表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の愛しいご主人様  作者: ひかり
6/12

4*ジャックとタロー



 たくさんの野菜を白いスープで煮込んだ『シチュー』という、名前も見た目も味もよく知っているシチューそっくりなスープと少々硬い黒パンの質素な食事も頂いて、水の入った壺から杓子で掬って流す以外見た目も洋式トイレと変わらないトイレを借りて、葵は再び椅子に腰を下ろした。だけどあのトイレットペーパーだけは頂けない。ロール状では無く折り紙ぐらいの白い紙がトイレの側に積んであって、それが新聞紙並みに固かった。そのまま使ったら痔でもないのに血が出そうな固さだ。しっかりくしゃくしゃに揉んで使用した。いやまぁ、そんなことは置いといて。御馳走様と手を合わせ、食器類は廊下に出しておいた。宿の人が取りに来てくれるらしい。


「ねぇ太郎、虎鉄はどうしてこの世界に来たの?」


 椅子に浅く腰掛け背もたれに寄りかかり、暇そうに大欠伸をしているタローに、同じく暇をもて余した葵がずっと気になっていたことを尋ねた。


「コテツってアレス様のことか?あー…来たつーか喚ばれたんじゃねーっスか?」


「喚ばれた?」


「聖獸王の生まれ変わりのアレス様とか結構魔力を持ってたうちのじぃちゃんとか、この世界に産まれるはずの強い力を持つ魂が時々、何故か異世界で産まれてしまうらしいっス。だから元はこっちの世界の住人だから、こっちの世界に喚ぶ。詳しいことはわかんねぇけど」


 確かに犬にしてはやけに頭が良いなとは思っていたが、まさか異世界人(犬?)だったとは…。それにせいじゅうおうというのも気になる。すごい名前。


「そのせいじゅうおうってどんな人だったの?」


「俺たち獸牙族をまとめ上げ、千年前にこの聖獸国を創建したもう神様みたいな人っスね。地を震え上がらせる魔力と、常人を逸した身体能力を持ってたとか言われるし」


「そ、そんなすごい人の生まれ変わりだったんだ…でも本当なの?生まれ変わりなんて、しかも異世界を隔ててどうして分かったの?それに何で私までこの世界に来ちゃったの?あ、アレス様って呼ばれてるのもなんで?」


「え?いやえっと…なんて言えば…」


 葵に矢継ぎ質問され、タローは頭をがしがし掻きながら言いずらそうに言い淀み、最後には根を上げたように立ち上がりドアを少し開けて顔だけを向こう側に出した。


「先輩助けて下さい!俺頭良くないからどうやって説明すればいいか分からないっスよ!」


「だったらそんなことしなきゃ良いじゃない!アタシたちは護衛だけが任務なんだから!」


「でも可哀想じゃないっスか!突然知らない世界に来ちゃったんスよ!うちのじいちゃんも最初大変だったって言ってたし!」


 本人はこそこそ話しているつもりなのだろうが、会話が駄々漏れだ。だが最終的にはジャックが根負けしたらしく、しぶしぶ部屋に入ってきた。きっと睨まれ思わず葵はびくっと肩を竦めたが、その場で立ち上がって頭を下げた。


「何も知らないと何も出来ません。みんな心配してるだろうし、一刻も早く元の世界に帰りたいけど虎鉄…アレスも一緒じゃないと帰れないんです。だからどうしてアレスがこの世界に来たのか知りたいんです」


 話が通じないのは困るので、全然慣れないが虎鉄をアレスと呼ぶことにした。あ、様つけなくちゃだめかな?すると、そんな真摯な葵の姿を見てジャックは片眉を上げ意外そうな表情をした。


