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第24話 大人のお姉さん

 殺気、というよりは深い悲しみが漂っている日名。

 日名の目に築の姿は映っていない。


「日名ちゃん、その刀どうするの」


「どうするって……、決まってます」


 日名は築の下敷きになっている名古屋を見てから言った。


「決まってない。 刀を納めて、日名ちゃん」


「お断りします。 やることをやったら納めますので」


 日名はもう名古屋を殺すことしか念頭に置いてない。


「わかった……」


 築は傷1つない左手で日名の短刀の刃を握った。

 これで両手の生命線が延長されたわけだが、寿命は果てしなく縮まっている気がしてならないのだが。


「きずきくん!? やめてください!」


「断る。 ヒナちゃんは俺のお願い聞いてくれなかったよね? くっ……、だから俺も聞かない」


 力を緩めることなく築は短刀を更に強く握り締める。

 刃がちりちりと肉に食い込んでいくのが伝わる。

 両手を真っ赤な血で染めている築、手を筆代わりにしてダイナミックなアートに勤しんでいる芸術家のような風貌だ。


「きずきくん……」


 短刀を持つ日名の手から力が抜けていくのがわかる。

 完全に脱力した日名を見ると泣いていた。

 右を見れば涙を流しながら空を仰いでいる名古屋。左を見れば涙を浮かべうつ向いている日名。

 その2人の中心には両手から血を垂らしている築。

 偶然通りかかった人が見れば一体どんなことを思うだろう、愛憎が生みだした修羅場といったところだろうか。

 もっとも、一般人がこんな無茶苦茶な光景を見ても何も思わない。これは普通の光景なのだ。


「矢作橋築。 瑞穂は瑞穂はあなたを狙い続ける。 そして必ず仕留める。 瑞穂を殺すなら今が最後のチャンスよ」


「勘弁してくれよ……」


 築はそう言うと名古屋から離れこの場を後にした。


「何なの何なのあいつ。 自分から『王』ってばらしちゃった……」


 築の背中を見つめる名古屋。

 今すぐに起き上がって襲いかかれば簡単に仕留めることができるのに名古屋はそうしなかった。


「日名桜子、瑞穂は瑞穂は矢作橋築を諦めない。 殺されたくなかったらしっかり守りなさいよね」


「……はい」


 名古屋は服に付着した砂や埃を払い除けると森の奥へと消えて行った。

 日名は脚の傷の痛みに耐えながらも築を追おうと校舎へと向かう。


「日名ちゃん」


「きずきくん……」


 引き返して来た築と森の入口で遭遇する。


「背中、貸すよ」


「え?」


 築は腰を落として日名を背中に乗るよう促した。


「でも……」


「歩けないくらい痛いんでしょ、その傷」


「血が……」


「あ……」


 築は自分の掌を眺める。

 滴る鮮血、走る痛み、当然日名をおぶれば日名の制服に血糊がベッタリと染み込むだろう。


「恥ずかし過ぎるだろ俺! くっ……」


 考えもせずに突発的な行動に移るのは悪い癖だ。

 この体勢をどう誤魔化そう、屈伸運動ですけどと言い張るには苦しい。


「高校生1人、保健室までお願いします」


 日名は築の背中に自分の身体を預けた。


「初乗りは無料だよ、お嬢ちゃん!」


 築は日名を背負うと戦場から脱出した。

 歩く度に日名の感触がダイレクトに伝わってくる、柔らか過ぎるだろ女子という生き物。

 日名のお尻を役得として触ることも可能だったが、理性をしっかりと維持していた築は普通に後ろで指と指を絡めて日名を支える。


「重くないかな?」


「うーん、あんまり女の子をおんぶしたことないからなあ……、適度な重さ、かな?」


「ふふっ、ありがとね、きずきくん」


「はいはい、どういたしまして」


 背中に当たる日名の胸を一人楽しんでいた築は、自分も重傷を追っているとは思えない働きぶりだった。

 時間はもう1限目の授業が終わる頃だ。

 こんな姿を他の生徒に見られたら厄介だったので急いで保健室へと向かう。

 養護教諭に事情を説明するのはかなり困難だ、当たり障りないベストな説明をしなければと築は扉を開く前に考える。


「あら、どうしたの?」


 保健室から出てきた養護教諭に見つかってしまった。


「え、いや、そのー、異世界人に襲われました!」


「……」


 養護教諭は無言で回れ右をすると保健室の隅にある椅子へと腰を下ろし、人差し指をクイクイと曲げ中へ入るように指示を出した。

 築は日名を背負いながら大人しく従った。


「それで? 貴方と貴女はどの勢力に属しているの?」


 改めて養護教諭を見るととてつもなく美人でしかもなまめかしい、大人の色気で目眩がしてしまいそうな程だ。

 築の知っていた養護教諭はどぎついババアだったので、多少の怪我を負っても保健室に行くのは極力避けていたのだが、いつの間にか変わっていたので驚きだ。


「えと、2年生に属してますけど」


「……」


 養護教諭は築を睨みつける。築がそういう性癖の持ち主なら興奮してしまったかもしれない。


「わたしときずきくんはそれぞれ別々の勢力に属しています」


「あら、別勢力の『駒』と『駒』がラブラブなんて珍しいわね」


「!」


 この養護教諭も異世界人だった。

 冷静な日名に対して築はひどく混乱したのだった。

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