葦船
この短編を創作しようとする時はもっと壮大なものを伝えたがったが、書き終わるとそうは見えなくなった。個人にしては、目的を果たせず、ただぼんやりと書いたくだらないもので、それでも読んでくれる人がいるとしたら、何よりの喜びだろう。
霧が深く、葦の森の中に静かに流れている川がある。その川水の色は青く黒く、人を飲み込むように見えるが、岸からそう遠くないはずだったが、なぜか暗い。その水面はまるで鏡のように、平らで、生き物の痕跡が全く見当たらない。そう、まるで死んだようにも見える、まさに死んだ川であった。でも、その川水は間違いなく流れている。なぜなら、その川の両端は見えないくらい、その重く白く、人の骨で作ったスープのような霧の奥深くまで伸ばし続けていったから。
聞くと、どこから伝えてくる、妙に人の神経を弾くような声がする。それは霧を突き抜く微かな風が芦を拐う声だった。風があっても、水は動かない、風が全部葦の森に食い止めたからである。このまま、何も届かず、深い霧に覆われて、世界から切り下げていく川が突如、その上か下か知らない霧に囲まれた一端から、少しずつ、途切れる事のない細波が寄せて来た。続いて現れたのが、枯れ果てた芦でできた葦船だ。その葦船が小さく、この狭い水面の上ですら愛らしく思わせるくらい。
その水面の上にぐっすりと貼り付ける、帰り回る波紋は芦に隠された岸元に撃ち、またその発生源にある櫂に打ち戻り、やがて撹乱された。その櫂の端っこを手に握って、土のように黄色い硬く脆く芦で編み出された葦船に立っているのは一人人間のお婆さんだ。櫂をゆらりゆらりと回し、小舟を少しずつ前に進んで行く。
空気の匂いが苦い、それは何でだろうか、人がここに生活していけばいずれその味で殺されるくらい苦い。しかし、そのお婆さんは気にもせずに船を動かし続けていた。その人にとって、間違いなく、この苦味が日常茶飯事のような存在で、とっくに慣れたでしょう。でもこの船には一人だけではない。
「お婆ぁちゃん、苦いよ、飴ちょうだい。」
「さっき食べたでしょう、飴はもうない、欲しければ自分で岸辺に探しに行け。」
この船ではもう一人十二歳の女の子がいた。
「もう何年ここで生きてたんだよ、そろそろ慣れてきなさい。」
お婆さんは相変わらず、船を揺らしていた。女の子もただ言ってみるだけのように、特に動きをしなかった。彼女がこのまま船の先頭に足を組み座り、目の前に張るか続いてるように見えそうな霧塗れた水面を見つめている。また、左右を見て、彼女たちを囲む芦の森もはっきりと見えるが、それより遠くなものは見えない。そして、一本一本の芦の間に何か色鮮やかなものが隠れていた。赤、黄色、緑、青、それはこの世に相容れない色で、この子しかそれらを気づかない。目に力を入れ、よく見ればそれら色の正体をようやく確定できた。枯れ果てた土色の森の足元に倒れ眠ていた宝物、それは人間の造物であり、服装、食器、家具、交通道具ゴミかと思えられるものはこの単色の世界では間違いなく宝物であり、それらはいつどうやってここに沈めていたのが誰も知らない、けど、長い年月がすぎてもなお新品のように、傷ひとつなく、錆もなく、薄霧を通ったわずかな太陽の光で弱く輝いている。もちろん、綺麗なラッピングにつづまれた、女の子に希われた飴もその何処かに隠れている。
色が散らかす、土色に囲まれ、首を仰いだままじゃ何も見つからない、俯いたままも道を失える。飴を見つかるのがそう簡単なことじゃない。しかし、いつの間にこの成人と同じくらい高い芦森に現れた女の子は本能のように容易く、ソファの隙間やボトルの中から見つかる。間も無く腕に山のように抱え込んだ。