「ふぅん…思ったよりちゃんと考えてんの。それに泣いたり喚いたりするかと思ったんだけど、根性はあるみたいね」


 はっと葵が顔を上げると、彼は面倒くさそうに軽くため息を付いたものの、部屋から出ていこうとはせずにドアのすぐ横の壁に背を預け腕を組んだ。


「分かったわ。アレス様も一緒っていうのは気に食わないけど…ニンゲンなんかとっとと元の世界に帰って欲しいし」


「ありがとうございますジャックさん!」


 オネェ口調だし言葉もキツいし、やけに嫌われているようだったが、やっぱり悪い人ではないようだ。見かけで判断しちゃいけないな。


「先輩は歴史から政治まで何でも知ってっスから、なに聞いたって良いっスよ」


「アンタが知らなさすぎるのよ。学校で何学んできたの?」


 何故だかはしゃぐ二人を見て、問題児を抱えた先生のようにジャックは呆れた表情を浮かべた。


「で、タローからどこまで聞いたの?」


 葵はジャックに体を向けて椅子に座り直した。


「えっと…アレスがなんかすごいせいじゅうおうって人の生まれ変わりって話を聞きました。それって本当なんですか?」


「本当だなんて、そんなの魔術師じゃないアタシに分かるワケないじゃない。でも、五年前に聖獸王の魂を受け継いだ生まれ変わりが産まれるって御告げがあったそうなの。宿敵である魔獸国が台頭してくる一方だったから、国の魔術師たちは血眼で探しまくってたわ。それで二年前、異世界とコンタクトをとったら偶然とんでもない力を持ったアレス様を見つけたらしいの。それでアレス様自身とコンタクトをとったら、本人も聖獸王と夢の中で生まれ変わりだと言われたと、カインデル隊長そう言うんだから間違いないと思う」


 カインデル隊長ステキ…。とジャックは恋する乙女のようにポッと頬を桜色に染めた。うん、中身もオネェか。葵はどうしようと助けを求めタローにちらりと視線を向けると、彼は苦笑いを浮かべ首を横に振った。


「だけどアレス様も想像してた以上にステキだったわ…。太陽神とも呼ばれた聖獸王を彷彿とさせるような黄金色の髪。芸術品のように整った顔立ちと少し陰を感じるも柔らかで優しげな笑顔。ああ、あの鍛えられた体躯も涎もの…」


「ジャックさん!そのコンタクトってどういうことですか?!」


 葵は慌てて少し声を張り上げて先程の話の続きを促した。


「え?ああ、そうだったわね。コンタクトっていうのは月に一度満月の日に、夢の中で異世界に住むアタシたちと同じ種族と会って会話することを言うの。それで色々あって、カインデル隊長が二年間近くもアレス様とコンタクトとってたのよ」


 だから虎鉄はカインデルと顔見知りのような感じだったのか。名前間違えてたけど。それにしてもコンタクトだなんてとても便利なものがある。魔術師とかいっていたから魔法の類いなのかもしれない。夢の中というのがちょっとロマンチックだ。


「というか、どうしてアレス様はすぐにこっちの世界に来なかったんスかね?無理矢理にでも連れて来れば良かったのに」


 大事な人でもいたのかなと、タローが行儀悪く椅子の前足だけ持ち上げ前後に揺らしながらうーんと首をかしげた。そんな彼を見てジャックは目を瞬かせ、大きなため息をついた。


「…だからアンタはまだガキっていわれんのよ」


「えー!どういうことっスか?!」


 ガタッと椅子を戻してタローは不満な声を上げた。二年前というのは確か虎鉄をもらってきた時ぐらいだ。自惚れでなければ虎鉄がこの世界に来なかったのは、私がいたからかもしれない。嬉しいような恥ずかしいような変な気持ちで、思わずにやけそうになってしまって葵が俯くと、ジャックはちらっと意味ありげな視線を移した。


「自分より魔力の高い者を無理矢理こっちの世界に連れてくるのは出来ないらしいわ。だから国一番の魔術師より高い魔力を持つアレス様とコンタクトはとれても、こちらに連れてくるなんて出来ないから、己の魔力を使ってこっちに来てもらうしかなかった。意味分かる?だから関係の無いアンタがこの世界に来てしまったのは…」


