない。
まさか、神経が切れて障害を引き起こしたのか……?
【……右足が動かぬのか。だが、我に治癒する力は残されていない。残念だが……】
俺が動かない自分の足と格闘している最中、辺りに千月の悲鳴が聞こえた。
床に倒れ、苦しそうにむせている千月を助けるように、親父が騎士と「鍔迫り合い」をしていた。
不味い……あれでは2人とも殺られる。
弟には親父達を助けるほどの余裕はない。
【……葛城相馬っ! 今、彼等を助ける事は貴様しか出来ん。何とかしろっ!】
「………………がっ!!! ぐうおぉぉーーーっ!!!」
咥えていた「石片」を噛み砕き、全身が震えるほどの渾身の力を右足に込めて、何とか立ち上がった。しかし……
「……くっ!? ば……バランスが……」
よろけて倒れそうになった刹那、背後から支えてくれた人物が現れた。
「よぅ…………相馬。楽しそうな「お祭り」じゃないか。俺も参加させてくれよ」
俺を支えた人物は、聖騎士との戦いで重症を負ったはずの相沢だった。
「親父さんの薬のおかげで、何とか動けるようになったぜ。戦闘は無理だが、お前さんの身体を支えてやる事ぐらいは出来る。皆で勝つんだ…………そうだろ?」
「フッ…………そうだな。身体を頼むぞ……相沢」
俺は高槻に掌を向けた…………全てを賭けた一撃を喰らわせる為に。