思ったより恥ずかしくて、僕の精神が耐えられない
「カオス・ラグナロク」サービス開始まであと5日、となった。
……結局、アバターを完成させるのに丸2日かかったという。
というのも「創作あるある」にはまったせいである。
誰もが1度は経験したことがないだろうか。
これで完成だ!と思っても、しばらくしてから見返すと何かおかしく見えて納得いかなくなることが。
そこで手直しをして、またこれで完成だ!となるのだが、また時間を置いて見返すと納得がいかなくなり、手直しをする……それを繰り返す地獄のループである。
ただ、久しぶりに時間を気にせず作品をいじるのは楽しかったりもしたけどね。
とりあえずアバターもいったん完成したので、このアバターでテストモードに完全没入してみることにする。
自分とまったく違う姿で完全没入するのがどんな感じなのか、楽しみである。
◇◆◇◆◇◆
完全没入する時の感覚は眠りと目覚めに似ている、と僕は思っている。
完全没入用装置を頭にかぶって起動させると、目を閉じていないにも関わらず視界が真っ暗になり、いったん意識が途切れたように感じる。
その後、朝、目が覚める時のような感覚で意識が戻ってくる。この時の感じ方は人それぞれだそうだけれど、少なくとも僕はそんな感じだ。
目を開けると、自分の部屋ではない、真っ白な天井が目に入ってきた。
辺りを見回してみると、どうやら自分は小さな部屋のベッドに仰向けに寝転がっている状態のようだ。天井や壁は説明しづらいが現実とは違う、何と言うか、イラスト・絵のような見た目であり、「自分がアニメの中に入った」と言うのが周囲の景色と状況を一番簡潔にわかりやすく説明してるだろうか。
ちょっと自分がアニメの登場人物になったみたいでわくわくするね。
とりあえず部屋に等身大の鏡があるので、起き上がって鏡の前に立ってみる。
鏡に映るのはまさしく僕の創ったアバターだ。
身長設定は150cm後半、だいたい現実の僕と同じだ。(個人情報の保護の観点から具体的な数値は非公開とする)
肌の色は特に普通。
髪はやや青みがかった艶やかな黒色で腰のあたりまで長く伸ばしている。
瞳は深い青色で、顔は全体的に綺麗さとかわいさが絶妙なバランスで混ざっている感じ(僕個人の主観だが)。
体はどちらかというと細身でスレンダーな感じだが、女性的な体のラインを維持している。
外見年齢としてはだいたい高校生くらいだろうか。
……うん?
……いや、「女性アバター」だけど?
見た目、体格・体型、性別も自由にできるなら、やはり、その凄さを1番体験するには「自分とは違う性別になる」のがいいと思わない?
……別に、えっちだったりいやらしい気持ちがあったわけでは、ない……はず。
強いて言うなら、女の子になってみたかったというか……幼い頃は姉に引っ張られ、小学生のころは妹の面倒を見たりで、同年代の男の子より女の子と一緒にいる時間が長かったり、女性の方が発言力の強い家族の中で「颯真は男の子だから我慢しなさい」とたびたび言われて育ったりしたことも、まあ、影響があるかもしれ……ない。
あ、TSモノの小説とか漫画は大好きです。
さて、鏡の中には自分の好みを全力で詰め込んだ美少女になった自分がいるわけだが。
特に違和感を感じたり、はない。
鏡に顔を近づけて、わざとらしく笑顔を作ってみたり、睨みつけるようにして真剣そうな表情を作ってみたりと、色々顔を動かして表情を作ってみるけれど、鏡の中の姿は自分の「思ったよう」に表情を変えている。
現実とは全然違うのに、きちんとそれらしく、というかむしろ、ごく自然に表情を作れるんだな。現実の人間の姿をそのままコピーして持ってきているのと違って見た目は簡単に言えば「アニメに出てくる登場人物」のような姿だ。目の形とか実在の人間と全然違うのに自然とらしく動かせるというのはなかなかに凄いと思う。
ふと、気づくと目の前に微笑む美少女の顔があって、目が合った。
慌てて鏡から離れて目を反らしたら、目の前の美少女も同じように目を反らしているのに気づいて、思い出した。
いや、自分の顔じゃん。
自分と違う姿での完全没入の悪影響か?と思ってしばらく鏡に映る自分の姿を凝視して、感覚に変な部分がないか意識を集中してみたが、特に何も感じない。
単に鏡に映る姿に見惚れただけか……いやいや、それ、どんなナルシストだ。
そりゃ、精魂込めて、自分がかわいい、美人だ、と思うように作ったけど、ね?
