覚悟
……身体の状態は、予想以上に酷い。
左大腿骨の粉砕骨折に始まり、今度はナイフを投げた右手首の動作に違和感を感じた。
どうやら、「バケット」で床のタイルを削りとった際、前腕の2本の骨「橈骨と尺骨」に限界以上の負荷がかかり、骨に亀裂が入っているようだ。
四肢の筋繊維は限界突破による酷使により断裂寸前……もはや満身創痍と言っていい。
……だが、この状態でも命の根源である「生命力」を使えば、奴に一太刀を浴びせられるはず。
「それ」が可能かどうか、ゼロに確認をした。
「……今さら口に出して聞くまでもないが「あえて」聞こう……出来そうか?」
【…………可能だが問題はある。貴様の策を実行するには、我が力を集約させ「高密度」に形状変換させる必要がある。ゆえに時間がかかる。そして、最低限の生命維持以外に力の資源を割く事は出来ん。つまり…………】
無痛状態を解除しなければならない。解除後に襲いかかる地獄の痛みに耐えられるのか……その【覚悟】はあるのか?
……ゼロはそう言った。
能力で抑えている現状でさえ、全身を無数の針で刺したような激痛がある。
だが、他に打つ手が無い以上……腹をくくるしかない。最後の最後で【苦痛に耐える精神力】が試されるとは思っていなかったが……
目線で千月と親父を呼び寄せ、【最終策】について、詳細を2人に伝えた。
「……我々では強行突破し、この状況を打開出来るほどの力はない。だが、「足止め」くらいは出来る……後は、お前に任せよう」
上半身のスーツを脱ぎ、ワイシャツの腕捲りをしながら、親父は俺の策に同意した。
「この命を賭けて、若様を御守り致します。それよりも御身体の方は、本当に大丈夫なのですか……?」
いらぬ心配をかけたくないがゆえに、千月には「大丈夫だ」と強がってみせたが、痩せ我慢なのはバレているだろう。
話題をそらす為に、相沢の様子を聞いてみた。
「……意識は回復しましたが、背中を強打している為、戦闘の継続は不可能と思われます。常人なら即死しているほどの損傷を受けていますので……」
この戦闘に相沢が参加出来たのなら、最終策の成功率が飛躍的に上がったのだが……それは望めなさそうだ。
「……相沢君には「鎮痛剤」を飲ませておいた。強力だが依存性は無く、副作用は少ない薬だ。だが……痛みを抑えても、すぐに動く事は出来ないだろう」
そう言うと、親父はカプセルケースを取り出し、小さな錠剤を俺に渡してきた。
「相馬……変化した身体に、どれほど効果があるかは分からないが、同じ薬を渡しておく。どうしても、痛みに耐えらなくなったら飲むんだ」
俺は無言で錠剤を受け取った。
正直、今すぐにでも服用したい所だが……これから行う【最終策】は、繊細な血液操作が求められる……わずかでも血液に作用する異物を身体に取り込む事は出来ない。
……息子を気遣う親心だけ、ありがたく頂戴する事にしよう。
「フフフ……作戦会議は終わったかな? いくら策を練ろうが無駄な事だよ。君たちには____っ? これはこれは……どうやら、また死にたがりが現れたようだね」
高槻の視線の先には、弟の正平が腕組みをしながら立っていた。
「ケっ! 今のうちにホザいとけや、クソメガネよぉ~。この葛城正平……完全復活したからには、テメェに好き勝手させねぇぜぇ~」
弟は俺達に駆け寄ると自分も最後の戦いに参加する、と申し立ててきた。
「……兄ぃ。エロオッサンの代打には、なれねぇかもしれねぇが、少しは役に立つかもだぜぇ~。どのみち俺じゃ、あのクソメガネには勝てねぇ……だったら兄ぃの手伝いをさせてくれや」
助力を断ろうとしたが、弟は気絶している間に内なるゼロと【対話】し、意識の中で闘いの秘策を授けられたと言う。
「言うなればよぉ……こいつは復讐だぜぇ。俺は殴られたら必ず殴り返す……あのデカ女には、借りがあるからなぁ~。奴の相手は俺に任せてくれや」
どうやら、女王を単独で抑える自信があるようだ。俺と同じく、ゼロと【対話】を終えたとはいえ、弟の発現した能力は戦闘向きではない。
やはり断ろうとしたが、「危なくなったら、私がサポートに入る」と親父が俺に耳打ちし、渋々了承した。
そして、弟が女王を……親父と千月が騎士を各々担当する事となった。
「……さて、これが最後の戦いとなる。各人、死力を尽くして事にあたってくれ……我々は勝たねばならない。この場にいる皆の命を預かっているからな…………いくぞっ!」
親父の号令と同時に、皆は高槻に向かって走り出した。