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第10話 恋はスリル・ショック・サスペンス

 西康生高校の校舎は少々特殊な造りをしている。4階に1年生の教室、3階に2年生、1階に3年生の教室があって2階には特殊教室が集まっている。受験生になりえる3年生に配慮した造りなのだ。

 何階であっても1階以外から落ちれば怪我だけでは済まされないだろう。下手をすれば死ぬ可能性だって十分にある。 


「ヒナちゃん!!」


 慌てて窓に駆け寄った。


「うぅ……、きずき……くん……」


 日名は両手の指先だけで辛うじて窓の出っ張り部分にしがみついていた。

 日名の目には大粒の涙が浮かんでいる。それもそうだ、ここは3階だし地上はコンクリートで舗装されている。手を放すことは死ぬ事に直結しているこの状況ならば、男ですら泣いてしまっても不思議ではない。 


「絶対に手ぇ放さないでねっ! 今引っ張るからっ! くっ……」


 日名の細い手首を掴む。力を込めれば折れてしまいそうに華奢だ。

 汗が肩の傷に染みる。この季節に染み入るのは蝉の声だけにしてほしい。


「きずきくん……、何でわたしを助けようとするの? わたしきずきくんを本気で殺そうとしたんだよ? 冗談とかじゃなかったんだよ?」


「ちょっと黙っててくれないかな? 集中できない……」


「黙ってくれって……、質問してるんだよ? ちゃんと聞いてよっ! 何で殺人犯のわたしなんかを助け……」


「うっせーな!! そんなの今はどうでもいいから早く上がってこいよ!! 俺1人で引っ張りあげたいけど、俺にはそんな筋力とかないから!! 早く上がれって!!」 


「っ! う、うん……」


 築に催促された日名は、足を掛けて壁を上る。築は日名の手首をしっかりと掴み後ろに引っ張った。


「きゃっ!?」


 力加減など考えずがむしゃらに日名を手繰り寄せていたので、壁を上り切り力を緩めた日名に気付かなかった。日名は築の胸元に抱き寄せられるようにしてぶつかった。

 築は背中と尻を床に打ち付ける。


「痛ぇ……。 うん?」


 痛みが薄れて視覚に意識が集中し始め、触覚も復活した。

 ふと見ると、自分の胸に顔を埋めて微動している日名の頭が見えた。手は日名をしっかりと抱き締めるように交差していた。


「うわっ!? ごめん!?」


 慌てて手を引っ込める。


「ヒナちゃん?」


「ぅ……ぇぐっ……」


「……。 そのままでいいから聞いて、まぁ聞かなくてもいいけど。 何で殺人犯を助けるのって聞かれたけど、助けられると思ったから。 目の前に救えそうな人がいたら俺は救う」


「……」


「てかヒナちゃん、殺人犯じゃないしね。 あとヒナちゃんだから助けた。 あれが豊田だったらニヤニヤしながら見下してたかもしれないよ? ははっ」


 無論、相手が豊田でも間違いなく助けた。赤の他人でも例外じゃない。築はそういう思考の持ち主だ、バカだけど。


「きずきくん……」


 日名は涙でぐしゃぐしゃになった顔を築へ向ける。瞳は綺麗に澄んでいて、この女の子が自分の命を狙った被疑者だとは思えない程だ。

 このままの体勢でいるのも男としては恐悦至極に存じるのだが、男には備わっていない柔らかい箇所で圧迫されていると、この場面にそぐわない下劣な感情が芽生えるのが男の性というものか。汚らわしいぜ、まったく。


「はいはい、いいからちょっと離れてくんないかな……。いくら俺でも女の子に抱きつかれてたら意図しない場所のテンションが上がりそうだし……。 その……、結構照れるし……」


「っっ~~!」


 日名は夕焼け空のように顔を赤らめると、涙を拭い床に転がっていた椅子を起こしそこに座った。

 築も立ち上がると、自分の机に腰を下ろした。


「何であんなことしたの?」


「ごめんね……」


「いや、もう謝らなくていいから。 その単語、俺の中で若干トラウマだから……。 で?」


「ごめっ……じゃなくて……あぅ、ごめんなさっ……。 『駒』を……殺せって言われたの」


 殺人教唆というものであろうか、それならば日名に殺人を命じた人間は殺人罪と同格の罪に値する。


「その『駒』っていうのが何なのかイマイチ分からないけど、誰に言われたの?」 


「異世界の人」


「異世界?」


「そう。 きずきくんが昨日出会った謎のおばあちゃん、その人もたぶん異世界の人」  


「信じられないけど、信じたことにする、うん。 それで?」


「わたしにきずきくんをその……殺せと言った人が言うには、異世界人と接触し『駒』となった人をこの世から消さないと、この世界は崩壊するって……」 


「世界が崩壊ねぇ……」


 全く理解不能だった。その異世界人の命令に従順な日名のことも、そもそも異世界のことだって理解し難い。

 日名が本当の事を言っているとは思えない。かと言って嘘を言ってるようにも見えない。でも信じないとすると、日名は正当な理由無しで襲ってきた事になるのではないか。流石に白昼夢では処理不可能だろう。

 とりあえずここは三十六計逃げるにしかず。いくら美少女でも殺人未遂犯、すごく元気でも被害者モドキしかいない教室なんて居づらいし、両者とも疲労困憊気味であった。


「やっぱりよくわかんないやっ! とりあえず家に帰るわ、俺」


「え? でも……」


「あー、再テスト大変だったなー! こんな時間までテストに追われるなんて最低の貧乏クジだー! こけて怪我もするし前後賞も災難かよー! でもまあいっかー、何事もなかったしー!」


 築は誰に聞かせる為でもなくあざとく大声で言うと机から飛び下りた。

 何も無かったことにするという行為がいかに難しいことであろうか。恐怖や衝撃を受けた事柄は記憶に深く刻まれる物であってそうそう簡単には忘れられない。

 有言実行が苦手な築は「忘れる事にする」と直接口には出さず、そうすることでこの場を逃げたのだった。


「きずきくん……」


 日名はただぽーっと、築の背中を眺めた。

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