鏡に映る顔も頬を赤らめて、難しそうに何か考えているような顔をしているが、それもまたかわいく……。
……はっ!?
ほんとにこの完全没入、悪影響ないんだよね!?
ものすごい影響を受けているような気がするんだが?
……い、いや、自分の見た目が好みすぎるのは、肉体と感覚の不一致とか感覚異常とかは違うから、悪影響、ではない、はず。
うん、気を取り直して、テストモードを続けようか。
システムウィンドウを手元で開くと、〈衣装変更〉〈サンプル動作〉〈設定〉という3つのボタンがある。
〈衣装変更〉は今身に着けている服を変更できる。今、着ているのは白い無地のTシャツとシンプルな膝上のスカートとブーツ、なんだけれどそれ以外で色々と服を着替えられるようだ。
〈サンプル動作〉は【エナジースラッシュ】と【ファイアボルト】の2つの項目がある。試しに【エナジースラッシュ】を選んでみたが。
《剣を手に装備してください。剣は隣の部屋にあります》
女性の声でアナウンスが響いた。
どうも隣にも部屋があるらしい。今いるより部屋より広くて扉もついてないので今いる位置からでも中から見えるが、カカシのようなものが立っているのが見える。
とりあえずこれは後回し。
もう1つ〈設定〉はシステム的な機能をあれこれいじるためのものらしい。
これも今は必要ないから後回し、だな。
というわけでまずは〈衣装変更〉で鏡の前で1人ファッションショーすることにしてみる。
ボタンを押せば登録されている衣装に一瞬で変更される仕様のようだ。いちいち着替えるのは大変だろうから楽でいいんだけれど、特段、珍しい機能でもないか。
では、上から順番に見て行くことにする。
まず並ぶのはファンタジーRPGの定番のような衣装。戦士ぽい鎧姿、黒いローブに三角帽子の魔法使い風衣服、白と青基調に十字がデザインされた神官服の3つ。
鎧といっても全身を覆うリアルな西洋甲冑ではなくて、部分部分を金属のパーツで覆うような感じで重たかったり動きにくいことはない。
魔法使い風と神官服も裾は長いが引きずって歩きにくいということもないようだ。
あくまで衣装だけしかなくて手に持つ武器がなかったので、それは隣の部屋から剣と杖を借りてきた。
うん、なかなかいい感じだ。
特に魔法使い風が僕好み。黒いローブ、だけど具体的にはシンプルなワンピースに丈の長いマントを合わせた感じで装飾もついてなかなか可愛らしい。あくまで僕の感性では、だけどね。
次に並ぶのは白とワインレッドのレースと装飾がふんだんに使われたひらひらふわふわしたドレス。
……いわゆるゴシック・アンド・ロリータ、ゴスロリというやつだろうか。大きな薔薇の花で飾られている小さな帽子がセットでついていて、頭にちょこんと載せるようになっている。
似合っている。
似合っている……が、ちょっとこれは照れるな。人に見られると恥ずかしいかもしれない。
いや、ほんと似合ってるんだけど。
次はブレザーの制服。紺の上着に赤いリボン、チェックのスカート。
……いや、世界観的にどうなんだろう?
見た目装備としてはありがちだけど。
旧世代ゲームだと世界観を無視したような見た目衣装は課金要素として定番だけれど、VRゲームでは意外と人気はない。現実に即した容姿だと着飾っても、というのは多くの人の共通意識のようだ。それでも現実では着ることのできないような衣装を着てみたいという意味で一部根強い人気はあると聞いたけれど。
あとはゲーム世界のリアリティを崩す、という意味で運営側が導入しない、ということもVRゲームでは多いらしい。
しかし、こういう恰好だと高校時代を思い出すなあ。こんな美少女だったら高校時代ももっと楽しかっただろうに。
次に用意されていたのは白いロングドレスにレースのベール。白い花のブーケを手に持たされている。
これは……ウェディングドレスだな!
