2.レインのギョギョッとフィッシング
「あらあらまあまあ、神殿が芋臭いと思えばお荷物聖女の腰巾着じゃありませんの」
「芋臭いですわ」
「芋臭いのよ」
洗濯日和なぽかぽかお日様が気持ちいい昼下がり、先輩に頼まれた道具を両手いっぱいに運んでいると、大神殿の回廊にてばったり出会ったのは悪役令嬢(仮)とその取り巻きAとBであった。
いつかのどこかで見守って下さっている皆様ごきげんよう、ミシェル・ヒルフィールドです。親しい皆は親愛を込めて私をミチェと呼びます。
さて、先日の精霊ドリーのおばけりんごの木騒動から早三日、先輩に頼まれて次のお仕事の準備をしているところだったのですが、運悪く先輩聖女様三名に取り囲まれています。
悪役令嬢(仮)こと金髪ドリルっ娘聖女のドロシー・ララランラ侯爵令嬢。
取り巻きAことそばかすキュートなアニタ・モシュガン子爵令嬢。
取り巻きBこと目隠れヘアーがちょっぴりミステリアスなキキ・マァブル子爵令嬢。
この御三方とは私が聖女見習いとして大神殿に召し上げあられた当初から、いや正確には先輩の秘跡庶務室に配属されてから並々ならぬ因縁がある。と言うか、私というよりドロシー様が先輩を一方的に目の敵にしていると言うのが正しい。
ほんと勘弁してほしい。聖女なら公私混同するなし、自制しろ。てか、毎回毎回芋臭いって喧嘩なら買うぞ、コラッ。我が男爵領はサントホリー聖教国一の芋の産出地だよ、文句あるか、芋食えイモ!
「それにしても芋娘。あんた相変わらず雑用ばかりね。才能のないアンタなんか神殿にお呼びじゃないのよ。見苦しいったらありゃしない、さっさと田舎に帰って芋いじりをするのがアンタにはお似合いよ」
「アンタなんかお呼びじゃない!」
「芋いじりがお似合いよ!」
おーほっほっほっほっ! と非常にお似合いな高笑いを響かせるドロシー様は今日も絶好調である。アニタ様とキキ様、二人の取り巻きちゃん達もキレッキレの復唱で追従する。
ぶん殴りたい、その笑顔。
とは言え、ほんとに殴る訳にはいかない。相手は侯爵令嬢に子爵令嬢、対して私はしがない男爵令嬢。手を出せば私がお縄である。
そうですね、お面汚しを申し訳ありません、とドロシー様の言葉をひたすら肯定して嵐が過ぎ去るのを待つ。待ちながらに内心三人の事を滑稽に思う、その聖女の才能とやらを見込まれて呼ばれたのが私なんですけどね、と。
皆様には以前お話しただろうか? お義父が聖女の資質を見出し、私を孤児院から男爵家に引き取って下さったことを。実はお義父様、元神官長補佐だったようで大神殿ではそこそこの出世頭だったそうです。
次男坊のお義父様は一生を大神殿に捧げるつもりだったそうなのですが、当時ヒルフィールド男爵家を継ぐはずの御長男が不慮の事故で亡くなってしまったのです。そのため、お義父様は官職を辞し、急遽男爵家を継ぐ形になりました。
と言うことで、私はお義父様に連れられて、大神殿で正式に能力鑑定を受けている。ドロシー様が言う聖女の資質云々に関しては大神殿のお墨付きなのだ。それに誰が認めなくても、私たち救世主五人をこの世界に呼んだのは創造神アモルシア様なのだ。聖女の資質と言うのなら、神様に選ばれた時点で十分ではなかろうか?
あぁ、この様な言い方だと誤解されてしまうかもしれませんが、別段私には特別な力があったりしませんよ。そもそも聖女はこの国に今現在241名、聖女見習いに関しては数えるのも馬鹿になるほど在籍している。
いや、私もビックリしたんですよ。ゲームでも無印の頃から魔王戦争の話で聖女の存在がほのめかされてはいたんですが、ちゃんと取り扱われたのはサントホリー聖教国が舞台の「恋するキングダム3」から。
本来、聖女とは秘術を用いて結界を張ったり、怪我を直したり、人ならざる力で奇跡を起こす者のことを言う。魔王戦争時代、まだまだ治癒魔法がちゃんと確立されていないかった時代に、奇跡を起こし人々を治癒する聖女の力は大変重宝されたのです。
そして、それは二人の偉大な英雄により特別から普遍な事となりました。
帝国の英雄、大魔法使いグラン・グロス・グレトエラと我が聖教国の英雄で初代聖女であり、大聖女リュミエル・ルミナ・セイクレド。二人の協力で聖女の秘術が研究され、治癒魔法が開発・体系化されたのです。
聖女の奇跡を魔法で成す。
当時は大神殿からかなりの反発があったそうですが、聖教国と各国間で治癒魔法の取り扱いに関する協定(聖女協定)が結ばれることで、全ては丸く治まりました。
さて、長々と説明しましたが、皆様お分かりいただけたでしょうか? 聡い皆様ならもうお分かりですね。今、聖女と呼ばれる存在は大きく分けて二つ、秘術で奇跡を成す者と魔法で奇跡を成す者です。
先輩や私、そのうち現れるだろうヒロインちゃんが秘術を使う聖女で、ドロシー様達が魔法を使う聖女になります。ね、秘術でも魔法でも治癒という奇跡を成せるなら何も特別なことはないでしょ?
