血の王国【上】
……高槻の人間を見下すような言葉や、身に纏う雰囲気、それは圧政を敷く「暴帝」のような立ち振舞いを連想させた。
他人に共感する感情を欠如し、他者を自分が使う駒とでしか見れない人間……感染者(ゾンビ)を手駒として使役する能力【血濡れの王国】とは、まさに奴自身の生き方を表しているかのようだ。
「ずいぶんとよぉ~……ビシバシイキり散らしてくれてんじゃねーかよ~…………あ? 俺の前でカマしてくる、その度胸だけは褒めてやるがなぁ~」
にじり寄ってくる手駒のゾンビ達を阻むかのように、弟が仁王立ちで立ち塞がった。
「フフフ……誰かと思えば葛城君の弟か。そこにいる兄に守られながら、大人しく隅で震えてれば良いものを。残念ながら、君のような雑魚では相手にならないよ」
「……あぁ? 今のは寝言かコラっ!? 上等だぜぇっ! そのメガネごと、顔面をカチ割ってやらぁーーっ!!!」
高槻に挑発された弟は、額に青筋を立てながら無防備に奴等へと向かっていく。
「……兵よ。あの阿呆を取り押さえろ」と高槻の命を受けた1体のゾンビが、さながら攻撃を受け流す合気のような投げ技で、簡単に弟を地面に投げ飛ばし、素早く肩関節を極めて制圧した。
「葛城君、愚弟を持つ君の心情は察するものがある。さて、これで人質をとった僕の方が圧倒的に優位な立場になったようだが………………むっ!?」
……勝ち誇った表情を見せる高槻の背後から、ゆらめく陽炎のような影が現れると、鋭い光の閃光が走り、弟を押さえつけていたゾンビの首が空に舞った。
「無音高速移動術」を使用し、背後から高槻達を強襲した相沢は、弟を助け出しながら悔しそうに舌打ちをした。
「…………チっ! 意外と勘の良い野郎だぜ。背後から仕止めてやろうとしたのによ。首の皮1枚で避けやがった」
相沢のナイフによる一撃で、高槻の首からは激しい出血が見られたが、ゼロの治癒能力によって瞬く間に止血された。
「……相沢。弟を助け出してくれた事に感謝する。だが、ナイフより銃撃した方が確実に奴を殺れたんじゃないか……?」
「ま……理想はそうだが、なにぶん高速移動中に銃撃は精度が著しく落ちる。ほぼ同時に救助と暗殺をするにはナイフの方が確実と踏んだわけよ。奴を殺してもゾンビに弟さんを殺されたら意味無いっしょ?」
……確かに、奴を殺しても使役しているゾンビが即座に停止する保証は何処にもない。
俺達は高槻の能力「血濡れの王国」について何1つ知らない……より確実な方法を相沢は選択したわけか。
奴の能力か……あの自信に満ちた表情を見る限り、まだ隠しもった「何か」があるに違いない。
いや、まてよ…………高槻は今、自分が使役しているゾンビの事を「兵」と呼んだ。
……たしか、チェスの駒の呼び方だ。
なるほどチェスか……少々探りを入れてみた方がよさそうだ。
「……高槻。お前の能力が単純にゾンビを使役するだけとは思えん。お前はゾンビの事を兵と呼んだ。わざわざチェスの駒を指す言葉を使ったと言う事は、他に違う駒を持っていると言う事か?」
高槻は人差し指でメガネのズレを直しながら、俺の問いに答えた。
「……さすがに抜け目がない。1を聞いて10を知るとは流石だよ、葛城君。地面に転がってる阿呆とは違うね。君の言う通りだ……僕の能力はチェスの駒を具現化しているのだよ。つまり……」
奴自身が王……その他に【女王・騎士・僧侶・戦車・兵士】があると言う。
俺達の目の前にいるゾンビ達は兵士、駒の中で最も戦闘能力は低いが、数は揃えられると高槻は言った。
「フフフ……戦闘能力は低いと言ったが、ゼロと共生している発現者でさえ、ねじ伏せる程度の能力はある。人間どもが束でかかっても勝つ事は難しいだろうね」
高槻は腕を組みながら、俺達を嘲笑するように高笑いをした。
その様を見た親父が、所持していた銃を懐にしまいながらゾンビ達の前に立ち塞がった。
「……では人間代表として、私がお相手しよう。笹本さん、正平君を連れて避難民の誘導をお願いしたい。それと……銃は使用しない方がいい。跳弾で民が傷つく恐れがある」
親父はそう言うと、奇妙な形をした小振りなナイフを懐から2本とり出した。
「へぇ、ジャンビーヤナイフか……征龍会の創設者「小野 刃」の本気って所だな。相馬……滅多に拝見できるものじゃないぜ? なんせナイフさばきじゃ、小野さんは世界でも指折りだからな」
ナイフを構えた親父に、地面から立ち上がった弟が詰め寄った。
「小野さんよぉ~。俺だってヤられぱっなしはシャクだぜぇ。あのメガネ野郎に一発ぶちかまさねぇとよぉ~」
「……正平君。何も直接戦う事だけが戦闘ではない。君と笹本さんが避難民を守る事によって、我々は後方を気にせず戦えるのだ。支援も重要な役割だ……それは分かるね?」
親父は子供を諭すように弟にそう言った。
弟は渋々了承し、2つ返事で笹本さんと一緒に戦列を離れていった。
「……それと、相沢君。手出しは無用だ、先ほどの君の技術。そう多用出来るものでもないだろう。少し休んでいるといい……私個人としても、少々ここらで見栄を張りたいのでね」
親父は少し笑いながらチラリと俺の顔を見た。
……要は息子達の前で格好をつけたい、と言う事か。
「フフフ……話は終わったかな? それでは血の宴を再開しよう。兵よ、かかれっ!」
高槻の号令と同時に2体のゾンビが親父に襲いかかった。
親父は相沢のようなキレのあるスピードに任せた避け方ではなく、舞踊のように流れるような体捌きでゾンビ達の刃物による攻撃を避け続けた。
……理にかなった最小の動きで相手の攻撃を受け流す、実に無駄のない戦い方だ。
「……すげぇな。完全に見切ってなければ、あんな避け方は出来ねぇ。あの動きは勉強になるぜ」
相沢は親父の戦い方に見とれていた。
素人の俺でも理解出来る……たしかに高槻の兵の能力は高い。スピードもパワーも親父を完全に上回っている。
だが、戦闘技術に雲泥の差がある。
あれでは永遠に捕らえる事は不可能だ。
そして機を見て反撃に転じた親父は、いとも簡単に致命の一撃をゾンビ達に叩き込み、即座に絶命させた。
「……児戯だな。戦闘の勝敗を決めるのは身体能力ではない」
親父はナイフを鋭く振りぬき、刃に付いた血を弾き飛ばしながら高槻にそう言った。




