学会を追放された僕は、冒険者になって座薬型の回復薬を宣伝することにしました。
この作品では、座薬型回復薬という妙なアイテムが登場します。
作中では、それっぽい理屈が語られますが――まともに受け止めたら負けです。
ただしお薬は必ず、医師や薬剤師と相談のうえ、正しく用法・用量を守ってお使いくださいませ(`・ω・´)
かつて、悲しい出来事があった。
冒険者が、下から回復薬を服用した。
その結果、死亡した。
悪ふざけだったのだろうか。
それとも、座薬のような即効性を狙ったのだろうか。
死者が、教えてくれるはずはない。
この事件をきっかけとして、世界的に法律ができた。
回復薬を下から服用した者は、罰金を取られる。
――罰金以前に、死ぬだろうが。
僕は考えた。
なぜ、その冒険者は死んだのか。
それ自体は、難しいことではない。
口から服用すれば、薬は消化器官を通り、薄められる。
回復薬は、そのつもりで作られている。
その結果として、傷の治りを早くしている。
本当はかなりの劇薬だ。
下から服用すれば、その劇薬をそのまま吸収するわけだ。
死ぬだろうな。
それは、死ぬしかないだろう。
しかし、それは僕に閃きを与えた。
――そうだ、座薬型回復薬を作ればいい。
僕は、直ちに取り掛かった。
当然だけど、そのままの濃度で座薬にすれば死ぬだけだ。
だから、市販の回復薬を100分の1に薄めた。
そして、座薬にするためには固めなくてはいけない。
専門の施設は使えないから、スライムの粘液でも固めて使おう。
もちろん、核はしっかりと破壊して、ただの粘液にした後で、だ。
実験もした。
だけど、他の人には頼めるわけがない。
だから、自分で実験した。
回数を重ね、統計を取って、まとめ上げて、学会で発表した。
――誰からも質問はなかった。
嫌な予感がした。
予感は的中した。
学会から連絡があった。
――会員資格を停止すると。
理由は何だったのか。
座薬の作り方?
いや、そこはおとがめなしだ。
実験のやり方だった。
死者を出した事件があったのに、人体実験を行ったことだ。
自分の体だから、は言い訳にならなかった。
反論はしなかった。
その頃には、僕は冷静になっていた。
結果が正しいだけなら、学会には認められない。
科学には、倫理が必要だから。
人間のための営みだから。
学会に権威があるのは、専門家だからというだけではない。
専門家として、世の中からの信頼を積み上げてきた。
だからこそ、権威――信頼を前借りする権利が認められている。
この惑星の人類の歴史を振り返ればわかる。
自然の仕組みに見境なく従うだけでは、人間のためにならない。
その結果、もたらされた悲劇はたくさんある。
僕は、座薬型回復薬を閃いたことに浮かれていた。
だから、処分を受け入れた。
学会の権威を、信頼を、危険にさらしたことには違いないのだから。
――とはいえ、困ったことになった。
学会から追放されたとなっては、別の手段で生計を立てなければならない――
それはそれとして――
座薬型回復薬を諦めるわけにはいかない。
これは、社会の役に立つという確信があった。
今の回復薬は、口から服用する。
これは、兵士や冒険者が使いやすいから当たり前だった。
その代わり、いつも在庫が不足しがちだ。
口から服用するから、薄められる。
だから、薄められてなお即効性が出るように濃くしなければいけない。
濃くするために、薬草が大量に使われる。
だから、戦闘中以外や、医療用では使われない。
そのあたりは治療術師の出番だ。
ただ、治療術師の数は多くない。
黒魔法は、きちんと学べば、使うだけなら誰でもできる――らしい。
けれども、白魔法、特に治療術には、ある程度生まれ持った適性が必要になる。
適性者が多くない。
その適性に気づかない人も多い。
気づいたからって、治療術を学ぶわけではない。
だから、後方での治療には、十分に手が回らない。
それが理由で再起不能になる人も少なくない。
だから、材料が少なくて済む。
しかも、効果が市販のそれと同じ程度で即効性がある。
そんな座薬型回復薬は、役に立つと信じている。
だけど、学会の権威はもう頼れない。
それなら、既成事実を作ることにしよう。
つまり、民間療法だ。
冒険者になろう。
座薬型回復薬の効果を、現場で証明すればいい。
傷を負えば、自分で回復すればいい。
本来の濃度の座薬型回復薬も作って、魔物に使えば武器にもなる。
――間違えたら僕が死ぬことになるが。
そう考えた僕は、身体を鍛えることにした。
魔物に座薬を服薬することになる。
高い身体能力が必要だ。
来る日も来る日も、鍛錬に努めた。
もちろん、薬師の勉強もきちんと続けている。
また、登録試験には筆記試験もある。
そして、冒険者登録のための試験に挑んだ。
鍛錬のおかげで、体術は試験官からもほめられるほどの出来だった。
武器の扱いはまあ、まるでダメだったが。
そして、無事に合格通知を受け取った。
――僕は、冒険者ギルドの門の前に立っていた。
冒険者ギルドの建物の中に入った。
入口の正面に、受付台があった。
二人の受付職員が座っていた。
一人は、中央に座っている青い髪の中性的な少年。
もう一人は、その左に座っている、黒い髪の女性。
僕は、中央の少年に声をかけた。
「冒険者登録をしたいのですが、よろしいですか?」
青い髪の少年は、僕を見て微笑した。
「登録ですね。それでは、登録試験の合格通知を見せていただけますか?」
僕は合格通知を鞄から取り出して、少年に渡した。
少年は、それを見て数秒、目を通すと頷いて僕に返してきた。
「確かに、確認しました。キリルさんですね。」
「はい。」
僕が相槌を打つと、少年は微笑した。
「登録試験の結果、素晴らしいですね。」
「ありがとうございます。」
それから、少年は僕の服装に触れてきた。
「――ところで、その白衣、冒険者の服装には似つかわしくありませんが。」
「ええ、元薬師だったので。」
少年が首を傾げながら、言った。
「なるほど?これはまた珍しいですね。」
「まあ、いろいろと事情がありまして……」
僕が、言葉を選んでいると、少年は苦笑した。
「ああ、学会追放の件ですか。」
「え?」
僕は固まった。
冒険者ギルドがそれを知っていたなんて。
僕の様子を見て、少年は微笑した。
「ああ、ぼくは薬学系ではありませんよ。」
その言葉が出てくる時点で、ある程度わかっていることがわかる。
それから、少年は続けた。
「当ギルドにも医療担当の方が、あなたの研究に注目していましたので。」
僕は、複雑な気分だった。
僕の研究に注目していた人がいたのはうれしい。
だけど、おおよその流れを知っている人がいるということでもある。
僕が戸惑っていると、目の前の少年が尋ねてきた。
「――ところで、冒険者を選ばれたのはどのような動機で?」
「ええと――」
僕は、どう説明しようかと悩んだ。
座薬型回復薬を宣伝したい、とは言いづらかった。
なんとか丸く収まる理由はないか――
そんなことを考えていると、少年が言った。
「まさか、魔物を座薬で討伐する、とは言いませんよね?」
「んぐっ!?」
どうしてそれを!?
