第22話 乙女大乱
築は名古屋というクラスメイトが一体何者であるか考えていた。
「桜子さん!」
名古屋は日名を呼んだ。
名古屋は日名を普通のクラスメイトとして呼んだのだろうか、それとも別の思惑があって呼んだのかは判断が難しかった。
「な、なんですか? み、瑞穂さん?」
日名は可能な限り平静を装って名古屋の方へと駆けて行った。
「ちょっとちょっと体育倉庫まで着いて来てくれない? 備品運ぶの頼まれちゃって」
「はい……、いいですよ」
日名と名古屋は教室を出て体育倉庫へと向かう。
体育倉庫はグラウンドの端の林の中に忘れられたかのように建っていて、一旦上履きを脱いで靴に履き替えなければならない。
もうすぐ朝のホームルームが始まる時間だったので人影は無かった。
名古屋は自分と初対面ではないのかもしれないが、自分は名古屋瑞穂という人物と初めて対面した。
人見知りでなくとも居心地が悪い状況なのに、人見知りの激しい日名にとっては生命の危機さえ感じる息苦しさだった。
会話という会話もされない気まずい空気のまま2人は人気の無い体育倉庫までやって来た。
周りは虫の声で賑やかだったが、校舎からは距離があるので生徒達の喧騒は聞こえず、死角にもなっているので校舎内の生徒の姿も窺えず余計に心細く気まずい。
名古屋はポケットから体育倉庫の鍵を取ると南京錠を開錠した。
「っっ!」
「え?」
来た道を眺めていた日名が振り返った瞬間である。
日名の頬ぎりぎりの場所を固体が物凄い速さで通過した。
それは木に直撃し生々しい傷を刻むと地面にガシャンと落ちた。
「……」
真鍮製の南京錠だった。
名古屋はそれを日名に投げ付けたのだ。
あんな物が頭部にクリーンヒットしたら大怪我では済まされない。
「運がいいねいいね。 それとも瑞穂がノーコンだったかな?」
「……」
名古屋は無邪気な笑顔を浮かべているが眼光は鋭くとても冷たい。
日名はそんな名古屋の目の奥を見るように視線を合わせた。
「瑞穂さん、あなた『駒』ね?」
名古屋が『駒』であるのでは、と思える材料は概ね揃っていた。
「そうだよそうだよ、瑞穂は『駒』、だからだから敵対する『駒』の桜子さんを今から殺しまーす!」
名古屋はエナメル製竹刀ケースのファスナーを開け中身を取り出した。
現れたのは2振の短刀だった。軽量で女の子にも扱い易く殺傷能力も申し分ないだろう。
「……こんなところでわたしを殺して大丈夫なんですか? 騒ぎにもなりますし……」
「大丈夫大丈夫、ここ誰もいないし。 あと『駒』は死んだら消えちゃうの、人間界から。 はなっから存在しなかったことになるの。 学校で堂々と人を殺しても安心ってわけ。 初めて初めてお話しするのにこんなことになっちゃうなんてね」
「わたしは……、殺したくないっ!!」
「桜子さんはいいんだよいいんだよ誰も殺さなくて。 ここで消えて無くなるんだから」
明らかに名古屋が有利な状況だが、日名もみすみす殺されるわけにはいかない。
短刀を構えてじりじりと距離を詰めてくる名古屋。
対峙した場合、凄まじい闘気を放つ相手の眼を見てしまうと意識しなくても勝手に身体が畏縮してしまう。
日名は冷静に名古屋の全身に視線を移す。普通の女の子の体躯だ、過剰に怯えることはない。そして観察しながら名古屋に歩調を合わせて後退する。
名古屋も丸腰の日名が相手なのになかなか攻めない。能天気に見えるわりによく考えて行動しているようで油断も隙も見せない。
「っっ!」
名古屋の肩がピクッと動いた瞬間、丸腰の日名から名古屋へと突進する。
「バカなのバカなの?」
名古屋は飛んで火に入る夏の虫を待ち構える。
日名はスピードを落とすことなく距離を縮め、名古屋の切っ先が届かないぎりぎりの位置で急ブレーキをかけると、ポケットに手を突っ込み携帯を掴むとダッシュの勢いに乗せて名古屋めがけて投げつけた。
「っっ!」
日名の携帯は名古屋の慎ましい胸にヒットしたが大したダメージにはならない。だが、名古屋は避けようとした反動とキャッチしようと手を素早く動かしたことによって左の短刀を手から滑り落とした。
「チっ!」
名古屋は落ちた短刀を拾う前に左から右へと横薙ぎの一閃を放つ。
「ふっ!」
その動きを読んでいた日名は後ろに飛び退けてかわし、名古屋の後ろから回り込むように短刀を拾う。
「させるかさせるか!」
名古屋は左足で短刀を踏み奪われるのを阻止しようとした。
「ふぅ!」
日名は短刀を踏み不安定になった名古屋の両足首を掴み一気に引っ張った。
「きゃわぁ!? はぐぅっ……」
バランスを崩した名古屋は前から倒れ、地面に叩き付けられ嗚咽を漏らす。
日名は素早く身体を起こすと短刀を持っている名古屋の右手をローファーの踵で踏みつけた。
「はぐぅぅ……!!」
ミシミシと骨が軋む感触が伝わってくる。
「今はわたしが優位に立っています。 どうしますか?」
日名は名古屋を見下ろしながら言った。
「くぅっ……、ぅふふ、わはははっ! まだまだ……」
名古屋は爪を立て日名のニーソックスに包まれた太股を抉る。
「くっ、はぁ……」
白雪のような日名の肌に食紅を垂らしたかのような赤い傷が浮く。
「痛い痛いでしょ? あなたは片足を失った、瑞穂は片手が使えない……、でもまだまだやれるやれる!」
名古屋をこれ程までに駆り立てるのはなんなのだ。
あまりの気迫に日名は脚を庇いながら少し後退り、その場所から訴えかけるように言った。
「わたしは殺り合いたくないっ! いい加減にしてください!」
「あなたの近くに必ず必ず『王』がいるはず。 瑞穂が『王』を殺す」
「……」
「『王』は誰? 言いなさいよ、瑞穂が殺すの」
「黙って下さい」
「何々? その変わり様。 特別な感情でも持ってる持ってるの?」
「黙って……ください……」
「『駒』が『王』にねぇ。 残念残念、それは叶わぬ……」
「黙れぇぇえええ!」
日名は激昂すると落ちていた短刀を拾い上げた。
自我を失った日名は名古屋を本気で殺そうと短刀を大きく振り被った。