いやあ、このアバター作成ツール、レベル高いな
仮想現実の身体と現実の身体との差から起こる感覚への悪影響を取り除き、仮想現実内で自由な姿で過ごすことができるようになる。
……いや、そんな一般常識を覆すような技術革新が世間で大きなニュースにならないわけがないよね?
聞いたことないんですけど?
半信半疑で調べてみた所、小さなニュースを見つけた。
そのニュースによると、「カオス・ラグナロク」のリリース予定の発表と同じタイミングで発表されたこの技術は「カオス・ラグナロク」の開発会社がゲームのためだけに研究・完成させたそうだ。聞いたことのない会社だが、いや、ゲームのためだけに新技術を生み出すなんてなかなかすごいな。
しかし、まだ完全没入のために専用の機器を完全没入用装置に取り付ける必要があり、また、データを処理するための専用サーバーを用意しないといけない、とのこと。コスト的にもせいぜい1ゲームタイトルのサービス程度の小規模な運用が限界だそうだ。
また、他の使用方法への拡大については今の所、考えていないが要請があれば考えたい……とのことだ。
すごい技術なのに活用しないのか、と思ったけれど、確かによくよく考えてみれば、日常における仮想現実での活動が、見た目が簡単に変えられるようになってしまうと、セキュリティなどの問題が発生するだろう。
スポーツに近い競技ゲームで考えるなら、全員が体型が変わってしまうとルールとレギュレーションが混乱してしまう。自分の有利になるように体を作り替えられるとしたら……それはそれで面白そうだけれど、公平な競技にならないだろう。
そう考えると革新的な技術に見えるけど、意外に使い道がないのか。
ニュースの日付はだいたい半年前。
……なるほど。その頃はニュースなんか見てる余裕なかったからなあ……。
◇◆◇◆◇◆
結局、僕は澪のお誘いを受けて「カオス・ラグナロク」をプレイすることにした。
ゲーム、自体は嫌いではない。
単に「VRゲーム」というジャンルが要求する能力が自分には合ってない、から避けていただけだ。
その後「カオス・ラグナロク」の公式ホームページも見てみたが、ゲームのセールスポイントに「仮想現実と現実の差から生まれる感覚への悪影響を取り除くことにより、現実ではできないようなアクションも専用動作アシストサポートにより簡単に実行可能」という一文を見つけたのも、プレイすることを決めた要因の1つだ。
どうやらこのゲーム、運動神経の悪い僕でもかっこよく活躍ができる(かもしれない)らしい。
それと、妹の澪だが、どうも両親から「VRMMOを遊ぶなら姉の詩か兄の颯真と一緒にログインすること」と条件を付けられているらしい。
大学1年生の成人女性に何を言っているんだ……と思われるかもしれないが、実は澪は高校時代にVRゲーム絡みでひどい悪評を立てられたことがある。部活動で行っていた競技ゲームに関してで、澪自身に悪いことは何もなかったのだけれど、下賤なニュース記事で面白おかしく扱われたりもして、当時は色々と大変だったことは今でも覚えている。
そういうこともあって、どうも心配性の僕たちの両親は自分の娘がまたVRゲームに関わるのを心配している、らしい。
ただ、そういう意味では「カオス・ラグナロク」はちょうどいいゲームだな、と思う。
ゲーム内の身体が現実とはかけ離れてるから、現実の悪評とかトラブルの心配は基本考えなくていいだろうし。
それで今回の話は、結局のところ。
姉の詩は別ゲームに寝食を捧げてのめり込んでいるのでお願いしても無理そうだから、VRゲーム嫌いの僕でも「カオス・ラグナロク」ならプレイできるだろうということで澪から話が回って来た、というのが実態のようだ。
ま、せっかく妹がゲームがしたいと言っているのだ。
その手助けくらいは兄としてしてあげないとね。
……すみません。
うちの家族は女性の方が発言力が強いので断ると後が怖いので……。
◇◆◇◆◇◆
