優劣
……聖騎士を葬った後、限界突破を即座に解除した。
黒ずんだ肌の色は元に戻り、猛獣化した足の爪は瞬く間に抜け落ちて、異常な速度で本来の爪に生え変わった。
だが、あくまで元に戻ったのは人間としての「見た目」だけ……あまりに酷使しすぎた身体の【反動】は、新たな「見た目」として表面化した。
両腕と両足の皮膚が、ひび割れた岩の亀裂のように裂け……悲惨な状態となる。
ゼロの再生能力によって、「出血」は抑えているが……どうやら皮膚の再生までは望めないようだ。
【葛城相馬……よくやった。貴様は我の想像以上に優秀な戦士だったようだ。しかし、人間という種族は不思議なものだ……鋼の如く強靭な意思には、己の限界をも超える力があろうとは】
聖騎士に勝利した事が、余程嬉しかったのだろう。ゼロはいつになく上機嫌な声で俺に話しかけてきた。
「……世辞はいい。それより身体の治療に専念してくれ……激痛で全く動けん。これでも無痛状態を使っているのは分かってはいるが……」
治療の要望をした矢先、先の「蹴り上げ」の際に軸足として使用した左足の大腿骨が嫌な音をたてて砕き折れた。
戦いの最中に酷く損傷していたが、ここにきて完全に破壊されたようだ。
倒れないように片膝立ちでしゃがみこむのがやっと……手駒を失い、丸裸同然の奴を前にして、戦闘不能になるとは。
【身体の限界を超えた反動だ……仕方がなかろう。しばらくは満足に動く事は出来ん。特に、左足の損傷が酷い……主要な骨が内部で粉砕しているのでな】
筋肉や神経を再生させる事は、さほど難しい事ではないらしいが、骨の再生には時間がかかると言う。
両手両足の「ひび割れ」は、再生に使うパワーを全て肉体の内部に集中させている為、皮膚の再生が「おざなり」になっているらしい。
「フフフ……恐れ入ったよ、葛城君。僕の手駒で最強の兵を葬るとはね。【戦闘能力の優劣】……この一点での勝負は君の勝ちだ。素直に認めよう」
高槻は笑みを崩さず、余裕の拍手を送っていた。
「高槻……お前の駒は全て片付けた。いまや裸の王様に等しい分際で何を開き直っている? お前は能力の大部分を駒に使っている為、自身には大して力はない……違うか?」
これまで高槻が戦いに介入した事は1度もない。
最初は傲慢ゆえに高みの見物を決め込んでいるだけか、と思っていたが……頼みの綱である最後の駒と共に、俺に攻撃を仕掛けてこなかった事で「それ」は確信に変わった。
もう1つ……発現者の能力の系統は、本人の「素養」と「渇望」に深く関係していると俺は考えている。
例えば、俺の能力であるゼロイーター……ゼロを消滅させる「悪魔」は、この凄惨な騒動を引き起こした原因であるゼロを消し去りたいと言う「渇望」と、俺自身が持つ攻撃的な「素養」によって生み出された能力と言える。
そして、高槻の能力「血濡れの王国」は、奴自身を忠実に具現化した能力と言えるだろう。
【自分では手を汚さず、他者を支配し従属させる】……他者を自分の利の為に操る「素養」と「全てを支配する事」に強く「渇望」する奴らしい能力だ。
だが、「手を汚さない」とは、自分では戦わないと同義ともいえる。
つまり、奴自身には戦闘能力がないと言う事だ。
「……察しがいいね。君の言う通り、王である僕自身に、自信を持って披露するほどの能力はない。だが、この状況であっても僕が勝利する事にかわりはないがね」
……まだ、奥の手があるとでも言うのか?
「君たちは、とても大事な事を忘れている。無論、聞かれなかったから「あえて」言わなかった事だが……どうやって僕が駒を作り出しているのか……だ」
高槻は胸のポケットから小振りなナイフを取り出し、刃の部分を右手で握りしめた。
流れ出た血が刃を伝わって地面へ静かに落ちる。
「答えは……僕の血さ。感染者に僕の血液を染み込ませる事で、意のままに操る手駒にする事が出来る。あらかじめ施設を取り囲んでいる者逹に、余分に血を撒いておいた……【予備兵】として使う為にね」
「…………っ!? 予備兵だとっ!」
「誰もいない屋上」で高槻が何かをしていると相沢が言っていたが「この事」だったのか。
高槻が合図をすると天井から、刃物を持った2体のゾンビが舞い降りてきた。
しかも、その様相は…………女王と騎士に見える。
「チェスにおいて指手の都合で追加の駒を盤上に投入するのはルール違反だが、なりふりかまってられない状況でね。そうだ……1つ君たちに有意義な情報を伝えよう」
奴が言うには追加の駒は、本来の6割程しか能力を発揮出来ないらしい。
それでも、今の俺逹の戦力では絶望的な戦力を投入された事に等しい。
「最初に言ったはずだよ……弱らせてから確実に殺すとね。ところで、葛城君……君は動く事すら叶わなそうだが? まだ奥の手があるなら遠慮せずに出した方がいい。フフフ……アハハハハハっ!」
……くっ! まだだ……まだ終われないっ!
俺はベルトに隠していた【バタフライナイフ】を取り出し、奴の眉間めがけて投げつけた。
すかさず女王が射線上に割って入り、投げたナイフを空中で掴んで防いだ。
「フフ……ガッカリさせないでくれ。こんな攻撃では、僕は殺れないよ。疲労のあまり思考すら衰えてしまったのかい?」
「高槻……そのナイフに見覚えはないか? お前が武志の足に刺し、俺との因縁を決定付けたナイフだ……たしかに「返した」ぞ」
高槻は女王から手渡されたナイフを見るや、興味無さそうに後方に軽く放り投げた。
「下らないね……友人を想うばかり、こんな物を後生大事に持っていたとは。やはり、君は情と言うものを捨てきれないようだ。だからこそ、僕に勝てないのだよ」
違う……敗北するのは高槻……お前だ。
情を背負った人間の底力を見せてやる……俺の命を「ぶつける」事でな。