血涙
聖騎士に「昇格」した騎士の実力は本物だ。
格闘技で例えるなら重量級の選手が軽量級の機動力を持っているようなもの……破壊力と敏捷性を高水準で両立させるのは、およそ不可能だと思っていた。
身体が巨躯となり、その自重によって破壊力が増すのは理屈として理解出来るが、巨体となった身体で相沢以上の敏捷性を出すとは……
「昇格」によって強化された筋力が異常なレベルであると理解するしかない。
……高槻め。この短期間の内に、よくこれほどまで自分の能力を引き出したものだ。
【同感だ……彼奴が此処まで、同胞の力を使いこなしていたとは、我とて予想がつかなかった。こと【同胞の力】を利用する一点においては、貴様より【才】があるやもしれん】
……ゼロイーター、まさかとは思うが「敗北を認めろ」などと言うつもりじゃないだろうな……?
【フッ……笑止な。そのような戯れ言を吐くとでも思ったか? だが、このままでは奴には勝てぬ……方法が無いわけではないが】
……何か策があるのか?
【当然だ……その為に貴様と会話をしている。左を見るがいい……このまま無策で奴に闘いを挑めば、連れと同じ末路を辿る事となる】
ーーーっ!?
弟の救助を終えた千月と親父が、倒れている相沢を介抱しているのが見えた。
……かろうじて致命傷になっていないようだが、これ以上の戦闘の継続は不可能のようだ。
上半身を起こす事も出来ない相沢に手を貸しながら、千月は首を左右に振り、俺に「その事」を伝えていた。
【葛城相馬……勝利する為には、最低限……筋力と知覚を極限まで高めた状態になる必要がある。つまり、潜在能力を全て引き出し、尚且つ限界突破させねば。だが……それなりの負債はある】
……その負債とは、肉体の崩壊。
限界を超えた過負荷によって徐々に崩壊する肉体をゼロが出来るだけ阻止するが、その時間は限られていると言う。
……つまり稼働時間を超えてしまった場合、即座に戦闘不能となる。
【あらかじめ言っておく……稼働時間を超えた場合、節々の腱は切れ、全身の骨は粉砕するだろう。そうなれば無痛でも痛みを抑える事は出来ぬ。激痛による「ショック」で死に至るかもしれん】
……限界突破の稼働時間は?
【……2分。いや、1分と少々と言ったところか。それ以上は耐えられないだろう……その限られた時間内に奴を殺らなければ、貴様の敗北は決定する。分の悪い賭けに聞こえるだろうが、この方法しかないぞ】
……約1分。その僅かな時間で、あの聖騎士を殺れるだろうか……?
……だが、身体能力を大幅に向上させねば、奴の動きを目線で捉える事すら出来ない。
危険な賭けだが……やるしか…………っ!?
聖騎士は急に立ち止まり、壁にもたれ掛かった俺に追撃をせず、千月と親父の方に盾を構え、ゆっくりと前進し始めた。
その様子を見て、高槻は舌打ちをする。
「誤算だね……昇格させた駒を使うのは初めてだったが、どうやら駒に多少の自我が芽生えるらしい。葛城君を先に殺せ、と命じたはずなのだが……」
……高槻も聖騎士を完璧に制御出来ていないのか。
創造主の命令にも逆らうとは、それだけ奴のパワーが強大だと言うことか。
「くっ!……近寄るなっ! この化物っ!」
千月は散弾銃、親父は残弾が少ない拳銃で応戦していたが、奴は盾で全身を覆うように防御態勢をとっている。
放った銃弾は全て防がれ、まったく効果がなかった。
笑っている……聖騎士は自分に向かって飛んでくる弾丸を盾で防御する事に無上の喜びを感じているようだった。
そして、防御行為に満足したのか高速で距離を詰めると、「盾殴り」で2人を撥ね飛ばし、倒れていた相沢の襟首を捕んで、地面に叩きつけるように投げ飛ばした。
千月達の攻撃によって「損傷した盾」を誇るように高くかかえ掲げ、聖騎士は歓喜の雄叫びをあげた。
……奴は【盾で防御する事】に異常に執着し、それを喜びとしている。
その証拠に右手に持っている刃物を一切使用していない。アレを使えば俺達を殺る機会は、いくらでもあったはず……
自らの欲望に執着する行為……それは以前、出会った【サイコヘッド】を思い出させた。
「……ゼロ。限界突破の準備をしてくれ。このまま何もせず黙って殺られるわけにはいかない。たとえ1分でも……俺はその1分に全てを賭ける」
【……どうやら覚悟は決まったようだな。我も貴様と一蓮托生の身。栄光ある勝利か、無残な敗北か……特等席で見させてもらおう。それでは…………始めるぞ】
……スイッチが入ったかのように、心臓が激しく鼓動し始めた。身体中の血液が、沸騰しながら高速で血管を通り、狂った大蛇のように暴れまわる。
同時に肌が赤黒くなり、膨張した血管が皮膚に浮き出てきた……さらに、全身の皮膚を内側から突き破るような「凶暴なエネルギー」が身体の中心から、絶えず湧き上がる感触があった。
そして、目元から流れ出た液体が頬を伝い、どめどなく地面に落ちていく……
「…………【血涙】。その血の涙は、君の身体の悲鳴に僕は見える。そこまでして抗うとはね。全てを諦めて、僕に屈服すれば楽になるものを……まったく理解に苦しむよ」
「……高槻。俺は以前、迫り来る恐怖に負けて逃げだした。だが、逃げ出した先に希望などない。戦い……抗い続けなければ、大事な者を守れず、求めるものも手に入らない……」
全身の筋肉の緊張は高まり……赤黒くなった肌の黒みがさらに増した。
「……これ以上、俺の弱さで「守るべき者」が目の前で死んでいくのを見たくない。その為なら何にでもなってやる。ゆえに……【屈服】と言う選択肢は……俺にはないっ!」
かつてないほど力を感じる……先ほどまでとは桁違いの力を。
【葛城相馬……限界突破が完了した。今より、約1分だ……それまでに極めてみせろ!】
「フフフ……面白い。文字通り「全身全霊」のようだね。僕の駒が上か……君の力が上か。それでは最終戦を始めようか」
ーーー限界突破の稼働限界まで1分ーーー