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僕の愛しいご主人様  作者: ひかり
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3*大切な貴女



 いつの間にか葵は、すっかり虎鉄の膝の上で寛いで寄りかかっていた。同性ですらこんなに密着したことないが、虎鉄が人ではないと分かった上でだ。普通男子に膝の上で寄りかかるなんてバカップル状態できるわけがない。そんなん恥ずかしくて死ぬ。それに少し慣れなくてどきどきはするが、護られているような安心感がある。彼の心音を右耳で聞きながら、再び葵は虎鉄を見上げた。まだまだ聞かなくちゃいけないことがあるんだけど…それにしても格好いいなぁ…。


「でもまさか虎鉄がこんなにイケメンだったなんてなぁ…」


「ご主人はこの顔が好き?」


「え?そりゃあ格好いいし、嫌いな人いないんじゃないかな?」


「他のやつなんかどうだっていいよ。ご主人が好きならそれで十分」


 葵の髪を優しく撫でるように手櫛ですきながら、彼は穏やかに言った。うーん…随分排他的だ…。


「そんなんじゃ友達いなくなっちゃうよ?」


「いらない、ご主人だけいればいい」


 冗談めかして聞いてみただけなのに、ドストレートな答えが返ってきた。葵は彼を見上げたまま思わず絶句。虎鉄の表情は変わらず、ふざけている様子は無い。


「ご主人、僕は貴女に僕だけを見てとは言わない。でもこれだけは覚えておいて。僕にはご主人しかいない。初めて会った時から、僕の全ては貴女だから」


 プロポーズ宜しく、物凄く重い告白だ。漫画や映画のような少々ベタなセリフだが、いざ言われると全然違う。そりゃあそうか。こんなに率直な想いを告げられたのは生まれて初めてだったので、葵はただただ驚きのあまり仏像のように固まるしかなった。そんな彼女をしばらく見つめていた虎鉄は、愛しそうにその額に口付けを落とし、彼女を膝からベッドに降ろした。ん?今どさくさに紛れて…。葵はハッと我に返り、額に手を当てガバッと立ち上がってズザザッと彼と距離をとった。い、いいい今キスされた…!


「ごめんねご主人、僕少し外に出なくちゃいけないんだ」


 茶目っ気を含んだ虎鉄の微笑み。…やっぱりからかわれたのかもしれない。それとも忘れがちだが飼い主に対する忠誠心ってやつかもしれない。気持ちはありがたく受け取って深く考えないようにしよう。うん。すると、タイミングを計ったかのようにドアが控え目にノックされた。葵が行こうとすると虎鉄に止められ、彼が鍵を外してドアが開かれた。


「自分の部屋にいてくださいと言ったのに、何故こちらにいるんですか」


 盛大に眉根を寄せたカインデルと、葵とあまり年の変わらなさそうな夕焼け色の短い髪の少年だった。あれ?見覚えがある…あ、さっき魔族に射掛けてた人だ。葵の脳内に再び人に矢が刺さるシーンが浮かんできそうになって、慌てて頭を振った。


「僕の居場所はご主人の側だからね」


「それならば先に言っておいて下さい」


 まだそんなに歳はいってなさそうなのに、眉間にシワが出来てしまいそうだ。イケメンなのに勿体無い。


「それじゃあご主人ちょっと行ってくるね」


「ど、どこにいくの?」


「心配しないで、すぐに戻ってくるよ」


 虎鉄は葵に手を振り、部屋から出ていってしまった。


「アオイ様、代わりにジャックたちを置いていきます。何かあるなら彼らに言って下さい」


 あれ?今確か葵って言われた?だが彼女が質問する前に、相変わらず無愛想にカインデルは足早に虎鉄の後を追って出ていってしまった。葵は物珍しげに見つめてくる濃いオレンジ色の髪の少年と部屋に残された。どうしよう…知らない人と残されてしまった…。


「なぁ」


 突然話しかけられ、葵はびくっと肩を震わした。


「そ、そんなにびくびくすんなッス。別にとって食ったりしねーッスから」


 少年は困ったように頭を掻きながら、驚かせて悪いなと快活に笑った。日本人どころか人間離れの虎鉄とカインデルとは違い、笑顔や顔付きがやけに親近感が湧く。凛々しい太めの眉、切れ長の一重で整った顔立ちだが、二人と比べれば少し薄いというか醤油顔というか…。髪型も野球部員みたいな髪型だし、ちょっとギャル男ちっくな口調がクラスメートのような身近さなのだ。更に人間の耳があるのもひとつの要因かもしれない。虎鉄は髪が邪魔で分らなかったが、カインデルには無かった。どういうことだろう?


