血の王国【中】
自分の駒である兵を、いとも簡単に葬られた事実を突きつけられても、高槻は眉1つ動かさなかった。
それどころか、太々しい態度を見せながら、大きな拍手を親父に送っていた。
「フム……見事な腕前だ。そこにいる葛城君のお友達と同様、人間にしては中々やるようだね。さて、葛城君……君はどうなのかな? ひとつ……発現した能力を僕に見せては貰えないだろうか?」
ーーーーっ!?
俺が能力を発現した事を、奴は知らないはず……もしや互いのゼロが「共鳴」しているのか……?
いや……そんなはずはない。
この施設で高槻と出会った時、奴に対して何も感じなかった。
「フフフ……葛城君。何故、隠していた能力に僕が気付いたのか? そんな顔をしているね」
……ある程度、体内のゼロを支配下におけば反応を隠す事は容易に出来る、と奴は言った。
「つまりそれは、僕との能力の差を如実に表していると言っていい。少し心配になってきたよ……余りに実力差がありすぎると、つまらなくなってしまうからね」
「……いいだろう。高槻、俺の能力を見せてやる。ただし、見物料は取らせてもらうぞ……代金は、お前の命だがな」
俺は躊躇する事なく能力を発現させた。
そして、すぐに異変に気付く……以前、能力を発現させた時には、目に映る視界が赤く染まっていたが、今回は赤く染まらず視界が良好になっている。
……あの女と対話した影響なのだろうか?
「ほう……なかなかの力を感じる。面白くなってきた……兵よ。残ったのは、お前達2人だけだが、殺ってみせろ」
高槻の合図とともに、残りのゾンビ兵が俺の方に向かってきた。
すぐさま相沢と親父が反応し、向かってくるゾンビ達を迎え撃とうとしたが、俺は2人の前に割って入った。
「……奴とは因縁がある。手を出さないでくれ」
相沢達が、2つ返事で引き下がったのと同時に、ゾンビ兵が俺に襲いかかってきた……だが、その時。
千月が素早く踊り出て、散弾銃の銃床でゾンビ達を次々と殴り飛ばした。
「……千月。余計な事はするな」
「申し訳ありません、若様……勝手ながら露払いをさせて頂きます。この1体は私めにお任せを……」
棒術のように散弾銃を脇に抱えた千月は、下から「すくいあげる」ように後ろ回し蹴りを放ち、ゾンビの顎を踵でハネ上げた。
そして、その場で素早く高速回転し、頑丈に補強された散弾銃の銃床を、ハンマーのようにゾンビの頸椎に叩きつけた。
頸椎と顎を粉々に砕かれたゾンビは、2度と立ち上がる事は無かった。
千月の必殺の連擊を見た相沢は、称賛の言葉を口にする。
「まさに銃術ってやつね……銃身を短めにしてたのは、取り回しだけじゃなく、銃を使った格闘術の為だったわけか。それにしても、初手の蹴りは素晴らしいの一言♪ ねぇ、小野さん」
「……弧月蹴。千月の得意技だ。彼女は散弾銃を自分の身体の一部のように自在に扱う。格闘を含めた接近戦こそ彼女の独壇場。散弾の千月の名は伊達ではない」
仲間が殺られても臆する事なく、残りの1体は俺に襲いかかってきた。
手にした出刃包丁を使い、絶え間なく高速の斬擊を繰り出してきたが、俺は難なく避けてみせた。
……視界がクリアになった影響もあるだろうが、敵の斬撃の軌道を瞬時に予測出来ている事が大きい。
目で見てから判断するのではなく、身体が無意識に反応している感覚がある。
長い期間、反復練習を繰り返した一流のスポーツ選手は、考えるよりも身体が先に反応する、と言うが……まさにソレだ。
では何故、刃物を使った戦闘訓練の経験がない俺が出来るのか……?
おそらくはガーランド・コーツとの死闘……あれを間近で見た、ゼロイーターが戦いから学習したからだろう。
達人同士の戦い。2人の戦闘技術に比べれば、目の前にいるゾンビ兵の攻撃など「とるに足らない」ものだ。
俺は攻撃の一瞬の隙をついて、素早く懐に踏み込み、右手で兵の喉仏を掴んで身体を持ち上げた。
「……これで終わりだ。よく見ているがいい。これが俺の能力……「【ゼロイーター】だ」
掴まれた喉から俺の血を注入された兵は、悲痛な叫び声を上げて苦しみ始めた。
ゼロの影響により「無痛状態」になっているにもかかわらず、激しい痛みと苦痛を感じている。
……当然だ。ゼロイーターはゼロに感染した者を細胞1つ残さず【消滅】させる。
侵入した体内で爆発的に増殖し、身体を内側から気化させられる痛みは想像を絶するだろう。
ほどなくして、兵は着ていた衣服をだけを残して【消滅】した。
「これは……っ!? そうか、君の能力はゼロを【完全消滅】させる事が出来るのか。フフフ……素晴らしい。なんて素晴らしい能力なんだ……ハハハ」
呑気に称賛の言葉を送る高槻に対し、相沢は懐から銃を取り出して、奴に照準を向けた。
「……ハーイ♪ 王手ってやつだな。王様を守る駒が無きゃ、チェスは詰んだも同然。避難民も退避完了した事だし、そろそろ下らないゲームは終わりにさせてもらうぜ」
親父も拳銃を構えて同様の事を言った。
「遠慮せずに一気にカタをつけさせてもらう。高槻君……君は非常に危険な人物だ。こちらも最善の手を打たせてもらうよ」
……わざわざ俺達が1人ずつ高槻の兵と戦っていたのは、笹本さんが避難民を安全な場所まで誘導させる為の時間稼ぎ。
……俺の手で直接始末出来ないのは少々残念だが、奴を確実に殺れるのであれば問題は無い。
だが、1つ気になる事がある。
この状況……高槻にも容易に想像出来たはず。
無策でいるのは【奴らしくない】
「フフフ……葛城君の能力以外、僕の予想通りの展開になったか。やはり君たちは王である僕が直々に殺す価値がある人物だったね」
「そいつはどうも……光栄です陛下♪ それでは、民衆から日頃の感謝を込めて【鉛玉】を献上致しますね♪」
相沢が発砲したのを皮切りに、次々と俺達は奴に向けて撃ち始めた。
硝煙が舞う中、高槻の前に何者かが立ち塞がる。
何者は俺達が放った銃弾を、全て身体で受け止めていた。
「……なんだぁっ!? あのヤローは! 銃弾が効いてねぇぞっ!」
相沢が言う通り、身体が一回り大きい女ゾンビは、撃ち込まれた銃弾をものともしていなかった。
「……紹介が遅れたね。これが王を守る【女王】だ。僕に身の危険が迫った時、自動で守る絶対防御システム。そして……」
高槻の合図と共に、屈強なゾンビが上空から舞い降りてきた。
「これが君たちを葬る者、【騎士】だ。先ほどの雑兵とは違うよ……フフフ」
……女王と騎士。
高槻め、ついに札を切ってきたか。




