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僕の愛しいご主人様  作者: ひかり
7/12

5*森にて①



「…彼女を一体どうするつもりですか?」


 葵が1人物憂げに月を眺めているその同時刻、カインデルと虎鉄は、村の外れの月明かりさえ遮る鬱蒼とした森の中にいた。この辺りで最近魔物のようなものを見ると宿屋の主人から情報が入り、一応確認のために偵察に来たのだ。


「別にどうもしないさ。僕は彼女の側にいるだけだし」


「あなたは良いかもしれませんが、俺達が困るんです。念のため異世界に接点のある二人を連れてきましたが、まさか本当に…」


 馬は森の入り口に繋いでおき、申し訳程度に森を照らすカンテラを左手に、カインデルは獣道に近い道を歩きながら頭を抱えたくなった。相変わらずにこにこ笑顔を絶やさない虎鉄は、その数歩後ろからついて来る。


「魔獣国ほどではないですが、千年経ってもなお聖獸国には人間を忌み嫌う者が大勢います。しかし少数ながら人間を始祖として崇め信仰している種族もいます。彼女の存在が世間に露呈してしまえば、小競り合いはあれど300年もの長き平和はたった一人の少女を賭け戦乱の世に逆戻りです」


 あの少女は耳と尾がないだけでこちらの世界の少女と全く変わらない。魔力は少し感じ取れるが、異世界人だからといって、何か特別な能力をもっているという訳ではないようだ。完全に巻き込まれてしまっただけの哀れな少女なのだ。


「人間がこちらの世界に来てしまったのは前例がありません。そして、こちらの世界から異世界へと渡った者もまた、前例がない…あなたの力を持ってしても彼女は、元の世界に帰れないかもしれない」


 千年前聖獸王と並びこの世を平定した魔獣王の生まれ変わりが7年前に現れ、驚異的な早さでばらばらに散っていた同族たちをまとめ上げ他国を圧迫しているのだ。気紛れだがかなり切れ者で好戦的らしく、いつ大陸全土を巻き込む戦争が起こってもおかしくない。そんな状態で彼女を王都に連れていけば、どうなるか分からない。


「…確かに…少し迂闊だったかもしれないね」


 静かに責めるようなカインデルの言葉をしばらく聞いていた虎鉄はふと立ち止まり、カインデルは振り返った。暗くて分かりにくいが、彼は少し寂しそうな笑顔を浮かべている。


「ねぇカインデル、君はどうしてもあの星が欲しいと思ったことは無い?」


 唐突に問われたカインデルは眉を潜め、虎鉄と共に天を仰いだ。たまたま開けた場所にいて夜空を遮るものは無く、一回り欠けた月と星たちがきらめいている。


「最初は見つめているだけで、見つめられているだけで良かった。でもあの時から、欲しくて欲しくて堪らなくなってしまったんだ。必死に手を伸ばすも、声をかけるも届かない。僕を置いてどんどん遠くに行ってしまうのが何よりも恐ろしかった。だからね、どんなに汚い手段を使っても僕はたった一つの星が欲しかった」


 彼女から好きな人ができたと囁かれたあのやけに肌寒かった秋の日、虎鉄は己の想いに気が付いてしまった。


「心配しないでカインデル、何があっても僕は葵を護るから。例え君が、世界の全てが敵になったとしてもね」


 再びカインデルへと視線を向けた虎鉄は穏やかに笑っていた。しかし、瞳には昏く底の知れない狂気にも似た炎がちらついているのを、カインデルはとっくの前から知っていた。彼は痛むこめかみを揉みながら、今日で何度目か分からないため息をこぼした。


「そうですね、それぐらいの責任はとっていただかないと彼女が哀れです。しかし俺達は王都へ行かねばなりません。そして王は…いえ宰相は彼女を利用しようと、何をするか分かりません。あなたはどうする気ですか?」


「そんなの簡単だよ。隠さないで利用してるとでも思わせとけば良いさ。あの宰相はなかなか頭が良さそうだったからね。僕が葵を溺愛してるとでも言えば、彼女に危害は加えないさ。寧ろ僕を操り人形にしようと、とても大事にするだろうし。僕の機嫌を損ねたら大変だろ?折角の救世主が破壊者に変わってしまったら」