「おい、小娘!早く船に戻ってこい!待たないよ!」と、お婆さんの声が芦のバリラを超え、はっきりと女の子の耳に伝えてくる。この子が船から離れ、芦森を探索してしばらく経った度にお婆さんがこう叫ぶ。次第に、彼女がある疑問を抱き始めた。
「何でこのボロくさい船から離れてはいけないでしょうか?」
そしてお婆さんに聞くと、こう返された。
「世界が広い、空気を吸えないくらいに薄めるほど広い。芦森の果て、厚い霧の向こうには怪物が潜んでいる。それは我々以外唯一動ける物で、お前よりずっと早く、この葦船より長く走れる。彼らの目はこの霧より白く、太陽より眩しい光を放ち、地面にくっ付くような形で獲物を撞き捕らう。当たる瞬間でその激しい速度でぶっ飛ばされ、血乱れ二時にお落ちる。」
お婆ちゃんが言う時珍しく船を揺らぐ手を止まり、何かを見たように何もない空を見つめた、まるで本当にその獣を見たように。こんなお婆ちゃんを見て、女の子も自然とそれを疑わなく受け入れた。
「外ってこんなに怖いんだ。」と思うようになった。
ーーー
夜になると、なぜかわからないが、霧がしばらく消えていく、輝く月が川の先、この船の行先に沈み、ぼんやりとした太陽が戻ると、この霧も共に戻ってくる。当然、月がない日もあるが、その時はたくさんの星々が代わりにこの高い夜空を支える。丁度、今日がその日である。
女の子が子の女の専用席である船頭に寝転んで、両手を組んで枕として、遠く輝く星々を眺めていた。星の色が鮮やか、赤、黄色、緑、青、まるで芦森に散らかす物どものように。もしかして、もともと同じ物で、ただ地上のやつは空から落ちただけ、それとも逆かもしれない。女の子はこう思った。そう考えると、星も綺麗じゃなくなった。
「それじゃあ、あれらはどうやって空に登ったでしょうか。或いはどうやって落ちたでしょうか。」
「地上にある雑貨はいくら数えてもキレがない、またどう拾っても新たのものが出る。きっとそれは空から落ちたからでしょう。」
丁度この時、彼女の思いを答えるように流れ星が一つ流れていった。それに続いてもうひとつ、長い銀色の尻尾を引き、銀色の欠片を散らしながら同じ方向に行った。それを始め、一つもう一つ、二個三個に続いて、雨のように落ちて行く。それらの尻尾と欠片が集まり、新しい空をつくろうの勢いで青くらい空を覆う。初めて見たこの空を紙と扱い絵を描くような光景に彼女が名を付けた。「流星雨」っと。流星に描き、世界、芦森、川、船、そして自身を覆う壮大なてんちょうを見て、彼女の心にその名前が浮き上がった。答えが鮮明になった。間違いなく、地上に散らかったものはそれだ。でもただ答えを得るだけじゃ足りない、彼女がその目で確かめたい、星が地に落ちる瞬間を。
それで彼女は決意した。いつも夜が降臨する前に眠る婆ちゃんを隠して、川に飛び、岸に登り、芦の森を声、流星を従えに走り出した。何か不思議な力がその身に宿したように、彼女がどんな時よりもどんな状態よりも素早く前を突き進んできく。芦は早く視界から去りつつ、まるで彼女に宿した力を怯えているように、震え歪み早く去っていった。流星を追い、どこまでも進めるように気がした。
しかし、突如、最後の星が落ち、次の星が来なくなって、彼女が道印を失った。
「どうすればいい?」真っ先に、彼女の頭の中に浮かんできたのが不安だ。それで、彼女が気付いた、ここにくるまではずっと一直線で、戻りたければ逆方向に戻ればいい。でも、本当にそれでいいの?あと少しで、目の前にある丘を超えれば見つかるかも知れない。たとえ星が地面に着く瞬間が見えなくても、その直後ならまだ間に合えるかも知れない。どうする?