えっ? 大聖女様はって? あの人は別格ですよ、本物の奇跡です。魔王戦争で勇者パーティーを務めた初代聖女の名は伊達ではありません。私はまだ直接お会いしたことはありませんが、ゲーム通りなら今も大神殿の奥深くで五百年変わらず祈りを捧げているはずです。
「ちょっと、芋娘聞いていますの?」
「聞いてますの?」
「ますの?」
おっと、いけない。現実逃避に物思いにふけるのも程々にしないと。ドロシー様達の話を全く聞いていなかったわ。とは言え、そろそろ解放してほしいんですよね。早くしないと先輩に怒られてしまう。
「ドロシー・ララランラ。私のミチェを返していただけるかしら?」
「その声はっ! じ、へぶしっ!?」
「ドロシー様!?」
「ドロシー様!?」
ドロシー様の背後に姿を現した先輩は返事も待たずに拳を一閃。ドロシー様は綺麗な弧を描いて飛んでいく。その様子に慌てふためくアニタ様とキキ様のお姿はお約束である。先輩、公爵令嬢だからってやりたい放題ですね。
「ミチェ、遅いわよ」
「申し訳ありません。でも、いいんですか? 殴っちゃって」
「いいわよ。業務を妨害したのはドロシーよ。それよりも頼んでいた聖典装備は?」
「こちらに。それと研究開発室のテオ様が先輩の無茶振りでまた発狂してましたよ」
「あらそう、この程度で情けない殿方ね。そんな事よりも急ぎなさい、ミチェ。事件は現場で起きていますよ」
「鬼ですか、あなたは」
麗しの金髪を靡かせて悠然と立ち去っていく先輩の姿は相変わらず美しい。荷物を背負って私がその後に続くのも、残されたその場で三人娘が覚えてなさいと喚き散らしているのもいつものこと。そんな日常を置き去りに私と先輩は仕事へ赴くのだ。
さてさて、そんな紆余曲折を経て本日のお仕事である。川のせせらぎが気持ちいいのどかな田舎町でそれは起こった。
白く煌めく鋭利な歯、黒い流麗なフォルムに禍々しい紫の斑点模様、いかにも「俺、毒持ってます」と言いたげなその姿。私はお前を知っている、知っているぞ!
ポイズンムラサキウオ。予想を裏切らぬ、紛うことなき毒魚だ。
たったの一噛みで昇天すると言わしめる致死性の毒。それを持つ毒魚の群れが田舎町の生活用水である川で猛威を振るっていた。
ぴろりーん、GAME START!
「ミチェ! 聖典装備二番かまえーっ!!」
「聖典装備いぃぃ、二番んぅーー!! って、やっぱりどっからどう見ても釣り竿やろがいっ!!」
全身シルバーに煌めく厳かな雰囲気以外は至ってシンプルな延べ竿。作りは聖言を刻んだ純銀に海の伝説・魔獣リヴァイアサンの髭を竿の真芯に、釣り糸は魔獣アリアドネの魔糸を潤沢に使用した一品、よくしなる全長6メートル。
相変わらず聞こえてくる幻聴と雪崩のごとく迫りくる毒魚の群れに私と先輩は竿一本で立ち向かう。
『レインのギョギョッとフィッシング』
ゲーム「恋するキングダム2」で死神レインことレイ・メテオーラルートのミニゲーム。元孤児のレインはメテオーラ男爵家に見出され新たな名前を与えられ、貴族として生きることに。貴族生活の中で、彼は死神レインの名で腐敗した貴族を誅する暗殺者として活動することになるのだが、終わりの見えない貴族社会の闇に心を病んでいく。そして、ゲーム本編にて彼はヒロインちゃんと出会い、本当の愛を知り、荒んだ心を癒していくのだ。
さて、そんな彼のルートのミニゲーム、『レインのギョギョッとフィッシング』は文字通りの釣りゲーム。学園祭の準備で買い出し係になったレインとヒロインちゃんが街に出た際、市場前の橋で魚の異常発生に出くわすことで始まるのです。ひたすら魚を釣ってポイントを稼ぐゲーム、なんで町中に毒魚が混じってるんだよとユーザーから突っ込まれたり、のちの設定資料集で闇ギルドの関与が発覚したりと意外と物語の本筋と関わっていたりで恋ダム界隈を沸かせたりしたのは懐かしい。
懐かしいし、恋ダムファンとしては嬉しい要素ではあるのだが、神様、一つよろしいでしょうか?
「ミニゲームが越境してくるんじゃないわよっ!!」
こちとら現実に生きてるんですよ! 毒魚の群れとか下手したら死んじゃいますよ?
そもそもここはサントホリー聖教国です。「恋するキングダム2」の舞台はかの魔法大国ライシャール帝国ですよね? えっ、何普通に国境越えてきてるんですか? こちとら日々の神の悪戯災害の対応でいっぱいいっぱいなんですが? 他国のミニゲームまで付き合ってられるかっ!!
「ミチェっ! 手が止まっていましてよ! 釣って、釣って、釣りまくりなさいっ!!」
「はいぃぃぃぃっ!! 釣ります、釣ります、釣りまあぁぁぁすぅ!!」
私の名前はミシェル・ヒルフィールド。秘跡庶務室所属の聖女見習い。世界救済のため聖女を目指して大絶賛釣り竿を振っています。入れ食いです。
Sランクのファンファーレと共にポイントカンストしたのは日が沈む頃、本日の晩御飯は先輩と一緒に毒抜きをしたポイズンムラサキウオでした。初めて食べましたが、フグみたいで美味だったとだけ伝えておきます。
明日こそは立派な聖女になれたらいいなぁ。