第4話『緋の司、微笑む』
星の座の会議が終わって間もなく、
天璇の主花緋の司アーシュラの私室の扉を、控えめな音がノックした。
「エルネスト?」
扉が開く。天璇の星位階、アーシュラの主。
節度を保った所作で、部屋の中央まで進み出ると、
いつも通りの無表情で、彼は報告を口にした。
「……天樞より、忠告を受けた。
“次に緋の司の名が帳簿に載れば、制度ではなく私が動く”と」
沈黙。
アーシュラは数秒、目を伏せたあと――
ゆっくりと、唇の端を上げた。
「まあ……カミーユさまが、そうおっしゃったのですか」
視線がやわらかくなったように見えたのは、
たぶん気のせいではない。
「ふふ……光栄なことですわね。
それほどまでに、私の名を意識してくださるなんて」
エルネストは何も言わず、
ただ「もう用は済んだ」とでも言うように、無言で退室していった。
部屋にひとりになると、空気がしんと静まる。
きちんと折られたカーテン、
整えられた書類、
塵ひとつない書架。
そのすべてが、アーシュラという人物を物語っていた。
彼女は鏡台の前に腰を下ろす。
何かを探すように、視線を彷徨わせたのち――
静かに言葉を口にする。
「……私は、小さい頃から、
あの方の隣に立つのが当然だと思っていました」
「何ひとつ足りないところのない自分でいれば、
きっと、選ばれると」
「それが“正しさ”であると、
私は、信じていたのです」
鏡に映る自分の顔が、わずかに綻ぶ。
(あの子が、いるのよね)
机の引き出しの奥から、銀の小箱を取り出す。
中には、小さな瓶が一つ。
かつてロナが渡してきた、例の幻夢薬――
ほんのわずか、残っている。
アーシュラは蓋を開けずに、瓶を指先で転がす。
その動きは、儀式のように滑らかだった。
「彼女が不適格であると、
この庭が“気づく”だけでいいのです」
「私は、ただ、見せてあげるだけ」
そして、ささやくように笑った。
「だって……私こそが、
カミーユさまの隣にふさわしいのですから」
薬の小瓶が、静かに月明かりを反射して揺れていた。