客人:ユアンとジゼル▶︎スパイスに漬け込んだチキンシャワルマ
【春の裾】
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著:宇地流ゆうさん(@uchiruyuu )
◆ジゼル&ユアン
扉を開くと、まるで映画の世界から飛び出してきたみたいな"貴族"って感じの服に身を包んだ紳士淑女が現れて、思わず目がシパシパした。
「い......いらっしゃい」
「こんにちは、本日はお日柄もよく。 この度はお招きいただきありがとう、Mr.ヤマシロ。 すでにお耳に入っているかもしれないが......、改めまして。 ユアン・マキシミリアム・トレバートだ。 こうしてお目に書かれたこと、至極光栄に思う」
洗練された立ち振る舞いの紳士は流れるようにそう言って、すっと丁寧にお辞儀をする。こういう上流階級っぽい雰囲気には慣れてねえから、たじろいじまった。
「あー、えっと......」
正直こういう"貴族式のご挨拶"にどう返していいかサッパリで、ヘラヘラ笑いながら顎を掻く。そしたら隣の淑女が、はあ、とため息をついてこっちに曖昧な笑いを返した。
「茶太郎さん、お気になさらないで。 私はジゼル・アリア・トレバート、気軽にジゼルと呼んで」
それから、ユアンの方を向いて嗜めるように言う。
「ユアン、建前はいいって言ったでしょ。 茶太郎さんもシュートさんも “そういう方達” じゃないんだから」
“そういう方達” ……か。ああ、まあそれはいい。そしたらユアンが「ま、それはそうだね」と肩をすくめながら返して、さっきの形式ばった挨拶とは一転、にこやかに言った。
「じゃ、遠慮なくお邪魔させてもらうよ」
「遠慮はしなさいよね。 ......よろしくね、茶太郎さん」
よくわからねえが、無事に"ご挨拶"は済んだらしいな。
「おう、よろしく」
ユアンはちょっと掴めねえ感じだが......、ま、悪いヤツじゃなさそうだ。
二人を招き入れるとシュートはまだダイニングでゆっくり紅茶を飲んでた。
「シュート、はじめましてだよな。 ユアンとジゼルだ」
隣に近寄って二人を紹介してもぼーっとしたまま。顔に包帯を巻いて反応しないシュートの様子に戸惑うことなく、ユアンはパッと顔を明るくした。
「おお、Mr. チャタローをその手技と舌技で"乱す"という、あの――」
「な、なんで知っ......じゃねえ、何言ってんだ!」
「何言ってんのよ!」
いや、純粋無垢な愛の形は素晴らしいと思い――とにこやかに続けようとしたユアンだが、次の瞬間にはジゼルに思いっきり叩かれてた。
一見お淑やかに見えて、このお嬢さんの平手打ちは案外威力があるらしい。
「ごめんなさいね、茶太郎さん。 この人のことは気にしないでちょうだい。 あ、そうだわ!」
とジゼルはふと思い出したように、やたら高価そうな紙袋を手渡してきた。
「英国からのお土産で、ご友人にお出しして恥ずかしくないものと言えばこれしか思い浮かばなくて」
どうやら、高級そうな茶葉だ。この辺りじゃ一生手に入らないだろう。
「ああ、ありがとう。 気にしなくてよかったのに」
後でさっそく淹れるよ、と言えばユアンが何やら目の奥を輝かせながら、また別の紙袋を渡そうとしてきた。
「それと、君たち二人の末永く幸せな毎日を願って、僕からはこれを......」
中にはバナナくらいのデカさの黒い包み。何が入ってンだ......?
「それはいいから」
受け取ろうとしたら、ジゼルがそれをグッと押し戻して止めた。
「えっと、シュートさん、よろしく」
そうして再びシュートに向かって声をかけるが相変わらず無反応だ。いや、むしろ二人に注目されて、居心地悪そうに唇を噛んでる。
「......」
あんま見ないでやって、と声をかけて二人を席へ促した。ユアンの"意味ありげ"な視線も、なんとなく気まずい。
さて、二人に待ってもらってシャワルマを焼いてるとシュートが飲み終えたカップを片付けに来た。
「それ洗えたら、二人に水出してくれるか?」
「……」
でもシュートの反応は浮かなかった。やっぱりちょっとイヤなのかな。ユアンは悪いヤツじゃねえ……と思うけど、どうにも人間を観察するクセがあるっぽい。
「やっぱお前は外出しとくか」
「ん」
ジゼルも喋らないシュートにどう接するべきか悩んでるみたいだし、今日は顔合わせってコトで、もう十分だよな。
辛くはしてねえものの、香りが強いシャワルマが口に合うか心配だったが……二人ともひとくち食べると目を見合わせて、後は静かに食べ切ってくれた。
その所作が綺麗すぎて、まるでウチが高級レストランにでもなったように見える。心なしかフォーク&ナイフも輝いてた。
「ありがとう、素晴らしく美味だった」
「ええ、初めて食べた味だったわ」
中東の方の料理でさ、と説明しながら皿を引いてさっきもらった茶葉で淹れた紅茶を出す。なんか、まるで召使い体験でもしてるみたいだな。
二人を見送りに外へ出ると、ベンチにシュートが座ってた。
「気を遣わせてしまったかしら」
「いや、外が好きなんだ」
眠いのか、ほんのり赤みが差してるその頬に指の背で触れる。ユアンの視線にもちょっと慣れたみたいだ。
「気をつけてな。 遠慮しねえで、またいつでも来いよ」
「君たちも、いつでも……とは言えないが、ロンドンへ来てくれた時には大いに歓迎するよ」
付かず離れずの距離を保って並んで歩いてく背中を見送る。それにしても、あの黒い包みはなんだったんだろうな......と思ってたが。
「あれ……シュート?」
家の中に戻ると、シュートがダイニングテーブルで黒い包みをガサガサと開けて、中のモノを取り出してた。まるでプレゼントをもらったガキみたいにしっかりと両手で"ソレ"を握って――
「……」
「な、な……っ!!」
ユアン……あいつ、ジゼルの目を盗んでこっそり置いて行きやがったな!




