新しいゲームを始める時に一番時間がかかる要素
「カオス・ラグナロク」サービス開始当日。
澪に頼まれていたアバター製作は結構難産だった。
いや、ちゃんと要望通りのを作って渡したんだけど、僕が最初に作った自分用のアバターを見せたら「こっちと出来が違う」「これに似せたのをお願いします」と言い出して、それから要望とリテイクがめちゃくちゃ厳しくなって……ちょっと気持ちがクライアントの要望と納期に追われていた頃の虚無感がよみがえってきてやばかった。
ま、何とか納得してもらえるものを作って渡したけどね。
自分用のアバターについてはどうするか悩んだけれど、1つアイデアを思いついて試してみたのが案外上手くいったので、無事完成させることができた。
「……と、いうわけで今日の正午からサービス開始になります。どうせ開始直後は混雑するでしょうから16時目安でログインしましょう」
「16時ね、りょーかい。もっと早くてもいいんじゃない?」
「『カオス・ラグナロク』ではリアル2時間ごとにゲーム内で昼夜が切り替わるんですよ。だから、早くログインしてもゲーム内で夜になってしまうので。16時から始めたらちょうど夜が明けて、2時間で夕飯の時間くらいになるからちょうどいいかと」
「なるほど」
「あと、サーバーは6つあって、違うサーバーで始めると合流できなくなるので間違えないでください。正式サービス開始からのプレイヤー用は『Heimdallr』になっているので、そちらで始めましょう」
「わかったよ」
朝食の時に澪と事前の取り決めを確認する。する、というかさせられた。
幸いにも今日は日曜日なので、完全没入の時間も十分取れる。僕も澪も昼のうちに用事を済ませてたっぷりとゲームする気満々だ。いや、僕は特に用事はないけれど……。
両親が何か微妙な表情で僕ら2人を見ているが、気にしないでおこう。
◇◆◇◆◇◆
現在、12時53分。
昼食は各自で、ということなので適当に食べると自室に引きこもって完全没入用装置を起動させる。
約束の時間にはまだ3時間以上あるが、想定通りである。
キャラクターメイクにたっぷり時間をかけるつもりだからだ。
アバター作成に時間とられすぎたのもあるが、何せ、事前にゲーム内容やキャラクターデータに関する情報をほとんど見てなかったりする。
澪はβテスト時の評価や情報を調べて、どういうキャラを作るか事前にきっちり決めていたようだけれど、僕はこういうのは事前情報なしにあれこれ自分で試行錯誤してやっていくのが楽しいと思っている。
攻略情報通りの、他人と同じテンプレキャラで遊んでも、つまらないよね?
VRに限らずMMORPGだとデータの強い弱いや格差が他人との関わり合いの中でトラブルになる、とは知っているんだけどね。ま、VRゲームなんて本当に久しぶりだし、そんなにガツガツやるつもりはないからそれでいいと思っている。
《「カオス・ラグナロク」へログインします。既に作成されたアバターデータが存在します。アバターデータを利用してログインすることが可能です。使用しますか?》
完全没入して「カオス・ラグナロク」が起動すると機械的な女性音声の問いかけが聞こえてきた。
お、実際にキャラクター作成が完了しないとアバターは使えないものだと思っていたけど、もうこの段階で使用できるんだね。はい、と返答しておく。
……あ、何かオープニングムービーみたいなものが流れ出した。
これはキャンセル、と。
そうしてゲームへのログインが完了し、意識が戻って目を開けると、目の前に超巨大な木が立っていた。
幹は両手を広げるより太く、枝は大きく伸び広がっていて、見上げても木の頂上部分は見えない。
自分の身体をぺたぺたと触ってみて、どうなっているかを確認する。
無事、「カオス・ラグナロク」用に用意したアバターに変わったようだ。
新しいアバターは最初に作ったアバターと顔はほぼ変わらない。
髪は青みがかった黒色で腰の辺りまで伸ばしているし、瞳は深い青で大きく、顔全体はパーツがバランスよくまとまって可愛さと綺麗さが程よく混じっている少女の顔だ。(今の僕は鏡もないので直接は見えないけど)
多少変更した点と言えば、肌をちょっと色白気味にしたくらいか。
大きく変更したのは身体である。
身長は前と同じでリアルと一緒だが、胸のふくらみとか女性的な体のラインはなくなっており、華奢で凸凹のない体型になっている。
そう。
このアバターは「性別:♂」なのだ。
顔がどれだけ美少女だろうと、男だとわかってしまえば別に気にもならないし、男性アバターだと思えば「自分が絶世の美少女になってしまった」という照れや恥ずかしさも感じない。
ま、外見を自由にいじれるなら、自分を美男美女にするのは普通だろうし、旧世代ゲームならキャラクタークリエイトの凝ったゲームなら男性用モデリングでいかに美女・美少女を作り上げるか、なんてよくあるネタだ。
特に「カオス・ラグナロク」は見た目がやや現実から外れたアニメ調なんで、体格や骨格、体のパーツの男女差があまりない。なので、女性アバターで作った見た目を男性アバターにコンバートするのは特段難しくなかったし、体型を中性的にするのも簡単だった。
ふはははは、男の娘もいいよね?
