第11話 潜む真の心を知るわ
肩の傷は折れた画鋲が原因だけあって深くはなかったが、範囲が広かった。
ワイシャツも血の水玉模様が浮かんでる上に破れている。
「はぁ……。 絶対に怒るよな、母さん。 昨日今日で制服の上下セットを駄目にしたら当たり前か……。 てか何て言い訳しようかな……」
遠くを見るように廊下の窓から外を一望すると、グラウンドを縦横無尽に駆け回る運動部員の姿が確認できた。一般人の存在がこんなに安心する材料になるなんて始めてだった。
日名が落ちかけた窓は裏庭に面していたので目撃者は皆無だろう。
これが逆側の窓だったならば、大惨事になっていた。女の子が、窓から身を投げ出して落ちそうになっているのがグラウンドからは丸見えだったのだから。
築は部活動は行なっていない。学業に集中する為と綺麗事を言って、実はめんどくさいからというのは隠していた。部活動に熱心な人というのは勉強にも熱心であるのだが。
そんなこんなで、これ以上校内に留まっても仕方がないので家に帰ることにする。
日名のことが気になったが、あの場を逃げ出したのは自分だ。今さら蜻蛉返りすることもないだろう。
玄関で靴を履き替え駐輪場へと向かう。ランニングする生徒の姿が見えたり吹奏楽部の演奏が聞こえたりと今となっては実に平和な放課後である。
自転車に跨がり、吹き付ける生暖かい風を全身に浴びながら家に帰った。
家の敷地内に駐輪する。
「おぉ、お帰り」
ラジオで野球中継を聞きながら庭の草を刈っていた祖父が、蚊に食われた腕にバツ印を刻みながら言った。
「ただいま、じいちゃん。 勝ってる?」
「まだ始まったばっかりだわ。 一緒に中継見るかや?」
「晩飯までならいいよ。 後でじいちゃんの部屋に行くね」
「おぅ、待っとるから早よ来りんよ」
巌の部屋は、矢作橋家の敷地の中に離れという形で建っていて、廊下で繋がっている。
ご飯の時以外は基本的に部屋にいる。
「ただいまー」
家に入り、着替える為に自室へ入った。
「痛つつ……」
ワイシャツを脱ぎ捨てると、汗ばんだ肌に浮かぶ一筋の傷。凝視するとなかなかにグロテスクだ。血を見ただけで気を失ってしまう人がいるのも頷ける。
「うわっ……しみるっ」
消毒液が活発に滅菌作業しているのが伝わってくるようだ。
大型の絆創膏を適当に貼り付けて祖父の部屋に向かう。廊下を抜け祖父の部屋の障子戸を開けた。
「おぉ、きずき。 早よ座りん」
「待っておったぞ……」
「え……」
巌の対面に座って湯呑みを傾けていたのは、昨夜に遭遇した謎のババアだった。
「え、えぇ!? 何であんたがここにいるの!? てか、じいちゃん! この人誰だよっ!?」
「はぁ? 何をわけのわからんことを言っとる。 お前のばあちゃんの黎さんじゃないか」
「ばあちゃんなんてとっくの昔に死んだじゃん! どうしたのじいちゃん、ボケちゃったの!?」
「失礼なこと言うな、じいちゃんはまだボケとらんよ。 それよりも黎さんが死ぬわけないだろう、ここにいるんだから」
「ふぉっほっほっほ」」
謎のババアは甲高い声で笑っている。
「え、もう、何言ってんのじいちゃん! てか、え? えぇ!?」
築は混乱する。
テレビに映っている贔屓のチームが、まだ1回裏だというのに二死三塁からスクイズをした事に対する物では当然無い。
「巌さんや、ちょっとこやつに話があるんで席を外してもらっても宜しいかの?」
「あ、あぁ。 それじゃあリビングにでも行ってようかの」
巌を見送ると謎のババアは語り始めた。
「驚いておるようじゃな」
「そりゃそうでしょうよ! 何であんたが俺のばあちゃんになってるんだよ!? また魔法とかわけのわからん物を使ったのか?」
「魔法なぞ使っとらん。 儂はお主が生まれる前から矢作橋黎として生き、今に至る」
「はぁ? そんなわけないだろ……。 俺が生まれた時にはばあちゃんは他界してたし。 実際、何回忌かの法事とかもやったし……」
仏壇だって毎日拝んでいたし、遺影だってある。
「それもまた事実であって間違っておらん」
「はぁ?」
「儂が矢作橋黎として生きていた世界を甲とする。 矢作橋黎が死んでいた世界、つまりお主の記憶にある今までの世界を乙とする。 甲乙は限りなく似ておるがそれぞれ別次元の別世界なのだ」
「……?」
「昨日の夜、儂はお主に対して時止めの魔法を使い儂の正体と目的を話した。 その瞬間、別々だった世界は繋がったのだ。 儂の行為が2つを繋げる鍵」
「それじゃあ、今までの航とかはどうなるんだよ?」
「もう居らぬ。 儂とお主が出会った以降から乙に生きていた人間の未来は消え、甲に生きていた者に吸収合併された、お主を除いてな」
「……?」
築は腕を組み明後日の方を見ながらキョトンとした。
「マジでめっちゃ頭悪いなぁ、お主。 とりまそういうことだから現状を受け入れろ。 儂は矢作橋黎なの、わかる? そこんとこ理解しろ」
黎は懐からタバコを取り出すと火を点けてふかし始めた。
「は、はぁ……。 わかりました……。 それで、何でそんなめんどくさいことするんすか?」
「ふぅー。 儂が暮らしておった世界で戦乱が起きた。 だが、各々戦局は拮抗し目的である領土の拡大もままならない。 そこで各国はこの世界の支配を企てた。 しかし、異世界人による直接的な侵略は御法度となっておる。 そこで我らは代理になる『駒』をこの世界の人間から選び、間接的に干渉することにした。 『駒』となった者の数は儂にも把握できぬ、が、敵国の『駒』の『王』たる者を全て消せばこの世界の支配権は我が国の物となる」
黎は紫煙を燻らしながら語る。
時々煙をこちらに吹き掛けるのはやめてもらいたい、すごい腹が立つ。
「さっきから『駒』って言ってるけど……。 やっぱ俺はその『駒』に選ばれたってこと?」
「『王』」
「あん?」
「お主はただの『駒』ではない、『駒』の『王』じゃ」
「勝手に選ぶなってぇぇぇ!! それって命とか狙われちゃうってことだろ!? 何で何の能力とかない俺を選んだぁぁぁ!?」
実は隠された能力を持っていた、ということか。
「気分じゃ」
「はぁっ!?」
「だから気分で選んだ。 儂に気分で選ばれるなんてそれだけで『王』の資格は十分にあるのじゃ、誇ってよいぞ」
これは衝撃の事実発覚だ。
あと王ポジションなんて大切な物を、今日着ていく服感覚で選ぶなんてどういう神経しているのだ。
「前にも同じようなこと言われたけど誇れんわっ!!」
「まあそんなところじゃ、わかったかの? 他国の『駒』も流石にまだお主が『王』とは気づかぬじゃろうし、のんびり行くかの」
「……」
本日クラスメイトに殺されそうになったことを言うべきか迷う。
しかし、あの場は収まった感があるし再燃させることも無いと思ったので黙ることにした。何より日名は『王』とは一度も言っていなかったし、とりあえずは大丈夫だろう。
「お義母さんー! きずきー! ご飯ですよー!」
どうやら晩御飯の時間が来たようだ。
「それじゃあ行こうかの、きずき」
「気安く呼ぶなよっ! ババア!」
築はスタスタと1人で食事に向かった。