 くすくすとおかしそうに虎鉄は笑うが、国を守る騎士団隊長のカインデルからしたら全く笑えない。眉間のシワが増えるだけだ。


「取り敢えず、貴方が敵にならないことを祈ります」


 その時、やけに近くから狼の遠吠えが耳に入ったが二人は全く驚きもせず、カインデルはカンテラを放り投げすらりと剣を抜き、虎鉄に背を向けた。


「宛にならないただの噂だと思っていましたが…」


 数え切れないほどの爛々と輝く禍々しい赤い瞳が二人を突き刺す。微かな月光の元じりじりと体勢を低くして迫ってくるのは、普通の狼より二回りほど大きく、蛇の尻尾と羊の角を持つ魔物だった。馬を連れてこなくて良かった。暴れて逃げられてしまうところだったと、カインデルは内心安堵した。すると虎鉄は、緊張感無く彼に問う。


「あれは何て言う魔物?」


「キメラという、獰猛ですがさして力はない下級魔物です。しかし、たまたま野生化していたには数が多すぎる…」


 少々前から気付いていたが、しばらく様子を見ていたのだ。しかし、まさかこんなに数がいるとは予想外だったとカインデルは舌打ちをした。虎鉄が聖獸王の生まれ変わりだとしても、彼自身は戦い方をしらないのだ。少し話をしたかっただけで連れてきてしまったが、迂闊だった。


「ふぅん、そうなんだ。でもこれぐらい平気だよ。僕に任せて」


 しかしそんなカインデルの心境を知ってか知らずか、状況に似合わず穏やかな言って虎鉄は目を閉じた。思い出すのは、忘れたくとも忘れられないアイツの姿。“よォ、オレの後世”とふざけた口調で、己の数奇な運命を知らしめた聖獸王アレスと呼ばれた男だ。彼が夢の中で必要なこと見せ、教えてくれた。


「僕は聖獸王アレスの魂を受け継ぎし者。炎の精霊よ、僕を認め力を貸してくれ!」


 目を開き月に向かって高らかに叫んだ。瞬間、二人を業火が包み込み、反射的にカインデルは腕で顔を覆った。だが全く熱くない。腕の間から恐る恐る覗けば、虎鉄の背より高い巨大な炎の獅子が立っていた。


『…何なりとご命令を』


 空洞に共鳴しているかのような低く響く声で、炎の精霊は前足を折り、虎鉄に深々と頭を下げた。腕を下ろしたカインデルは驚愕に目を見開く。炎の精霊とは数多の精霊の中でも、水、風、地と並ぶ最上級の四大精霊なのだ。その力をほんの少し借りることは出来ても、従わせるなど魔術に精通した者でも無理だ。軽い気持ちで手を出せば最後、その強大な魔力に押し潰されてしまう。そう、あの聖獸王を除いては。虎鉄は柔らかな笑顔で、その炎のたてがみをよしよしと撫でた。


「浄化の火で、あの魔物どもを滅してくれ」


 炎の精霊の登場により、魔物たちはしばらくはその魔力に威圧されたかのように狼狽えていたが、尻尾巻いて逃げる気は無いようだ。殺られる前に殺ってしまえとでも思ったのか、関をきったかのように二人に向かって次々と襲い掛かってきた。


『承知いたしました』


 二人を中心に真っ青な炎の波が円状に広がり、迫り来るキメラたちを飲み込んで断末魔を上げる間もなく消し炭になっていった。だが不思議なことに周りの木々や植物は一切燃えることはない。精霊の火だからだろうか。そして、気付けば目に入る範囲の魔物は消え去っていた。


「…私は不必要だったみたいですね」


 まだ油断は出来ないが、驚きを隠せないカインデルは剣を鞘に収め皮肉った。


「そんなことはないさ。これからが勝負だからね。さっき君は言っていただろう?野生にしてはおかしいって」


「えぇ。それにキメラは知能は低く、単体行動を好みます。あのように結託して襲ってくるなど有り得ません。まるで…」


「うん、誰かが裏で操ってるのかもね。まぁ八割方魔族だとは思うけど、根元を暴かなくちゃ。分かったかい炎の精霊、生きたまま僕の前に連れてきてね」


『承知しました』


 炎の精霊は木々を避けながら森の奥へと駆けていく。その神々しい姿を見ながら、カインデルは感心して舌を巻いていた。虎鉄は力もさることながら、かなりの切れ者だ。そして愛する少女のためなら手段を選ばず、穏やかな笑顔で全てを隠してしまう。だからこそ一筋縄ではいかないのだ。


「…ここにいても仕方がありません。一旦村へ戻りましょう」


 カインデルは虎鉄と共に元来た道を駆け出した。

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