第20話 どうすればいいか
当たり付き自販機で奇跡的に大当たりを引いたわけだが、既に喉を潤す目的で購入した濃いことがウリの緑茶を持っている。
このての自販機は、大当たり後に長らく迷っていると大当たりを取り消されるか、自販機が適当に選択したジュースが勝手に出てくるかのどっちかだ。
時間に逼迫されながらなかなか決められずに悩んでいると、書店から日名が出てくるのが見えた。
「ヒナちゃーーん!」
手招きしながら日名を呼んだ。
日名は声の主を発見すると書店名がプリントされた袋を胸に抱えながらぱたぱたと走って来た。
「どうしたの?」
ほんの少しだけ首を傾け日名は尋ねた。
「ジュース、好きなの押していいよ」
「わぁ、ありがとう!」
日名はニコニコしながらボタンを押すと、ガシャンと音を立てて缶ジュースが吐き出される。
宝物を扱うかのようにジュースを取り出した日名は缶のプルタブに指をかけた。
「ふた開けてあげようか?」
「ううん、大丈夫だよ」
「あ、そう」
非力そうな日名のことだ、プルタブに悪戦苦闘すると思いしゃしゃり出たのだが、この差し出した手はどうすればいい。
行く宛を失った手を、いかにもストレッチですよとでも言うようにぶんぶんと大袈裟に回す。
「あー、ほぐれたー」
そう言い放ってそしてベンチに座った。
日名も築の横に近くとも遠からずな微妙な距離を空けて座る。
「なんの本を買ったの?」
築は適当に話を振った。
「お菓子作りの本だよ」
「ヒナちゃんお菓子好きなんだ?」
「うんっ、マフィンとかフィナンシェとか甘すぎないお菓子が好きっ」
日名はお菓子の絵面でも想像したのか、とろけそうな笑顔を浮かべると缶に口をつけた。
「おいしいよね、マフィン」
築は答え緑茶をグビグビ飲んでいると自販機からガシャンと音がした。
「お前らカップルみたいだな」
日名との甘いトークに夢中になっていたのか豊田が忍の末裔なのかはわからないが、いつの間にかそこにいた豊田が飲み物を取り出し言った。
「羨ましいか?」
「ほどほどにな。 そろそろ帰ろうぜ、疲れた」
豊田はスポーツドリンクを一気に吸収すると歩き出す。
築と日名も空き缶をゴミ箱に投げ入れると豊田の後を追った。
雨が降りそうで降らない優柔不断な空模様だったのでダッシュまではいかないが早歩き程度で家に帰った。
「またな」
「また明日ねっ!」
築の家の前で解散した。
夜の帳が下りてきたのか、積乱雲が分厚くて日光が届いていないのか辺りは薄暗く、明日も嫌な天気なのかと築は嘆息を漏らす。
雪が降れば庭を駆け回る我が家の犬も、雨で濡れるのは嫌いらしく小屋に避難していた。
家に入ると築は真っ先に黎の部屋へとカチコミに行く。
黎は細かい字の羅列であるハードカバーを読んでいた。深い皺をさらに深くし本にのめり込んでいて、非常に話しかけにくい。話しかけたら殺されるのではないかと思ってしまうような不可侵領域を形成している。
築は勇気を振り絞って黎に話しかけた。
「ばあちゃん、ちょっといいかな?」
「……」
「ばあちゃん! 聞こえてる?」
「……」
「クソババア……」
「死にたいのか?」
「生きたいです。 ……そんなことはどうでもいいんだよ!」
「何の用じゃ?」
黎は本に栞を挟む。本を閉じた時のパタンという音は、場面転換に相応しい音だった。
「今日友達が『駒』に襲われた」
「なんと……、襲撃者はきずきが『王』だと知りその友を襲ったのか?」
「わからないけど多分知らなかったと思う。 襲われたのは『駒』じゃない普通の友達だ」
「『駒』じゃないとはきずきの周りに誰ぞ『駒』がおるのか?」
「うん、昨日電話してた日名桜子って名前の娘」
「日名か……」
黎の態度が少し変化した。日名という名前に心当たりがあるようだ。
「知ってるの、ヒナちゃん」
「『駒』の方は知らぬが、そやつと関係のある者は知っておる」
「……」
「儂が矢作橋と名乗っているように、そやつも日名と名乗っておる異世界人じゃ。 日名は元々我が国とは敵対関係にあった国の者なのだが……」
「だって日名桜子は俺を守るって言ってくれたんだよ? おかしくね?」
「うむ……、それが不思議だ」
なんでもかんでも聞けば答えが出てくるというわけではないようで、異世界人であっても知らない事はあるようだ。
「襲撃者はどうなった?」
「駅での事件だったから明日の地方欄でも見れば載ってると思う」
「そうか。 きずきが『王』であることが漏れたのではなければひとまず安心じゃ」
「安心じゃねえんだよ。 友達が殺されかけた、俺はどうすればいい、そんなの耐えられない」
「本題はそこじゃな? 簡単なことじゃ。 きずきが『王』であると知られないこと、味方の『駒』を探すこと、そしてやられる前にやること、以上」
黎は言い終えると再び本を開き読みふける。完全に自分の世界に入ってしまっていた。
「どこが簡単だよ……」
築はつぶやくと部屋に戻り、自分も自分だけの世界に逃避する為に埃を被った小説を真剣に読むのであった。