悪魔
……皮下組織が異常な速度で死と再生を繰り返している影響なのか、限界突破が完了すると同時に、体温が急激に上昇し始めた。
口角からは高温の蒸気が吹き出しているかのように、呼気が空へと舞い上がっていた。
この「変化」を見た高槻は、首を左右に振り、呆れたように嘆息を漏らしていた。
「哀れだね……たかが人間の為に、そこまで身を削って戦うとは。葛城君、その異形な姿は、まさしく悪魔……これからは【ゼロを喰らう者】ではなく【ゼロの悪魔】と名乗りたまえ」
【……奴の下らぬ戯れ言には耳をかすな。目の前の敵に集中すればよい。貴様には時間がないのだからな】
あぁ……分かっている。悠長に身体の「慣らし運転」をする時間もない……こちらから仕掛けさせてもらう。
聖騎士との距離を縮める為に「足のつま先」に力を入れると、履いていた軍用ブーツの底が抜け落ち、足先が地面にめり込んだ。
地面を砕く音と共に、一瞬で奴との距離を詰め、「斧」に形状変化させた血武器で、大振りな一撃を放つ。
攻撃は紙一重で避けられてしまったが……先ほどまで見せていた「余裕の表情」が聖騎士から消え失せていた。
反撃の「盾打」をサイドステップで避け、続けて繰り出してきた刃物による攻撃は、素早く後方に飛んで難なく避けた。
十分に間合いをとった事を確認し、無用になったブーツを両手で引きちぎると、無造作に後方に投げ捨てた。
丈夫で底が厚い軍用物のブーツでも、限界突破によって強化された筋力と衝撃に耐えらないのかと思っていたが……原因は、自分の足の爪がライオンや虎のような【鉤爪】に変化していた事だった。
……肌の色や血涙といい、もはや人間とは言い難い存在になってきているな。
【……良い動きをしていると誉めたい所だが、いかんせん決め手に欠けている。先の立ち合いを見るに、奴とは互角と言ったところか。残された時間は、あと40秒ほどだぞ……葛城相馬】
……20秒経過したか。
幸か不幸か……先ほどから時間がゆっくりと流れているような感覚がある。
人は危機的状況に陥った瞬間、脳内の処理が一時的に速くなり、時間が止まったように遅く感じる事があると言う……おそらく、限界突破によって「脳内」をそのように変化させているのだろう。
数手の攻防を終え、何かを確信したような「表情」をした聖騎士は、誇らしげに盾を天高く掲げると、身の毛もよだつ雄叫びをあげた。
どうやら、俺を【強敵】と認めたようだ。
こちらが身構える隙を与えず、盾と刃物による波状攻撃を仕掛けてきた。
負けじと応戦したが、奴と今の俺は全てにおいて互角。ゼロイーターの言った通りに互いに決定打が無く……貴重な時間だけが虚しく過ぎ去っていく。
【……不味いぞ。20秒を切った……これ以上は貴様の身体がもたん。残りのわずかな時間……全てを出しきってみせろっ!】
……実に不味い状況だ。
だが、諦めるわけにはいかない。ここで俺が殺られれば、それは全滅を意味する。
相沢が戦闘不能になった今、聖騎士に対抗できるのは俺しかいない。
皆の顔を見て「それ」を再確認すると同時に、思いついた戦法があった。
「……ゼロ、これが最後の攻撃だ。俺の身体が持つか分からんが、さらに限界を超え、今以上に出力を上げてくれ……頼む」
【どのみち、次で極めねば後はない……賭けに出るか。いいだろう……貴様の死を賭した一撃、存分に魅させてもらおう】
重要なのは初手……奴の習性を利用する。
さらにゼロによって出力を上げ、特攻に似た突進の最中、俺は右手の血武器をショベルカーの先端についている「バケット」に似たものへと変化させ、下からすくいあげるように攻撃を放った。
避けろと言わんばかりの弧を描くような大きい予備動作の一撃、これを初手に放ったのは理由がある。
この攻撃は殺傷を目的としたものではない……「バケット」によって地面から削りとったコンクリートやタイル等の小さな破片を奴にぶつける為だ。
とはいえ、奴の身体能力を持ってすれば破片を避ける事は十分に可能……だが、俺の予想通り、奴は「盾」で破片を防ぐ事を選択した。
相手の攻撃を可能な限り「盾」で防ごうとする習性……これを利用した。
盾で自身を覆えば「死角」が必ず出来る。
そして、次の一手……ここに全てが賭かっている。
水蜘蛛のように地面スレスレまで体勢を低く保ちながら、俺は奴の死角に滑りこみ、身体を高速で半回転させ、打ち上げるような鋭角な角度の「後ろ回し蹴り」を放った。
この技は【弧月蹴】……千月が得意とする必殺の蹴りだ。
本来なら相手に致命の一撃を与える為に【顎】を狙う技だが……俺は独自の改良を加え、【顎】ではなく【腹】を狙った。
俺の蹴りは【盾】を巻き込みながら、奴の脇腹の付近に直撃する。
すでに千月の散弾銃によって「傷んでいた盾」は、蹴りの圧力に耐えかね【内側のモノ】を撒き散らしながら崩壊する。
おぞましい量の臓物と血液が、顔面と身体に降りかかってきたが、何事も無かったように蹴り足に渾身の力を込める。
ここまでは予定通り…………だが、恐れていた不安要素が的中してしまった。
ゼロによって出力を増大させたが、それでも奴を上空に蹴り飛ばすには威力が足りなかった。
「…………ぐっ!? ゼロっ!まだ足りてないぞっ! 足が折れて使えなくなってもいいっ!……もっと力を絞り出せっ!」
【……もうやっているっ! 口惜しいが、これが限界だ。そして……もう時間が残されていない。残念だが……これまでだ……葛城相馬よ】
……ここで諦めたら、【あの時】と同じになる。
母親を殺し、弟を失い……自暴自棄になり、死を願っていた自分に戻ってしまう。
俺は色んな人間と出会い、そして戦いの中で成長したはずだ。
……俺は、、、、、、、俺は絶対に諦めんぞ。
「まだだっ……この一撃に全てを込めるっ! あがれぇーーーーっ!!!」
咆哮と共に全ての力を右足に集約させると、奴の身体が上空に打ち上がった。
その刹那、軸足だった左足から「何か」が砕ける音とゴムを引き裂いたような音がした。
一瞬、体勢が崩れたが……奴への【追撃】を緩めたりはしない。
右手の血武器を槍のように伸ばし、空中で身動きがとれない聖騎士を股下から両断した。
「……いくら貴様でも空中では身動き出来まい。 消滅しろっ!」
聖騎士は肉傀となって地面に落ちた後、ゼロイーターによって喰い尽くされた。
…………あとは高槻。
お前を残すのみだ。