契約
……間違いない。
これは俺の体内にいるゼロイーターが脳組織に侵入し創造した世界。
……だが、前とは雰囲気がまるで違う。
何とも陰鬱な気持ちにさせる風景だ。
くすんだ灰色の空からは、火山灰のような細かい粉のような物が、絶え間なく降り注いでいる。
生暖かい温度の灰色の湖面からは、少数の木が生えていたが、どれも枯れ果てていて「荒廃した世界」を演出していた。
【フッ……息災とは言いがたいな。随分と旗色が悪そうではないか……葛城相馬よ】
「一体、何の用だ……ゼロイーター。お前と「お喋り」を楽しんでいる暇などない。こうしている間にも、仲間が危険にさらされている。早く元の世界に戻してもらおうか」
俺の素っ気ない返答を聞いた女は、腕組みをしながら笑い始めた。
【フハハハハ……これは傑作だっ! 戻るだと? 今の貴様に何が出来ると言うのだ。戻った所で、あの女王とやらに永遠と蹴り転がされるだけではないのか?】
……コイツは俺を嘲笑する為に呼んだのか?
【まぁ……仲間の事は気にするな、葛城相馬よ。この世界と現実の世界は、時間の経過が異なるのだ。我と対話する時間は腐るほどある】
「……ほう。ずいぶんと都合の良い空間だ。この陰鬱な景色を変えてくれたら、実に快適なのだがな」
嫌味を吐いた俺に対し、女は困った顔で答えた。
【それは不可能と言うものだ。この景色は我が創造したものではない。貴様の精神が投影されたものだ。奴に対しての激しい憎しみ……そして、恩師と親友を助けられなかった深い悲しみと絶望を表現している】
……この灰色の世界が俺の精神を投影してしているだと?
【……実に哀しみに満ちた世界だ。この世界には生気が無い。全てが【灰と死】に染まり、満ち足りた生命の伊吹を感じられん。絶望に堕ちかける人間の精神状態を上手く表現していると言えよう】
……絶望か。
たしかに、俺は奴の能力「血塗られた王国」に勝つ見込みが無い。
奴は……あまりに強すぎる。
目線を落とし、歯をくいしばりながら黙って湖面を見つめる俺に、ゼロイーターは鋭い目付きで話しかけてくる。
【何を弱気になっている……貴様らしくない。何故、我が再び姿を見せたと思っている。奴に打ち勝つ方法を授ける為だぞ】
「……それは、以前に話した【真なる融合】と言うやつか? 今更、そんな事をして何になる……お前の能力はゼロを消滅させる能力。しかし、肝心の攻撃が当たらなければ意味がない。それでは……奴に通用せん」
ゼロイーターは再び笑い始めた。
【ハハハっ!……貴様が我を使いこなしていたとでも? あんな物は能力の一部を使用していたにすぎん。葛城相馬よ……我を見くびるな】
「……つまり、お前の能力には【先】があると言うのか? 一体、それは何だっ!」
問いに答えるかのように、目の前に大きなラウンドテーブルと互いが向きあうように椅子が現れた。
テーブルの上には、いかにも高価そうなティーカップが2つ置いてあった。
【そう興奮するな……まずは茶でも飲みながら、落ち着いて話そうではないか。我々の「これから」について……な】
女は、ゆっくりと椅子に腰掛けながら、ティーカップに入った茶を口にした。
【何にせよ、まずは互いを知る事が重要だ。我は貴様の記憶から「この星」と「人間」の事を知った。だが、貴様は我々の事を知らない……ゼロと呼ぶ我々の事をな……】
女は、淡々と自分達の種族について語り始めた。
この地球から遥か彼方……気が遠くなるほど離れた場所にゼロ達の故郷があったそうだ。
俺達のように高度な文明を持ち、争いもなく穏やかな種族で、人間のように【肉体】を持っていたと言う。
【……肉体を鉱石に変化させたのは理由がある。我々の星が寿命を迎えてしまったのだ。それを天命とし、星と最後を共にする者と宇宙に飛び出し、見知らぬ異星に移り住もうとする者で意見が対立した。そして……終末の戦争が起きたのだ】
……ゼロの星では、地球のガイア論のように自分達は星の一部である、と言う教えが広まっていた。
星の寿命がきたとはいえ母星から離れ、他星に移り住むのは異端行為。
【教義者】と【異端者】との戦いは熾烈を極めたものだったと言う。
【滅びる運命に黙って従う酔狂には付き合いきれん……我らは母星を脱する事を決めた。だが、我々が移り住めるような環境に適した星は、近隣では見つからなかった。だから……】
【異端者】達は自分達の肉体から魂と遺伝子を抽出し、それを高密度な鉱石に変化させて、宇宙へと打ち上げた。
【肉の身体では果てしない宇宙の旅路には耐えられないからな。鉱石となり、長い眠りにつくしか方法がなかった。我らが願いは1つ……ある程度の知性を有した星の生命体と同化し、共存する事だ】
「……共存か。結果としては、お前達のおかげで俺達が住む地球は、メチャクチャになったわけだが?」
珍しく女は、俯きながら謝罪の言葉を口にした。
【……それについては弁明の余地がない。果てしなく長い宇宙の航海で、我らの魂に1つの変化が生じてしまった。「種族の繁栄」……それのみが強く浮き出てしまったのだ。大半の人間は我等を取り込むと、種族を増やす為だけの存在となってしまう】
……本来は俺や弟、そして高槻のように寄生した生命体に力を与える事だったらしい。
俺は1つ気になる事を女に聞いた。
「……お前は共存と言ったが、俺が発現した能力はゼロを消滅させるもの。その力を強化させるのは仲間を殺す事に等しい行為だと思うが……?」
【……こうなった以上、我らが消える他ないだろう。この星に住む人間からすれば、我々は災厄と言う他ない。貴様が「調停者」となれば話は別だが……】
……調停者だと? 一体、何の事だ……?
【フフフ……葛城相馬。このままでは、この星は不完全な生命体【ゾンビ】となった我々(ゼロ)が蔓延る世界となろう。それは望んだ事ではない。我々(ゼロ)を狩る存在が必要なのだ……互いにな】
その役目を引き受けてくれたら、全ての力を分け与えると女は言った。
……調停者とは、ゼロと人間の間に立ち【バランス】を保つ存在だと言う。
……どのみち引き受ける他ない。奴に勝つには、ゼロイーターの【先の力】が必要だ。
「……いいだろう。拒否をする選択肢が無い事に不満だが、俺にとってデメリットは無さそうだ。調停者とやら……引き受けてやる」
女はニヤリと笑うと、小振りなナイフを取り出し、自分の人差し指を切って数滴の血をティーカップに垂らした。
【葛城相馬……我の血が入った茶を飲むがいい。それで【契約】は完了する。だが、それを飲めば貴様は人間でもなく、我々(ゼロ)でもない新たな生命体となる。その事を覚悟して飲む事だ】
……俺は差し出された茶を、迷いなく一気に飲み干した。
「何だ……特別な変化はない。これが【真なる融合】なのか……?」
【フッ……なにも異形になるのが融合ではない。貴様には見えぬのか? その手に宿る具現化された我の力が……】
…………こ……これはっ!? これが力かっ!
突如、まばゆい光が女から放たれると、俺は現実の世界に戻された。




