第3話 夢の中の光
どこか、遠くで水の音がしていた。
月が昇ったはずなのに、空はまだ明るくない。
ふわふわとした空気の中、花の香りが、記憶の奥で揺れていた。
シアノは、夢の中にいた。
けれどそれは、夢というには苦しすぎて、
現実というには、あまりにやさしかった。
暗がりの中で、誰かが囁いていた。
「こわくないよ」
その声は、誰かの手と一緒に現れて、
シアノの腕を引いた。
怖い場所から、やさしい光の方へ――
目を閉じているのに、光が見えた。
耳を塞いでも、声が届いていた。
(あ……)
声の主が、誰なのか。
自分でも、もうわかっていた。
次に意識が浮かんだとき、
天蓋のカーテンがかすかに揺れていた。
まだ、まぶたが重い。
でも、ほんの一瞬だけ、目を開ける。
霞む視界の中。
枕元に座る、ひとりの青年の姿があった。
彼は、椅子に背を預けたまま、
小さく呼吸を繰り返しながら、居眠りをしていた。
シアノの手を――そのまま、握ったままで。
(……夢、かな)
彼の髪が、ほんの少し額にかかっている。
頬はやつれていて、疲れた顔をしていた。
でも、その手は。
あたたかくて、優しかった。
眠気がもう一度、波のように押し寄せる。
まぶたが閉じる、その直前。
シアノは、自分の意志でそっと指を動かした。
――ぎゅっ、と。
彼の手を、しっかりと握り返す。
それが、伝わったかどうかも、もうわからない。
でもそれでよかった。
そのまま、安心して、深い眠りに落ちた。