第19話 幸せの
カフェテリアを叩き出されてしまった3人は行くあてもなく康生モール内をうろついた。
ウィンドウショッピングをしたり、ウィンドウショッピングと言うと聞こえはいいが所詮はひやかしだ。
その後は買う目的もないが本屋に入店した。
そして築は本屋でビニールで包装されていない漫画を見つけて立ち読みをする。
日名はお菓子の作り方の本を手にとっていた。
築は可愛らしいエプロンをした可愛らしい姿で可愛らしいお菓子を作る日名を想像してみる。なんか萌えてきた。
豊田は、よくわかるし儲けられるFX、という本に興味を持ったのかそれを眺めている。
FXなんて最近はやたら耳にするが、想像以上にハイリスクハイリターンなので興味本意で手なんか出さない方がいい、デイトレードくらいにしておくのが無難だろう。
それよりもよくわかる本がよくわかった試しが築には無かったので、よくわかる本がよくわかる本、というのを出版して欲しいと思った。
古本屋だったならば朝から晩までずっと立ち読みで過ごせるのだが、如何せん新書メインの本屋さんでは読める漫画に限りがあるし、雑誌コーナーは無駄に人が多いので敬遠する。
店の入口に存在感たっぷりに平積みされた書店員のオススメの一冊に僅かな興味を湧かせていると携帯が鳴った。
ディスプレイには刈谷梨華と表示されていた。
本屋を出て近くの休憩エリアのベンチに腰掛けると電話に出る。
「梨華? もう大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫! おでこの近くを3針縫われたけどねー」
あの高さから突き飛ばされて3針の縫合だけで済んだのは不幸中の幸いといったところか。
しかしその不幸が人為的に引き起こされた物だと思うと虫酸が走った。
「それならよかった、でいいのかな? 重傷なのか軽傷なのかとか俺わかんないからさ」
「ちょっと痛いけど重傷ではないんじゃないかな?」
「よくはないけど、よかったな。 もう家?」
「そうだよー。 ていうかちょっと聞いてよちっくん!」
周りに音が漏れてるのではないかと心配になるような大声で刈谷は言った。
「どうした!?」
「縫う時にさー、頭剃られちゃった」
「丸坊主っすか!? ぷっ」
不謹慎ながら刈谷が丸刈谷になった姿をイメージした築は少し笑ってしまった。
「そんなわけないっしょ! 一部分だけだよ。 もうっ、マジで最悪なんですけど」
「みんなにお前どんなイメチェンだよってツッコミ入れられるな」
「このまま登校するわけないじゃん! エクとかウィッグで誤魔化すから」
刈谷のことだから傷跡を隠すというのを理由に必要以上に髪を盛ってくるに違いない。
風紀指導の先生も事情が事情だけに注意しづらい、弱みで弱味を握るなんて刈谷はなかなかの知謀家だ。
「ま、先生に目を付けられない程度にしとけよ」
「ちっくんはあんまり盛ってるのは好きじゃない? ヒナちゃんみたいな黒髪ロングが好み?」
「盛るっていう表現があんまり好きじゃない。 髪型なんかその人に似合ってればいいんだよ」
中には全く似合っていない髪型をひけらかしている人もいるが、自分で似合ってると思っているのだから問題はない。そんな物は個人の主観に基づく。
「ですよねー。 それよりもさ、今日はありがとね」
術後の話などは余談に過ぎない。刈谷は築に感謝を伝える為に電話したのだ。
「俺の責任だしさ、当然だ」
カフェテリアで発覚したように、刈谷は『駒』の争いに巻き込まれたのだ。恨まれるのではなく感謝されるのはおかしいと思った。
「え?」
「最近俺運が無いから。 それも周りの人が事故とかに巻き込まれたり怪我したりするレベル。 だからさ……、あんまり俺に近付かない方がいい」
実際に事故に遭った刈谷だ。列車が迫るホームに突き落とされ、列車にひかれ死ぬ思いをしたなんていうPTSDを発症してもおかしくない体験をしたのだ。
築は刈谷が快く受け入れてくれると思った。
「嫌だよそんなの。 ……大丈夫、あたし運いいから! 商店街の福引きでなんか当たるとか毎年切手シートが何枚も当たるとかそんなレベルよ? ちっくんの不運も幸運に換えてあげるから」
あまり運が良くない築にとって、商店街の福引きに参加できることすら幸運に思えたし、欲しくは無いが切手シートがたくさん当たるなんて羨ましい。
しかしそのように思えたとしても関係ない。刈谷の答えは築の希望的予測の真逆だったからだ。
「ふざけんなよ? お前は実際に怪我しただろ、今度は死ぬかも、殺されることだってあるかもしれないんだぞ」
異世界人の云々というのを説明して納得させたかったが、叶わない。その辺の単語は謎の言葉に変換されてしまうので伝えることは不可能だ。
「ちっくんや光ちゃんが守ってくれんでしょ? それがあたしの幸運、頼りになる友達がいること」
「……」
築は刈谷という人間も豊田や日名と同じくバカだと思った。それと同時に自分は不運だと言ったが、バカな友達に囲まれているのは幸運なのだとも思った。
「だから今まで通り仲良くしてよ?」
「……バカ。 わかったよ、ありがとな」
「あっはっはー。 それじゃあまた学校でね」
「ちょっと待って、これだけ言わせてくれ!」
「何よ?」
「ちゃんとブラしてこいよ。 胸ばっか意識させられるとエロい奴だと思われるから」
「自覚なかったんだ? じゃあね、ばいばーい」
「え? ちょっと! 梨華? ……切れとるやんけ」
刈谷の築に対するイメージを全否定したかったが、受話器の向こう側に刈谷はもういなかった。
携帯をポケットにしまうとベンチの真横に設置されていた当たり付きの自販機で飲み物を買う。ルーレットの数字がぐるぐると回転を始めた。
「お」
ルーレットの数字が珍しく揃ったのを、築は感慨深めに眺めたのだった。