反撃
ゼロが作り出した精神世界から戻ってこれたが、女王に痛めつけられた損傷が大きく、思うように身体が動かせなかった。
「……くっ!? 手足が……」
【無痛】で痛みは感じてはいないが、四肢の反応が全く無い。
骨は折れてはいないようだが、攻撃を受けた箇所が筋ごと神経が押し潰されている可能性がある。
……すぐに全快とはいかなそうだ。
仰向けになっていた俺は、唯一動かせる首を起こして周りを見渡した。
騎士達と死闘を繰り広げていた相沢達は、険しい顔をしながら滝のような汗を額から流し、苦しそうに肩で息をしている。
極限まで酷使した肉体と、すり減らした精神の疲労は、とうに限界を超えているようだった。
「フフフ……少々手こずったが、しょせん人間は人間……騎士達よっ! そろそろ彼等を楽にしてやれ…………おや?」
「お……俺は……テメェをゼッテェ許さねぇっ!よ……よくも……よくもオッチャンを殺りやがったなーーーっ!」
俺と同じく完膚なきまでに女王に叩きのめされた正平が、鬼のような形相で立ち上がり、高槻に向かって走り出した…………あれだけ打ちのめされた身体をつき動かしているのは【憤怒】か。
だが、当然の如く女王が立ち塞がる。
身体が【くの字】になるほどの強烈なボディブローを受け、弟は口から鮮血を吐き出し、両膝を地につき前屈みになった。
「……がはっ! あ……ばらが……折れ……」
女王は弟をうつ伏せにすると、頭を片足で押さえつけた。
奴は2mをゆうに越える背丈に、ゼロの作用によって全身の筋肉が肥大化した化物。
その体重は並みの成人男性とは比較にならない程にあるだろう。
……ゼロによって【無痛】が作用しているはずの弟の顔が苦痛にゆがむ。
「あ……あぐっ!? ぐあぁーーーーーっ!」
「……いい断末魔だ。いくらゼロの超回復でも頭蓋を割られては生きてはいられまい。兄の眼前で苦しみ悶えながら死ぬといい……ハーーっハハハハ」
……高槻…………調子にのるなよっ!
本来なら動かす事の出来ない満身創痍の身体を起こし、よろめきながら俺は立ち上がった。
「ほう……よく立ち上がれたものだ。だが、そんなボロボロの身体で何をするつもりだい? そのまま大人しく寝てれば良いものを……無謀と勇気は違う事を学んだ方がいい」
「……ほざいていろ高槻。ご自慢の木偶人形を片付けたら、次は貴様の番だ。この世界から跡形もなく消滅させてやる」
睨み付けながら指を差した俺を、高槻は「やれやれ」といった表情で嘲笑った。
「フフフ……負け犬の遠吠えほど、聞いていて虚しくなるものはないね。女王よ……彼に現実を教えてやれ」
弟を解放した女王が、ゆっくりと俺に歩み寄ってくる。得意の射程距離を活かした攻撃をする為に……しかし……
俺が右手で発現させた【先の力】により、女王は胸を刺し貫かれ、続いて肩口から両腕を切り落とされた。
あまりの苦痛で発狂した声を絞り出す女王だったが、首を切断された事で無言となり、残った胴体は両断された。
文字通り四散された女王の肉体は【ゼロイーター】の侵食を受け、蒸発して煙となる。
「な……なんだっ!? 一体、何をしたんだ……っ!? そ……それは【剣】……作り出したとでも言うのか? そんなバカなっ!」
絶対的な信頼を置いていた女王を、いとも簡単に葬られ、高槻は狼狽する。
俺の右手には「血液」から作った【血の剣】がある。
これが、ゼロイーターが俺に授けた【先の力】……「体外に出た血液を武器化する能力」。
「……ゼロは体外に出れば数秒で死滅してしまう。それは僕のゼロも同様。それを体外で武器として生成するなんて……そ、それが君の能力なのか」
「循環」……一度、体外に出た血液を高速で体内に戻す。それを繰り返せば地球の大気に触れた血液が死ぬ事はない。水圧カッターのような鋭さと「思い描いた形状」を保ちながら武器化する事も可能。
「高槻……これが俺の真の能力だ。少し待っていろ……すぐに貴様に味わせてやる」
「……なるほど。これは厄介だ……血を武器化する能力。実に単純だが……物事は単純であるほど応用が効く……それだけに脅威を感じるよ。……騎士達っ!」
相沢達を相手にしていた2体の騎士が、高槻の命令を受け、同時に俺に襲いかかってきた。
発現者として【真の覚醒】をした作用なのか、身体と知覚の反応速度が上がり「前後」だけではなく「左右」の高速移動も可能になった。
俺は騎士達の波状攻撃を難なく避けながら、反撃のチャンスを伺っていた。
「なるほど……身体能力も向上しているのか。しかし、いつまでも僕の騎士達の攻撃を捌けるはずがない」
…………恐怖に怯えろ、高槻。
お前に俺の能力の真髄を見せてやる。
俺は騎士の1体に反撃の「突き」を繰り出した。
【血の剣】の「突き」は避けられたが、刃先の形状が横に伸びて【大鎌】となった。
あとは簡単な作業だ……そのまま「引き戻せばいい」
攻撃を避けたと思って油断していた騎士は、形状変化した【大鎌】の刃の部分に背中から切り裂かれ、胴体が切断された。
「なにっ!?……け、形状変化だとっ!? し、しかも一瞬で……」
俺は奴に見せつけるように「形」を変化させた……武器化された血液は大鎌から大槌、そして前腕部を覆うように小盾となる。
「……こいつは俺が創造した形状を忠実に再現する。高槻……貴様の暴虐もこれまでだ」
反撃の狼煙は上がった。
だが、絶望的な状況に追い込まれているはずの高槻は、落ち着きを取り戻して笑っている。
……まだ、奥の手があるとでも言うのか……?




