聖騎士
……残りは1体の騎士のみ。
先の戦闘では血液の形状変化という意表を突いた攻撃で簡単に殺れたが、次はそう上手くいかないだろう。
だが、【真なる融合】により向上した身体能力と、血液の武器化能力を駆使すれば……
……勝てない相手ではない。
この勝負、俺達の勝ちだ。
だが、窮地に追い詰められているはずの高槻は、余裕の笑みを浮かべて拍手をしていた。
「……素晴らしい。君達の健闘を素直に讃えよう。正直なところ、女王と騎士で充分だと思っていた。どうやら、僕の戦力分析が甘かったようだね」
「……高槻、今のお前はチェスで言うところの王手の状況だ。ここから逆転の一手は無い……諦めるんだな」
俺は「小盾」を、「剣」へと形状変化させ、軽く振り下ろした。
剣の切っ先が地面に少し触れ、ガリガリとタイルを削る音を立てた。
「ククク……逆転の一手か。いい表現だね、葛城君。では、その「一手」を指させてもらうとしよう」
高槻は、残った1体の駒である騎士に掌を向けた。すると、騎士の肉体が瞬く間に頑強に盛り上がる。
「君達は、チェスや将棋のルールは知っているかな? 敵陣深くに切り込んだ駒は、指手の任意で強化する事が出来る。将棋では【成る】……チェスでは【昇格】と言うがね」
思わず耳を塞ぎたくなるような【咆哮】をあげながら、騎士の身長が伸び……そして、身体は異形なモノに変化していく。
「本来、チェスでは兵のみ強化することができる……が。僕の能力【血濡れの王国】では1度の闘いで1体だけ、王の加護を任意の駒に授け【昇格】させる事が出来る。さしずめ神の加護を受けた騎士……【聖騎士】と言ったところかな?」
……任意に昇格させるだと?
しかし、この異形を遂げた騎士の姿……ただのブラフでは無さそうだ。
聖騎士となった奴は、女王と同じく2メーターをゆうに超える身長と、極限まで鍛え上げられた格闘家のような筋肉付きをしている。
変化が終了した聖騎士は、おもむろに辺りを見渡し、近くにあった民間人の死体を拾い上げた。
「なんだ、何をするつもり…………っ!?」
聖騎士は、拾った死体の四肢を刃物で切り落とした。
……どうやら、死体を盾として使うつもりらしい。
「持ち手」代わりに背骨……脊柱を掴むため、死体の背中を切り裂き、ゆっくりと左手を【中】に入れた。
そうして聖騎士は、「葉形楯」として遺体を仕立てあげ、嬉しそうに装備した。
その凄惨な光景に俺達は絶句する。
自分以外をモノとでしか認識しない残虐さ……たしかに高槻の「それ」をコイツは受け継いでいる。
「オイオイ……これが聖騎士様だと?まったく悪い冗談だぜ……サイコ野郎の間違いじゃないのか?」
相沢は眉間にシワを寄せながら、隣に来て呟いた。
「……かなり消耗していたようだが、もう身体は大丈夫なのか?」
「体力の回復が早いのが俺の売りの1つでね。チョイと休んだから問題はねぇ。そんな事より、目の前のデカブツだ。アイツは相当ヤベーぜ……あと、弟さんの事は心配するな。2人に頼んである」
相沢が言うには、俺達が聖騎士に攻撃を仕掛けた後、小野と千月が隙を見て救出する手筈らしい。
「ほう……ゼロの恩恵が無い人間風情のくせに、たいした回復力だ。どうやら……他の人間とは鍛え方が違うようだね」
「そりゃ、どうも」と相沢は素っ気なく答え、高槻の「傲慢な賛辞」を半ば無視した。
それもそのはず……相沢は目の前の敵に全神経を集中させている。
「相馬……まずは俺から仕掛ける。お前は後から来い…………行くぜっ!!!」
相沢は無音高速移動術「狩りの領域」を使用しながら、聖騎士に接近し……殺気を纏わせながら、奴を中心に円を描くように動き始めた。
……この技は魔狼だ。
殺気で撹乱させながら獲物の周りを高速で周回し、死角から相手を一撃で葬り去る技。
……初手で奥義とも言える技を使うとは、それだけ奴が危険な存在だという事か。
……ならば、俺は相沢の援護に徹するとしよう。
俺は右手の「剣」を「鞭」へと変化させ、奴の頭部めがけて払うように遠距離攻撃を仕掛ける。
この攻撃位置と間合いならば、相沢の「仕込み」の邪魔にはならないはず。
聖騎士も俺には細心の注意をはらっているようで、「鞭」の攻撃は確実に避けている。
何度も仕掛ける事によって、奴の注意が徐々に散漫になってきた。
これなら……決められるぞ。
「ーーーーーっ!? …………ぐぁっ!?」
だが、防御不可能であるはずの魔狼の一撃は、簡単に防がれてしまった。
逆に「盾」による手痛い反撃の一撃を受けてしまった相沢は、勢いよく吹っ飛ばされる始末。
ーーー何故だ? 「仕込み」は完璧だったはず。
「フフフ……足音を消し、殺気で撹乱させるとは面白い技を使うね。こちらも防御策が無ければ危なかったよ」
「……防御策だと? それは、どういう事だ」
高槻は俺を見ながら、親指を下に向けて「サムズダウン」をした。
ーーーっ!?
…………なるほど、そういう事か。
聖騎士の周囲には【血だまり】が出来ている。
これは奴の血ではない……血液が凝固していない「新鮮な死体」から滴り落ちた血だ。
相沢は「狩りの領域」で足音を消してはいたが、【血だまり】を踏んだ時に発した音までは、完全に消す事は出来なかったのだ。
……無論、常人なら聞こえるはずのない音だが、高槻によって強化されたゾンビには察知可能なのだろう。
「君達が何か仕掛けてくる事は分かっていた。先の死体による演出は、ただの恐怖演出ではなかったのだよ……フフフ」
続けざまに聖騎士は「盾殴り(バッシュ)」で俺に攻撃をしてきた。
俺は「盾殴り」を避けられず、相沢同様に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「野郎……あの巨体で相沢以上のスピードを……接近された事に気付かなかった」
よろめきながら立ち上がろうとした時、聞き覚えのある声が、頭の中で呼び掛けてきた。
【…………えるか? 聞こえるか……? 答えよ、葛城相馬】
…………この声!? ゼロイーターか…………?