第6話 耳にカップの跡
夜も更けた頃。
サシャの私室には、珍しく三人が揃っていた。
ソファの上には、サシャとカミーユ。
そして対面の椅子には、報告を兼ねて訪れたイーヴの姿。
テーブルの上には、手の込んだ果実酒と香草茶。
しかし今夜の彼らは、誰ひとり茶には手をつけていなかった。
「で、どうなの? 白雪の回復具合は」
サシャが、グラスを回しながら訊ねた。
イーヴは、少し姿勢を正して答える。
「はい。心肺機能、神経系ともに安定しています。
幻夢薬の作用も沈静化しており、
このままいけば――数日内には意識が戻る見込みです」
その言葉に、カミーユがふっと微笑む。
「……それは何より。
やっぱりあなたに任せて正解だったわ、イーヴ」
「光栄です、天樞」
けれど、その口調が終わるよりも早く、
サシャとカミーユが、顔を見合わせて――ニヤリ。
「……で、ずっと手を握ってたんですって?」
「髪に頬を寄せたのは、何回目かしら?」
イーヴは軽く息を呑む。
酒気のまわった二人は、明らかに“狙って”いた。
「……それは、彼女が不安定な状態だったために、
医療行為として、必要な接触を――」
「まあ! “必要な接触”ですって」
サシャが口元を扇子で隠しながら、わざとらしく肩を揺らす。
「じゃあ、あの時の頬の熱さは、全部“治療”だったのね」
カミーユも同調する。
「そっかそっか。治療のためなら、
毎晩そっと枕元に座って、
そっと手を握って、
そっと……寝顔を眺めるのも、全部“医療行為”なのね?」
イーヴはグラスを取り上げ、一口だけ飲んだ。
その苦みは、薬草ではなく、たぶん“羞恥”の味だった。
「……お二人とも、今夜はずいぶんご機嫌ですね」
「ええ、お酒が美味しいもの。
“白雪回復記念前夜祭”とでも言っておきましょうか」
サシャが得意げに言うと、カミーユもこくんと頷く。
「白雪が戻ってくるなら、どんな杯でも祝う価値があるわ。
……もちろん、その横で“何が育ってる”かも含めて、ね」
その時、イーヴはふと視線を移し、ふたりの顔を見つめた。
そして、ごく冷静な声で言った。
「――そういえば、お二人とも。
右の耳に、カップの跡がついていますよ」
ぴたり、とふたりの手が耳に伸びる。
「…………」
「…………」
サシャが、グラスをそっと置いた。
「……カミーユ。あなた、ばらした?」
「そっちこそ」
イーヴは、わずかに微笑した。
「……おかげで、こっちも飲まずにはやってられません」
その夜の報告会は、それでお開きとなった。