第3話 バイバイ、ありがとう、さようなら
自分の半生にも満たない今までに起きたことを反芻していたそのときである。
一陣の風が吹いた。その刹那、闇に染まる農道の先から何かがこちらに近づいてくる。あり得ない状況に立たされ、そのあり得ない状況を自分なりに時が止まったと解釈し、いろいろ走馬灯のように思いを駆け巡らせていたという築の行為をばっさり切り捨てるようにさらにあり得ないことが起きた。
俺の走馬灯は一体なんだったんだ、ただ走馬灯って言いたいだけだったんだなと築の声に出ない喚きが届くはずもなく、その何かは止まっている時の流れを無視してゆっくりと近づいて来る。
これは築が異常なのか、それとも近づいてくる何かが異常なのか。確実に言えることはこの状況が異常ということだけである。
月の明かりによって照らされその何かが人であるということがわかったのは結構時間が経ってからだった。結構などという曖昧な表現を用いたのは、現在築の思考回路を除いてまわりの時間が停止しているので正確な秒や分がわからないし、何より近づいて来るその人がとても鈍足であったからだ。
まさか、下半身をダイナミックに披露する趣味の持ち主ではないかと懸念し心の中で身構えた気になる。ゆっくりと接近してくるその人は、腰が曲がり長柄の物を杖がわりにしていて、その雰囲気は老人のようであった。黒っぽいローブを頭から被り、杖がわりの長柄の物は先端が湾曲していて、湾曲している部分にはカバーがかけられているようだ。
「お主……」
その人が口を開き呟いた。
とてもしゃがれた声、影で顔も表情も窺うことはできないが老婆のような声である。携えている長柄は薙刀であろうか、ということはこの老婆は武道か何かに精通しているお方である可能性も高い。鍛えぬかれた精神から放たれる気合いで俺の止まった時間を正常に戻してくれるのではないか、などと期待の念を抱く。
「お主は生きたいか、それとも死にたいか」
謎の老婆は謎の質問をした。
「叶うならもうちょっと生きたい。 でももう俺死んでもいい気がしたきたぜ。 人生長いが謎の状況で謎のババアに謎の質問をされるなんていう謎な貴重体験をしてるんだから」
「答えぬか…」
「ババアちょっと待って、ステイ! ババア! 」
築の声はババアに届いているようには見えない。それも当然である。築は自分では発声していると思っているだけである。
ババアは築がどのような状態であるのかを知ってか知らずか、おもむろに長柄の先端部分を築に向けカバーを外した。
それは薙刀などではなく、大きな鎌であった。タロットカードに死神とセットで描かれているようなでっかい鎌。月光を浴びて妖しく光る巨大な鎌を築の首にかけババアは喋り始めた。
「うわぁぁぁ!! 助けて!! てか何それどこで売ってんの!? 身体が動かん!!」
「怯えぬか……なかなか強靭な精神を持っておるようだ、選ばれただけのことはある」
「怖いよっ、怯えないわけないだろうが!! さっきの質問の答えが死の一択しかないんですけど!! 右手と左手どっちだと言いながらどちらにもはいありませんみたいな!!」
「静観を極めるか……よほど死にたいと見えるな」
「えぇぇぇ」
そう結論付けたババアは、築の首と胴体をお別れさせようと鎌を大きくふりかぶった。