 ハッと葵は顔を顔を上げた。


「…アレスのせい…ってことですか?」


 ジャックはふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


「絶対なんて言えないけどね。全く…アレス様の気がしれないわ。ニンゲンなんて最低な生き物なのに…」


 その時、狼か何かの獣のような遠吠えが微かに聞こえ、葵は思わず窓へと視線を向けた。日が暮れてから結構な時間が経っていて、外は煌々と照らす月明かりのみの宵闇しか映っていない。今のにはジャックとタローも気付いたらしく、二人の表情にも緊張が走った。


「あら…?僻地といっても聖獸国の領地だっていうのに、こんなところまで魔物が…」


「魔物?!」


 渋い表情のジャックの呟きに、葵は驚きの声を上げた。魔物と聞いて思い付くのは、にわか知識だが映画なんかで見たことある人を襲う化け物だ。タローは真面目な顔で即座に窓を開け、静寂に包まれた村のとある一点を見つめていた。


「…結構近いっスね。俺隊長の所へ行ってくるっス」


 壁に立て掛けてあった弓矢と矢筒を担ぎ、鞘に収まった剣を片手に部屋を出ようとして、慌てて葵は彼を呼び止めた。


「ま、魔物なんてのと戦って大丈夫なの?!」


 一瞬タローはきょとんとした顔で心配そうな葵を見たが、すぐに可笑しそうに吹き出した。


「俺たちは騎士っスよ?それが仕事っス」


「…虎鉄も戦うの?だって虎鉄はこの世界に来たばっかりなのに…」


「えっと…アレス様は聖獸王の生まれ変わりだし、多分大丈夫っスよ!」


 んな適当な。そんなの信じられない。虎鉄は飼い犬というよりかけがえのない大切な家族だ。怪我でもしたら…ましてや死んでしまったら…。いてもたってもいられず、葵はガバッと立ち上がった。


「私も行く!虎鉄は私の家族だもの!私が守らないと!」


 だがすぐにジャックに手首を掴まれ、身動きが取れなくなった。暴れて引っ張ってもびくともしない。オネェっぽいが、やはり男だ。


「少しは賢いと思ったけど前言撤回ね。ほらタローはさっさといきなさい。命令違反だけど隊長なら許してくれるわ。アタシは物凄く不服だけどこのバカ見張ってるから」


 タローは戸惑って二人を見ていたがすぐに頷き、心配すんなと抵抗を続ける葵に一声かけて部屋を飛び出していった。


「放してこのオカマ!私虎鉄の所に行くの!」


「オカマで悪かったわね。よく聞きなさいニンゲン。アンタみたいな役立たずが行って一体どうなるの?」


 冷静なジャックに正論を付かれ葵はうっと動きを止めた。葵は運動神経すら悪いただの女子高校生だ。この世界に来て初めて剣や弓を見たし、ましてや魔物との戦い方など検討つかない。ゲームじゃないのだ。


「本当はアタシだって隊長のお力になりたいわ。でも今のアタシの任務は無力なアンタを守ることなのよ。お荷物はここでじっとしてなさい」


 ぐさぐさと胸に突き刺さる辛辣な彼の言葉に、葵は借りてきた猫のように大人しく小さくなるしかなかった。


「…でもまぁ、アンタがどうアレス様を思ってるのか分かったけど」


 ほとんど聞き取れないほどにポツリとこぼしたジャックの呟きに、葵はのろのろと顔を上げると、彼に椅子に座らされた。


「アレス様ならきっと大丈夫よ。隊長もいるし。良い?今アンタにできることはさっさと寝ること。明日は朝早くにここを発つだろうし、わかったわね?」


 口調が少し優しくなったように思えたのは気のせいだったのだろうか?廊下にいるわとジャックがそうこちらを見ずに言い終えると、すぐに部屋を出てしまった。一人ではやけに寂しく感じる部屋に残された葵。寝ろと言われても寝れる訳がない。そうだ、だったら虎鉄が帰ってくるまで待てば良い。すぐに戻って来ると言っていたし。葵は自分の両頬を強めにパシッと叩きテーブルに頬杖をついて、窓の外のちょうど空の中天にある一回り欠けた満月を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