いや、これも定番だけどさ。こんなのも用意されているのか?
そういえば、旧世代ゲームだと、ゲーム内キャラクター同士で結婚するシステムもわりとメジャーだったけど、VRMMOではそういうシステムがどうなってるかはあまり聞かないな。
ゲーム世界内でのリアルさを追求するなら結婚も可能だろうが現実とほぼ同じ見た目だし色々問題ありそうだしな。そういう意味では見た目を変えられる「カオス・ラグナロク」ではそういう古いゲームのシステムが復活している部分もあるのかもしれない。
いや、でもゲーム内で結婚というのも……♀キャラだとどうなるんだ?
やっぱり♂キャラと結婚するんだろうか……?
結婚……いやいや、現実では女性と付き合ったこともないのに、仮想現実でしかも女性として男性と結婚するのか?
気持ち悪……く、ない……?
うん、とりあえずウェディングドレスのままだと、思考がおかしい方向に向かいそうだったので、次の衣装へ変更しよう。
鏡に映る自分の姿がビキニの水着に変わった。
……は?
露出多めで結構きわどい感じで、胸の谷間や、へそや、太ももが、目に飛び込んでくる。
僕は慌ててログアウトの操作を行って、現実へと戻った。
◇◆◇◆◇◆
仮想現実から現実に戻るとまずルーチンとしてストレッチを行うことにしている。
これは僕が違法完全没入のせいで死にかけて入院した際にリハビリでやっていたのがそのまま癖になったからだ。
そもそも完全没入の仕組みは脳が発した命令をコンピュータで読み取ってアバターを動かし、仮想現実の情報を五感への刺激としてコンピュータから脳に送ることで成立している。(この辺は僕は専門の技術者や学者でもないのでふわっとした説明になるけれど申し訳ない)
その際に脳からの命令を現実の身体に「送らないよう」遮断する仕組みが取られている。まあ、これはそうしておかないと仮想現実内で歩こうとしたら現実の身体が歩いてしまう、みたいなことが起こるから当然なのだけれど。
この「脳と体が切り離されている状態」というのは結構危険で、無意識に脳が管理している身体の事象もストップしてしまうため、身体が死んでしまったと誤認しそのまま機能を停止してしまうという可能性がある。もちろん実際の完全没入のシステム上ではそうならないようにするサポートがされているのだけれど。
それでも限度はあり、だからこそ1日12時間の時間制限が法律で厳守されており、連続使用も2時間以内が好ましい、とされている。
では、時間制限を超えて完全没入し続けるとどうなるか、というと、身体が脳からの命令を受け付けなくなり、末端の神経から壊死していき、最後は意識が残ったまま生命を維持する機能が停止して死に至るという。
身体を動かせなくなって倒れていた僕は実際、かなり危険だったわけだ。
……思い出せばあの時は意識はあるけど体は動かない、て感じだったなあ。
この症状の治療には「自分の意志で身体を動かす」ことを繰り返して脳と身体の不一致を元に戻す必要がある。僕も入院中は点滴と生命維持装置に身体をつないだ状態でひたすら決められた軽い運動を繰り返しやっていて、それが今の癖になっている。
もちろん、今は治療も終わって体は自由に動くよ。
ただ、完全没入からログアウトした時は、また身体が動かないのじゃないか、という恐怖は多少あったりするけれど。
大きく深呼吸して目を閉じて、先ほどまでの体験を思い返してみる。
ついさっきまで仮想現実内で美少女で、そこから現実の冴えない男に戻ったわけだが、特段、記憶の祖語や身体の不調は感じない。何もないのが逆に不思議に感じるくらいだ。
とはいえ。
仮想現実内で見た目は美少女になっても自分の心や精神が女の子になるわけではないようだ。その辺、記憶と感覚の整合性はどうなってるんだと思うが、とにかくそういうことらしい。
となると、男としての感覚のまま、理想の美少女の身体が無防備でかつ自分の自由にできる状態ですぐそばに常にある状況にあるわけだ。
うん、これは危険だ。
思っていたより恥ずかしくて、自分の精神が耐えられない。
仕方ない。アバターは創り直すことにするか……でも、せっかくの会心の出来なのにもったいないよなあ、これ……。