血の王国【下】
……間違いない、アイツは。
高槻が騎士と呼んだ2体のゾンビの内の1人、この施設の前で戦闘になった際に突然現れた奴だ。
本気になった相沢と同等の速度で動き、あの怪物……包む者【カヴァー】を単独で始末するほどの戦闘能力を有している。
「へっ……騎士だか何だか知らねぇが、見た感じ普通のゾンビと変わんねーじゃねーか。隣の2mの女王様の方が、よほど厄介そうだぜ」
「……相沢。見た目だけで判断しない方がいい。奴は、俺の目の前で【カヴァー】を簡単に始末してみせた。しかも即席で作った簡素な武器でだ……」
この話に半信半疑な相沢の様子を見た高槻は、ここぞとばかりに挑発をする。
「フフフ……騎士の力を疑っているなら試してみるといい。下等な人間では決して超えられぬ【壁】と言うものを、少しは理解できるはずさ」
「ほほぅ、随分とまぁ~コケにしてくれんじゃないの。その【お人形】が壊れた後に、同じ台詞が吐けるかどうか楽しみだぜっ!」
少し腰を落とし半身の構えをした相沢は、ダマスカスナイフを逆手に持ちかえ、高槻達を雷光のような速度で急襲した。
……たが、放った閃光の一撃は、騎士の1人が手にした刃物によって、いとも簡単に防がれてしまった。
おかしい…………奴が持っている刃物は、どう見ても市販製の包丁。
苦もなく鋼鉄を切断するダマスカスナイフの一撃を受ける事など出来るはずがない。
「チィ……味な真似をしやがる。あの野郎、俺のナイフの軌道を上手くそらしやがった。馬鹿正直に刃を合わせてたら、刃物ごと首を切断してやってたのによ」
後退した相沢は舌打ちをしながら、そう呟いた。
「フフフ……君のように、半端に実力があると技量の高さが理解出来て絶望するだろうね。察しの通り、騎士の戦闘能力は君達を上回っている」
そして高槻は、さも自慢気に駒の役割を俺達に説明した。
兵は王の為に【制圧前進】する為だけの駒……数で制する事が目的で、質は考慮していないとの事。
騎士は戦闘に特化した駒で、王にとって障害となる敵を排除する為だけに存在する。
ゆえに戦闘能力は駒の中で一番高いと言う。
そして……女王は王の盾。高質化する皮膚は、高速回転するライフルの弾丸すら弾き飛ばす事が出来る。
王の身の安全を第一とし、その為だけに行動する。
「……あいにく僧侶と戦車の駒は開眼していないが、それもいずれ使用出来る事だろう。フフフ……手持ちの駒だけでも十分すぎる程の戦力だがね」
妙だな……奴は目的の為なら人を欺き、利用する事を平然と行う人間。
そんな奴が自分の手の内をベラベラと喋るものだろうか……?
「……ドス黒い腹に絵を書くのが得意な人間にしては、人が変わったかのように饒舌に自分の能力を説明するな。余裕を見せているつもりなのか……?」
高槻はニヤリと笑って俺の問いに答えた。
「フフフ……そうかもね。象とアリ、戦車と竹槍ぐらいに戦力に差があると、無意識に余裕が出てしまうものだよ。だが、君達も十分に健闘している……僕に騎士と女王の駒を出させたのだから。そこでだ……1つ提案がある」
高槻は一呼吸おいて、自分の理想とする「国作り」を語り始めた。
建国の際には労働者として人間を使う、高槻は王として国を統治し、側近はゼロによって能力を開花させた【発現者】を据え置くつもりだと。
だが、それでも「人材不足」は深刻な問題となる。
ゆえに、たとえ人間だとしても「能力が高い者」には位の高い地位を与え、裕福な生活を保証すると言った。
「……言ってみればスカウトのようなものだ。その女も含め、葛城君を除く君達は、人間にしては超人的ともいえる戦闘能力を持っている。それを失うのは「勿体ない」と思ってね……答えを聞こう」
高槻の「与太話」を聞いた親父は、即座に返答した。
「……お断りさせて頂く。建国が出来る出来ないは別として、君の思想に基づく「その国」は、私が最も嫌悪する強者が弱者を【絶対的に支配】する体制だ。人の生命を消費する事でしか成し得ない国に使える気は無い」
相沢と千月も頷き、高槻の誘いを拒絶する。
「フフフ……これは嫌われたものだ。では葛城君、キミはどうなのかな……? ゼロを【完全消滅】させる能力、僕は非常に欲しい。もし、協力してくれるなら、君には特別な地位を与えてあげよう。王と同等の地位を持つ【教皇】の座をね」
親父と同意見だ……冗談じゃない。
奴が何故、俺の能力を欲しているのか……答えは分かっている。
高槻は自分を打ち倒すのは人間ではなく、同じ【発現者】である事を知っているのだ。
俺の能力はアンチゼロ……【発現者】にとって、俺は最も脅威な存在。
その人間を手元に置けば、自分に反逆する者は出てこなくなる。
「……富や権力を餌にしても無駄だ。そんな下らない物に俺は興味はない。この能力は、【仲間を守る】為だけに使うと決めている」
「フフフ……仲間か。つまり人間を守る為に力を使うと? 甘いね、その甘さが君自身を不幸にする事に、まだ気付かないとは」
高槻は、俺が人間側についてゼロと戦い……勝利した後、自分が命を賭けて守った人間達に、決して許されない「裏切り」をされると言った。
「ゼロと戦っている時は、君を救世主と崇めて、人間達は褒め称えるだろう。しかし、それも平和が訪れるまでの間だ。争乱が終局を迎え、用なしになった君は、逆に人間達から疎まわれるようになる」
ゼロを体内に有した【発現者】は、いくら貢献をしようとも人間社会に適さないと判断される。
いわれのない「迫害」を受け、社会から追放される未来しかない、と高槻は言った。
「……僕なら【同胞】にそんな真似はしない。葛城君、ゼロと融合した時から、君は人間ではなくなっているんだ。現実を受け入れ、僕と一緒にいた方が幸せになれるんだぞ?」
……確かに、奴の言う事も一理ある。
………………だがっ!
「……俺は世界を救うなど考えた事もない。もし結果的にそうなり、お前の言った通りになったとしても後悔はしない。俺は……俺の生き方、信念を貫く。信念とは……貴様のような【悪人】を叩き潰す事だっ!」
俺の答えを聞いた相沢は、満面の笑みを浮かべていた。
「よく言ったぜっ!相馬っ! なぁに、心配すんな! もし、お前に下らねぇ事をしやがる人間がいたら、俺が残さずブっ飛ばしてやるからなっ!」
高槻は人差し指でメガネのズレを直すと、俺達に再度向き直った。
「……交渉決裂か。しょうがない……では、君達は死ぬしかないね。僕にとって有益な能力を持つ者は、最も邪魔な障害となる。ここからは全力でいかせてもらうよ」
……奴の【血濡れの王国】との戦争が開始した。