「ここまで来たんだし、次がいつに待つのかも知れない、ここで下がるわけがない。」と、彼女が決意した。
ただし、そのその湧き出す感情の影響で、彼女が気づかなかった。いつも仰ぐも俯くも先が見えない葦の森では何で向こうの丘が見えるんだろうか。
走り走り、足元から感じたことのない柔らかくて、冷たくて、サクサクした緑色の痒みが伝えてくる。最後、丘の上に立ち、変な石で出来た川の様なものを見つかった。その川のようなものは一個一個指先より小さい黒い石で積み並び、よく見ればまるで星空のように色鮮やかに黒く煌めき、頑丈に地面にくっついた。黒石川の真ん中に白い線が描かれ、彼女を惑わせた。こんなもの見たことない。赤みが写された身体をしゃがんで、軽く瑞々しい手でその変な石を撫で、これは何だろうかと考えた。やがて、これは何なのかはわからなかった。諦めた手を垂れ、折りたたんだ腿を直し、白き線に立ち、何百光年あるいは何億光年外から燃え光る太陽どもに青黒く箱に覆われ、またそれと同様に輝く黒き石で作られた川に包みあげ、天と地の狭間に降り立ち、宇宙に彷徨う彼女がやがて、気づいた。
「星、ないですね。」
この星だらけな地に彼女が求める星はない。おそらく永遠に追いつかないだろう。彼女の星は天から落ち瞬間だけが、彼女にとって有意義な存在である。また、この流星はあの道を全て隠した芦森の中しか見えない。
こんな中途半端な道の真ん中じゃ、彼女を導く流星がない、彼女が求める流星もない。この足に踏まれた石川から離れ、葦船に戻るか。それともそれを背に捨て置き、遥か遠い緑色な草原の彼方にある暗き、葦より何倍も高い森に潜むか。
生まれてから、婆さんに離れたことのない少女が泥まみれな掌を見つめた。その小さな掌を地に向けてもその黒さを変えられない、天に向けても何も掴めない。握り締めたところで痛いのが自分の手だけ。
そこで、彼女が初めて知った、吸えないくらい薄めた空気の味。
彼女がぼーっといる際に、いつの間にか何やかんやに轟く音が聞こえた。それはある種の獣が呼吸する声に似て、また蜂が翼を羽ばたくような音にもする。その中に毛皮が地面に摩擦する音も、泥水が落ちる音も混ざっている。
それで、眉を顰めた彼女が振り替えてみると、白き星が現れた。そうだ、その少女が探していた、芦森によこ寝ていた星である。でも、よく見ると、その星は目が付き、その大きく開いた目の中から太陽よりも煌めく、月より清らかな光を放ち、どんなものよりも素早く走っている。この光景を見て、彼女が思い出した、お婆さんが話していた、あの恐ろしい獣の話。
「なるほど、ようやく分かった。」
彼女に向かい、当たったら間違いなく彼女を殺す星見て、彼女が思った。
「星が獣だったね。」
こう気付く瞬間になるまで、彼女が動かなかった。風が吹くまで、葦がまたその風につれてサクサクと響くまで。いつも通り透き通った音が彼女の意識をこの世に引っ張り返した。彼女もその引っ張れた勢いに連れて、芦森に飛び込んだ。星もあの黒石川も背中に捨てられた。一度だけでも追いたいものを追い、自分が届けるまで進んだ彼女がもう再びここに戻る気力を永久に使い切った。これ以上探索する勇気もなかった。彼女はもう燃え尽き殻になり、枯れた、この川を囲む葦のように。
それから何年も経ち、女の子もお婆さんになり、すでに川の底までに沈んだお婆さんから、葦船を運ぶ責任を引き受けた彼女が、ある日この死人の骨で作ったスープのように濃い霧と無限に広がる枯れた柿色の葦に守られた川の岸に、何処から来たのかが分からない女の赤ん坊がいた。
最初企画していた時は人類の文明を葦船にたとえ、その上に生きる人類がこの船を動かすだけでせいぜい、ヘタをするとみんな水の底に沈むことになる、という話を書きたがったが、何で書き終わるとこんな意味不明なものになったのか。