しくじり王太子 ~僕みたいになるな!!~
ここはテレア王国の執務室。
執務官のワッカとサワは、とある人物を待っていた。
「なあサワ、今日来る王太子ってどこの誰だっけ?」
「もう、ワッカは本当に忘れっぽいわね。ニャッポリート王国のダスティン王太子殿下よ」
「ああ、そうだったそうだった。いやあ、どんな話を聞けるのかな。楽しみだ。――ん?」
その時だった。
コンコンというノックと共に、執務室に一人の若い男性が入って来た。
「どうも、ダスティンと申します。本日はよろしくお願いします」
「ああ、これはこれはこちらこそ。どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
お互い軽く挨拶を済ませると、前方にある教壇に立ったダスティン。
「それでは早速ではありますが、僕がどんなしくじりをしてしまったのかを、授業していきたいと思います」
そう、これはワッカとサワが業務の一環で始めたことで、各国のしくじってしまった王太子から話を聞き、それを反面教師として国の運営に活かそうというものなのである。
「まずは簡単に僕の経歴を説明させていただきます。教科書の1ページ目を開いてください」
「「はい」」
二人がダスティンお手製の教科書を開くと、天使のような笑顔を浮かべた、可愛らしい赤ちゃんの写真が載っていた。
「わぁ~、可愛い~!」
「ふふ、ありがとうございます。僕はニャッポリート王国の第一王子として生まれました。自分で言うのも何ですが、玉のように可愛かったこともあって、それはそれは甘やかされて育ちました。まあ、僕の全盛期ですね」
「いやいや、これは確かに甘やかしたくなっちゃいますよ」
「そんな僕は8歳の時に、人生最初の転機を迎えます。次のページをご覧ください」
「「はい」」
二人がページをめくると、8歳くらいの美男美女が、手をつないで仲睦まじく並んで立っている写真が。
「キャアァ~! てぇてぇ! てぇてぇはこれえええ!!」
「これが婚約者である、公爵令嬢ライラとの出逢いでした。ライラはご覧の通り思わず手を合わせたくなってしまうレベルの美少女で、そのうえ教養もあって淑女としてのマナーも完璧。まさに王太子妃になるべくして生まれてきたと言っても過言ではない女の子でした」
「いやあ、こんな可愛い子と婚約できるなんて、正直羨ましいですねえ」
「え……、ワッカってロリコンだったの……。キモ」
「いやいやいや!? あくまで一般論だから!? ロ、ロリコンじゃないぞ俺は!」
「ふーん、どうなんだか」
「あはは、お気持ちはわかりますよ。確かにこの頃の僕は幸せでした。ライラと生涯を共に過ごすと、本気で思っていたんです……」
「「嗚呼……」」
何となくこの後の展開が読めた二人は、気まずくなって目を逸らす。
「そんな僕を奈落の底に突き落とす出来事が起きたのは、僕が17歳の時でした。次のページをご覧ください」
「「はい」」
二人がページをめくると、17歳の青年に成長したダスティンと、あどけない顔立ちをしつつも、胸だけはやたら大きい女の子が、お互いを見つめ合って写っていた。
「男爵令嬢、エリンとの出逢いです」
「出たァ男爵令嬢! 男の人生を狂わすのは、いつだって男爵令嬢なんだよ!」
「ふうん、まるで男爵令嬢に人生を狂わされた経験があるみたいな言い方ね、ワッカ?」
「い、いやいやいや!? 俺は男爵令嬢と関わる機会なんて滅多にないから!」
「ホントかしら?」
「まあ、僕も本来なら下級貴族であるエリンと関わることなんてなかったはずなんですが、たまたま夜会で彼女が落としたハンカチを僕が拾ったことがキッカケで、仲良くなりまして……」
「ああー! そのハンカチ絶対ワザと落としたんですよ! ダスティンさんを落とすためにね!」
「ドヤ顔やめろ、サワ」
「はい、僕も同感です。ですがこの時の僕は、まさかそうとは夢にも思わず……。エリンとの出逢いに運命すら感じ、素朴なエリンの笑顔に、日に日に惹かれていったのです」
「ええー!? 正直エリンさんよりライラたんのほうが断然美人ですよね? しかもライラたんのほうが貴族としての格も圧倒的に上! エリンさんのどこに惹かれる要素があるんですか?」
「わかってないなぁサワ。男ってのはな、完璧すぎる女の子よりも、ちょっと隙があるくらいの子に惹かれる生き物なのさ」
「何それ納得いかないわぁ!」
今や完全に推しになったライラの不遇に、地団駄を踏むサワ。
「はい、まさに僕もそうでした。特にこの頃の僕は、王太子としてのプレッシャーから、無意識のうちに現実逃避先を探していたのかもしれません。そんな心の隙間を、エリンに突かれたのでしょうね」
