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第7話 花びらの様に

 乗用車やトラックが蟻の行列のように途切れない国道に沿って学校がある市の中心部へと向かう。

 全力で立ち漕ぎをしたのも虚しく、早朝テストには間に合いそうにない。それも当然だ。家を出た時刻に早朝テストは開始されたのだから。

 築は軽い酸欠と鉄の猪から吐き出される排気ガスによってもうフラフラだった。昨晩から人知れず疲労困憊している。藁にもすがる勢いで誰かに慰めて欲しかった。

 早朝テストの真っ只中にある学校は、1000人近くの生徒が押し込められているとは思えない静けさに支配されていて、自転車のスタンドを立てる音さえ特異な物に聞こえた。耳を澄ませば、答案用紙にペンを走らせる音が駐輪場にまで聞こえてきそうであった。

 正面玄関に入り、苦し紛れの早朝テスト欠席理由を練りながらローファーから上履きへとシフトチェンジをする。


「……矢作橋くん? お、おはよう……」


 築に声をかけたのは、同じ2年1組に籍を置く日名ヒナ 桜子サクラコだった。


「日名さん? 早朝テストはどうしたの?」


「ちょっと寝坊しちゃって……」


「日名さんも寝坊するんだねー」


 桜子は成績優秀であり、非常におっとりした性格でどこか護ってあげたくなる儚さを醸し出している優しい笑顔が魅力的な女の子だ。口下手なので男子との会話は苦手である。

 そんな女の子が寝坊するイメージなんて湧かなかった。逆にいち早く席に着き、テストに備えているイメージなら簡単に湧いた。


「もしかして早朝テストがあること忘れてたとか? あっはっはー、あるわけないか!」


「どうしてわかったの?」


 自虐するつもりで言ったのだが、まさかの真相を暴いてしまった。もっと崇高な理由が飛び出してくるかもと思ったが、自分と一緒だったとは。


「偶然だねー、俺も早朝テストの存在なんて綺麗に忘れてた。 少し早く起きたことに感嘆してたくらいだもん! 早朝テストどんだけ空気なんだよ、コラ!」


「ふふっ、矢作橋くん面白いね。 玄関で男の子とこんなに話すなんて初めて」


「きずきでいいよ、矢作橋とか長いし。 おい、とか、お前でもいいよ」


 親しい者は大抵きずきと呼ぶ。ちくとかちっくんと呼ぶ者もいるが、築はあんまり気に入っていないし推奨もしていない。


「じゃあ、お前って呼ぶね」


「え、あ、う……うん。 じゃあお前で!」


 それをチョイスするとは思ってなかったので少し狼狽してしまった。


「ふふ、冗談だよっ。 一緒に怒られに行こ、きずきくんっ!」


 軽く握った手を口元に添えて微笑む仕草がなんともしおらしい。 


「おう!」


 同じクラスなのにほとんど会話を交わしたことの無かった女の子と少し親しくなれたのだから、たまには遅刻というのも良いものだ。

 特にこれといった会話をしなかったので、人影の無い廊下には2人の足音が反響している。真夜中だったらさぞ不気味だったであろう。 

 お互い僅かな気まずさを感じていると、いつの間にか目的地に到着してしまった。教室の前に立ったところで、まともな言い訳が思いつかなかったことを後悔するがもう遅い。

 意を決して扉をスライドさせた。


「すいません、遅れました!」


 可能な限り誠意を込めた声で築は言った。

 テストに悶絶していたクラスメイトの視線が痛い程に突き刺さる。


「矢作橋と日名か、珍しいな。 ちょっと廊下に出ろ」

 

 教卓から教室中を舐め回すように見ていた担任・蜂須賀ハチスカは、2人と共に教室を出た。


「矢作橋はともかく、日名が早朝テストに遅刻するなんて珍しいな、矢作橋はともかく」


 築は毎回早朝テスト開始ギリギリに入室するし、テストに合格するか不合格するかの割合もどっこいどっこいだったので、わざわざ駄目を押さなくてもいいのに。 


「ホントにすいませんでした!」


「すいませんです……」


「まぁいい。 2人は再テスト組の奴らと一緒に居残りな」


 担任が言い終えたところにタイミングよく予鈴が鳴り、西校生達をテストの呪縛から解き放った。教室から喧騒が漏れる。

 

「テキパキ答案を回収、ホームルームの時間までトイレ休憩な」


 担任は集まった答案用紙の束を脇に挟むと教室を出て行った。

 2人はそれぞれ自分の席へ向かう。築の席は教室の一番奥の列の最後尾、日名の席は前の扉の目の前で、対角線上の位置関係から見ても、用がない限り2人が接する機会はあまり無かった。

 席に着くと隣の席の男が喋りかけてきた。


「何? きずきは日名さんと付き合ってるの?」


「はぁ?」


 胸板を見せつけるかのようにワイシャツのボタンがやたら開いている悪友・豊田トヨタ 光太郎コウタロウはそんなことを言った。


「それあたしも興味あるなぁ。 早朝テストに2人して間に合わないなんて……朝帰り的な?」


 豊田に呼応するように前の席の女子・刈谷カリヤ 梨華リカが食い付いてきた。


「上から読んでも下から読んでもーー?」


「刈谷梨華!! って誤魔化さないでよ!! ちっくんは何であのヒナちゃんと一緒だったの?」


 刈谷はゆる巻きにされた髪を弄りながら築を問い詰める。


「たまたま偶然にも玄関で会っただけだ、深読みすんなバカ」


「バカって言うな。 あーあ、今日のテスト超簡単だったのに勿体ないよね。 勿体ないおばけが出るレベルだよ」


 そんなことで出没する勿体ないおばけはよっぽど暇なのだろう。


「日名さんは隠れ美少女だ。 深い森に咲く一輪の花だ」


「あん? 不快な銛で裂くインリンの母?」


「耳、大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ない」


 豊田の表現は確かに的を得ていたが、なんか腹が立つ。

 とりあえず話題を変える為に築は言葉を紡いだ。


「お前らさ、謎のババアに襲われたことある?」


「……」


 築は溜息を漏らしながら机に突っ伏した。


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