第8話 微熱
その朝、シアノはうっすらと目を開けた。
視界はまだぼやけていて、
天蓋のカーテン越しに射し込む光が、柔らかく揺れている。
部屋の中は静かだった。
扉の向こうで控える侍女たちの気配と、
隣室にいるはずのイーヴの気配だけが、
どこか遠くから響くように感じられる。
「……あつい、かな……?」
微かな声が、自分の喉から漏れたことに、
シアノ自身が驚いた。
息が重い。
額にうっすらと汗が滲む。
意識はあるのに、体が思うように動かない。
その感覚は――
かつて倒れた時の、あの“直前”と、よく似ていた。
そこへ扉が開き、イーヴが入ってきた。
すぐに彼は額に手を当て、脈を測る。
いつも通り冷静な動きだったが、
その眉はわずかに曇っていた。
「熱が、ある……?」
「……微熱、ですね。
ですが……解毒が進んでいたはずの状態にしては、少し不自然です」
そう言いながら、彼はシーツの下に残された薬香の気配を嗅ぎ取る。
布、枕、寝具。
どれも定期的に替えられているはずだが、
――そこに“ほんのわずかな異臭”が残っていた。
(これは……)
直感が、冷たく胸を刺す。
(……新たな侵入がある)
イーヴは立ち上がり、すぐに外へ出た。
侍女たちに、寝具の出所と交換記録を確認するよう命じる。
その目はもう、
医師ではなく、護衛の目だった。
その頃。
月の庭の奥で、ひとりの侍女が淡々と作業をしていた。
彼女は、取り替えられた寝具を回収しながら、
その一枚の端に“手拭きのしるし”が縫い込まれているのを確認する。
無地のはずの布に――
わずかに違う糸色。
淡い藤紫。
幻夢の記号。
再び、毒は忍び込んでいる。
それは、前よりも静かで、
前よりも慎重に、
そして――より深く。