僕が思わずむせると、少年は、引き気味に言った。
「冗談だったのですけどね……」
冗談にしては、精度が高すぎる。
僕が完全に、混乱してしまうと、少年は続けた。
「生計を立てるだけならば、冒険者でなくてもいいはずですし……」
何も言い返せないけれど、少年はさらに続ける。
「他にも、出資者を見つけて、研究を続ける術もあったはずです。」
「……」
実を言うと、その発想は全くなかった。
そして、少年はため息をついた。
「ここは冒険者ギルド。職員にも冒険者の資格は必要なので、その筋かとも考えていたのですが……」
「そ、それは……その……」
僕はもう、完全に、しどろもどろになっていた。
僕がわずかに後ずさった。
そのわずかな動きを、受付の少年は見逃さずに言った。
「クラリスさん、取り押さえてください。」
あっという間に僕は、少年の隣にいた女性に組み伏せられた。
「うわっ!?」
押さえつけられた僕を、見下ろす形になった少年が言った。
「何を血迷ったかは知りませんが――」
そう前置きをして、一息置いた後で、少年は言った。
「ぼくたち人間にとって、人間の尊厳と、魔物の――生物の尊厳は、同じではありません。」
それは、そうだろう。
少年は続けて言った。
「ところで、尊厳ある人間は、生物の尊厳をいたずらに軽んじるのでしょうか?」
そう言われると、苦しい。
さらに、少年は続けた。
「それは、人間の尊厳そのものを貶めます。」
あまりにもっともな言い分で、返す言葉が思いつかない。
そして、最後に言い切った。
「従って、あなたの冒険者登録は認めません。」
「そ、そんな理不尽なことが……」
僕が絶望の表情で少年を見上げると、少年は微笑した。
「あいにくと、ぼくが、この受付の規則です。」
めちゃくちゃだ。
僕が食い下がろうとしても、少年は頭を振った。
「まじめに答えるならば、冒険者家業もまた、人間の営みです。」
一息置いて、少年は続けた。
「従って、冒険者を貶めうるあなたを、冒険者として認められません。」
「それは……」
僕が言葉を失っていると、少年は不意に微笑して言った。
「とはいえ、野放しにするわけにもいきません。」
「え?」
僕が間の抜けた声をあげると、少年は苦笑した。
「当ギルドの医療担当ということで、強制的に雇用させていただきます。」
「そんなことが……」
まともに考えて許されるはずがない――
そう思っていると、少年は、微笑をたたえたまま、続けた。
「冒険者ギルド連合に話を通しています。」
だめだ、逃げ場がない。
そんな僕に、少年は、さらに追い打ちをかけてきた。
「ついでに、あなたが所属していた学会とも、話はついています。」
僕は、愕然とした。
そして、少年は続けた。
「逃げ出さない限りは、悪いようにはしません。衣食住の保証はします。」
少年が淡々と言ったので、聞いてみた。
「もしも、逃げだしたら?」
「消します。」
少年が即答したので、僕はあまりにも情けなく謝るしかなかった。
「はい、ごめんなさい。消さないでください。」
――こうして、僕の冒険者人生は、始まる前に終わった。
とは言え、生活には困らないはず……?
そんなことを考えていると、受付の少年が言った。
「クラリスさん、もう結構ですよ。起こして差し上げてください。」
僕は、立ち上がることができた。
受付の少年は、手を差し出して微笑した。
「それでは、改めて――ぼくは、ルナーク。このギルドの受付主任です。」
僕が無言のまま反射的にうなずくと、少年――ルナーク君は続けた。
「――心外なことに“受付の暴君”だなんて呼ぶ冒険者の方もいますがね。」
いや、間違いなくその通りだ。
そして、ルナーク君は微笑した。
「今後ともよろしくお願いいたします。キリル先生。」
こうして僕は、冒険者ギルドのお抱え薬師として勤めることになった。
(続かない)
書いていて楽しかったです。
……でも、どうしてこうなった(ーー;)