「えぇ」
「――そして決定的な事件が起きます。次のページをご覧ください」
「うわぁ、見たくないなぁ」
二人が恐る恐るページをめくると、そこには右手に仰々しく包帯が巻かれたエリンの写真が。
「『エリン階段から転落事件』です」
「やりやがったわねエリンッ!!」
「落ち着けサワ!?」
既にこの事件がエリンの自作自演と読んだサワが激高する。
「エリンが僕に、ライラに階段から突き落とされたと訴えてきたのです」
「そんなわけないじゃないですかッ!!? ライラたんがそんなことするはずがありませんッ!!」
「お前はライラたんの何を知っているんだよ!?」
「サワさんの言う通りです。……ですがこの時の僕は、完全に自分を見失っていました。……そして遂にこの日が来てしまいました。――次のページをご覧ください」
「「……」」
祈るような気持ちでページをめくる二人。
するとそこには、エリンの肩を抱きながら、ライラに対して怒鳴っているダスティンの写真が。
「『婚約破棄』です」
「ダスティンテメェこの野郎ォ!!!」
「やめろサワッ! 相手は王太子殿下だぞッ!」
「いや、今の僕は王太子ではありませんよ。ご覧の通り、ただの一平民です」
「「あっ……」」
確かに今のダスティンの服装はボロボロのツナギで、とても王族には見えない。
「エリンの証言を真に受けた僕は大した下調べもせず、よりにもよって多くの貴族が出席する夜会の最中に婚約破棄をしてしまいました。……ですがその翌日、全てエリンの自作自演だったことが発覚し、罰としてエリンは修道院送りに。僕も責任を取らされて廃嫡。今では辺境の鉱山で朝から晩までクタクタになるまで働く日々を送っています」
「「……」」
哀愁漂うダスティンの佇まいに、何とも言えない気持ちになる二人。
「あのー、因みにその後、ライラたんは?」
「ふふ、安心してください。ライラは新たに王太子となった僕の弟と結婚し、今では王太子妃として忙しいながらも幸せな毎日を送っているそうです」
「そうなんですね! よかったー! こんなに辛い目に遭ったんだもの、ライラたんには絶対幸せになってほしかったからね!」
「見てきたかのように言うな」
「さて、これにて僕の授業は終わりです。それでは最後に、僕から教訓を送りたいと思います。最後のページをご覧ください」
「「はい」」
最後のページをめくると、デカデカとこんな一文が。
「『絶対に婚約破棄はするな』」
「これに尽きますね」
「ホントそれよ! 婚約破棄なんてしたって、何にも良いことなんかないんだから!」
「ダスティンさん、本日はとてもためになる授業、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「いえいえ、少しでも何かのお役に立てたのでしたら幸いです。それでは僕はこれで」
せめてものお礼としてテレア王国名物『テレア饅頭』をお土産に持たせると、ダスティンは満面の笑みを浮かべながら去って行った。
「いやあ、何て言うか、どんなに順風満帆に見える人生も、ちょっとした油断で一瞬で台無しになっちゃうこともあるんだな」
「そうね。だからこそどんな立場になっても驕らず、常に自分を戒めることが肝要なんでしょうね」
「やれやれ、つくづく人生ってのは甘くないね。どうだいサワ、これから二人でどっかの飲み屋で、人生の厳しさについて語り合わないか?」
「フフ、いいわよ。その代わり、お店のチョイスはしくじらないでね?」
「ハハ、こりゃ参ったね」
「お疲れ様でーす」
「「――!」」
その時だった。
二人の後輩に当たる新人執務官のヨッシーが、外回りから戻って来た。
「あ、ああ、お疲れ。何か問題はなかったか?」
「いえ、特には。ああでも、ちょっとだけ気になることはありましたね」
「「気になること?」」
「はい。中庭で王太子殿下と見慣れない令嬢が二人で、仲良くお茶してるのを見掛けたんです。いや、もちろん婚約者一筋の殿下のことですから、何も問題はないとは思うんですが……」
「「っ!」」
思わず目を見合わせて、無言で頷くワッカとサワ。
「やれやれ、こりゃ飲み会はまた今度だな」
「フフ、そうね。私たちは、私たちの仕事を果たしましょう」
「え? え? え?」
「ちょっと俺たちは残業してくるわ」
「先に帰ってていいわよ」
「あ、はぁ」
颯爽と出て行く二人の背中を、ポカンとした顔で眺めるヨッシー。
――テレア王国の執務官たちは、今日も国のために奔走する。
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