「俺タローって言うんス、タロー・ファイアウード。あんたは?」


「え?太郎?」


 葵は目を丸くする。今時の日本人でも珍しい、ザ日本人の名前だ。


「へぇ聞き覚えあるんスか。じゃあやっぱりあんたもアレス様と同じニホンってところから来た人間なんスか?」


 タローは少年らしい好奇心旺盛な表情で、テーブルの椅子を反対にして背もたれに腕を置いて座った。とっくに警戒心が薄れた葵はベッドの端に再び腰を下ろした。


「うん、私は葵。清瀬葵。どうして日本を知ってるの?」


「うちのじぃちゃんがニホンから来たらしいからさ」


「太郎のおじいさんも日本人だったの?!」


 良かった、タローには犬耳が生えているがおじいさんは人間だったようだ。この異世界にも人間はいるんだと葵が喜んだつかの間、タローがおかしそうに吹き出した。


「ははっ、人間なワケねーじゃねーッスか。つーかこの世界に人間はあんたしかいねーッスよ」


 一瞬何を言われたのか理解できなかった。


「じぃちゃん向こうの世界では犬で人間に飼われてたんだってさ。こっちの世界で俺たちのような姿になるらしいんス。だってアレス様だってあんたの世界では犬だったんだろ?マジ信じられねーッスよ」


「わ、私から見たら犬が人なる方がびっくりだよ…」


 まさか異世界にまで吹っ飛ばされてしまうし。いやそんなことより、同じ人間がいないというまさかの事実に葵は大ショックを受けていた。


「…ねぇ、本当にこの世界には人間がいないの?」


「俺が嘘付いてるとでも思ってんスか?」


「…そういうわけじゃないよ…ただ…」


 タローが嘘をつく必要もないだろうし、ここは異世界で人間がいるなんて確証どこにもない。これが本当の独りぼっちってやつか。彼らは犬耳と尻尾があるだけで人間とあんまり変わらない。家族同然の虎鉄もいるし、悪い人では無さそうな言葉の通じる太郎やカインデルだっているけど、それでも、やっぱり彼らとは少し違うのが分かる。寂しいような悲しいような、切ない心地になった。葵が暗い表情で落ち込んでいると、太郎がわたわたと慌て出した。


「そんな泣きそうな顔すんなッス!俺人間だろうが女に泣かれんの嫌なんッスよ!しかもアレス様のお気に入りのお前に…」


 太郎は立ち上がって葵の目の前に片膝を着いて、心配そうに覗き込んできた。するとその時、少々乱暴にバタンとドアが開かれた。


「ったく、アレス様になら喜んでなのになんでニンゲンなんかにアタシが給仕を…」


 ぶつくさ文句言いながら入ってきたのは、栗色の長い髪を一つにまとめ、ウサギのように前に垂れた犬耳と少々きつい印象を与える二重のつり上がった目をした青年。彼にも見覚えがある。タローと一緒にいた人だ。


「あんた…女だったらなんでもいいワケ?ほんっとあり得ないわ…」


 タローは彼から侮蔑の眼差しを向けられ、更に慌てて立ち上がった。


「先輩違うっスよ!ただ泣きそうだから慰めてただけっス!」


 彼は半信半疑の表情で持っていた盆をテーブルに置き、葵に視線を移した。隠しもしない嫌悪感丸出しの目だ。


「ほら、アンタのためにわざわざ持ってきてあげたわよニンゲン」


 カインデルと同じぐらい背が高く、モデル誌の表紙を飾れそうな日本人離れのイケメンなのに、女言葉で女特有の刺々しさを含んで彼は言い放ち、部屋の外にいるとすぐに出ていってしまった。思わず圧倒されていた葵に、タローが気まずそうに声をかけた。


「…先輩、あ、ジャックっていうんスけど、あの人すっごい人間嫌いなんス。まぁ腕は確かだし、そんなに悪い人じゃねーッスから。ただちょっとワケありで…」


 一瞬、意味深な苦笑をタローは浮かべたが、すぐに明るい笑顔に戻った。


「ほら、冷める前に食った方が良いッスよ?」


 そんな聞くにも聞けず、少々戸惑いつつも葵はタローに促されスプーンを手に取った。





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