せめて、こんな綺麗でかわいくて細い見た目に生まれていたら、僕の人生もうちょっと違ってたんだろうけど……。
《よく来てくれました、英雄の魂よ。貴方が降り立つ世界を選んでください》
自分のアバターに思いをはせていたら、女性の声が聞こえてきた。
それと同時に、自分の右手側に半透明のウィンドウが開く。
〈「カオス・ラグナロク」の世界にようこそ! まずはあなたが遊ぶサーバーを選択してください。サーバーは1度決定すると変更するにはリアルマネーが必要になるのでご注意ください〉
ウィンドウにはそう書いてあった。
ふむ。女性の声はRP、ウィンドウが実際の説明、という感じかな。
結局はサーバーを選べ、ということのようだ。
見ると窓みたいなものが6つ並んでいる。それぞれにOdin、Tor、Freyja、Loki、Balder、Heimdallr……と名前がついていて、そこから風景を見ることができる。
確か澪が指定していたのは「Heimdallr」だっけ。
サーバーの混雑状況としては、だいたい均等でHeimdallrがちょっと少な目、という感じだ。
「Heimdallr」の窓に触れるとそのまま中に吸い込まれた。
景色が一変し、果ての見えない草原の中、1本の木とその根元に白いテーブルと椅子が2脚置いてあり、その椅子に白いドレスの女性が腰かけている。
《ようこそ、エインヘリヤルとなる者よ。どうぞ、席についてください》
先ほどの女性の声だ。
どうやら目の前の女性が最初に話しかけてきた声の主らしい。
〈ゲーム内で使用するキャラクターの作成になります。席につくことでキャラクター作成が開始されます〉
合わせて右手側にウィンドウとメッセージが表示された。
そういうことなら、と席につく。
《現在、この世界『ミドガルズ』は次元の彼方より来る「侵蝕者」と呼ばれる者たちに攻め入られ、危機に瀕しています》
《貴方は神々の加護と祝福に守られし戦士『エインヘリヤル』となって、『ミドガルズ』に降り立ち、世界を守るために戦って欲しいのです》
おっと。
ゲームの設定は見てなかったのでさっぱりなのだけれど、とりあえず流れ的に頷いておく。
《ありがとうございます》
頷いたのが通じたのか、それとも自動で話が進むようにできているのか。
承諾したことになって話が進んだ。
《では、貴方の名前を教えていただけますか?》
……名前?
右横にいつものウィンドウが開いたのでそちらを見た。
〈キャラクター作成(1) 貴方のゲーム内での名前を入力してください。全角10文字、半角20文字まで使用できます。なお不適切な用語が使われていると判断された場合、入力した名前は却下される可能性があります〉
気づけば目の前に半透明のタッチパネルと枠が現れ、文字が入力できるようになっている。これで名前を入力するらしい。
名前……名前か。
新しいゲームを始める時に一番時間がかかる要素を事前に決めておくのをすっかり忘れていたよ!?