というわけで。
澪が用意してくれていた専用完全没入機器のセッティングをしていく。
完全没入用装置は現在は1人用のソファに頭にかぶるヘルメットがついているチェア型が主流で、僕が使っているのもこのタイプだ。「カオス・ラグナロク」の専用装置は黒い大きめの箱のような見た目で、ヘルメット部分と有線でつなぎ、そこから、パソコン本体へとつなぐようになっている。ちょうど今までヘルメット部分とパソコン本体をつないでいた間に、この黒い箱をセットするような形、と思ってくれればよい。
この専用装置が結構大きい。縦20cm、横40cm、高さ50cmくらい。パソコン本体よりも大きいくらいで、ちょっと置き場に困ったが、適当に床に置いておくことにする。
「カオス・ラグナロク」以外での完全没入ではこの専用装置ははずさないといけないので、毎回ケーブルのつなぎ変えをしないといけない。地味にめんどくさいな、これ。
この専用装置なわけだけど、値段を聞いたら結構お高かった。パッケージソフトとあわせてだいたい数万円……ただゲームをするためだけの投資と考えるとちょっと重い。両親に買ってもらったのかもしれないが、僕の分はあとで澪に払っておくことにしよう。
そうしているうちに、正式サービスリリースまであと1週間、となった。
で、僕は何をしているかというと、サービスリリース前に扱える機能で身体の作成を行っている。
「カオス・ラグナロク」では通常のVRゲームのように、自分の体をスキャンしたデータに髪の色と髪型、瞳の色を変えるくらいの簡単な変更でゲーム内アバターの完成、というわけはいかない。何せ、ゲーム内では体型・体格も性別も自由自在なのだ。自分の身体として動かすアバターを、旧世代ゲームのように専用のツールを作ってきっちりと作り上げないといけないのだ。
これは結構大変な作業だ。僕も経験はあるが、凝りだすといくら時間があっても足りなくなる。
運営もそれはわかっているらしく、事前にアバター作成用ツールと完全没入して簡単にそのアバターを「自分の身体として」動かせるテスト機能をセットにして解放している。
「カオス・ラグナロク」の最大の売りの1つ「現実の身体に影響されないアバターでの完全没入」をお試しで楽しめる体験版、というわけだ。
ついでに、というわけでもないけど、澪からもアバターの作成を頼まれている。
こういうのはなかなか慣れてない人が作ろうとしても上手く作れないからね。
僕は、というと高校時代から3DCGのモデリングや動画を作るのが趣味で、プロ顔負け……というか元プロである。
大学卒業後、僕はこの趣味が高じて仮想現実に関する映像・アニメーションを扱う会社に就職した。
この会社は少数精鋭ながらその実力はトップクラス、と業界では有名な会社だったのだけれど。
実態は超絶ブラック企業だったわけで。
1日の完全没入の時間を目一杯使って仕事をするのは当たり前。しまいにはそれでは足りなくなって、複数のIDやらなんやらを使った違法完全没入で制限時間を超えても仕事をするようになり、最終的には毎日20時間近く仮想現実に籠っている、ような生活を続ける羽目になっていた。
当然、そんな状態で身体がもつわけなく。3か月前、会社で意識を失って倒れているのを同僚に見つけてもらえなかったら、たぶん、死んでただろうね……。
……まあ、僕が過労死しかけた話はどうでもいいので話を戻すと。
僕はアバター作成ツールを立ち上げると完全没入を行う。
この手のツールは画面を見ながらマウスやキーボード、ペンタブなどの入力装置を使って作成することもできるが、仮想現実内で作成するのが現在の主流だ。
1枚イラストくらいなら画面を見ながらでもいいんだけれど、3DCGになると作業効率が全然違う。自分の目で見て状態を確認し、自分の手で形を整えていくことができるからね。イメージとしてはフィギュアやドールを仮想現実内で作るような感じと言うとわかりやすいだろうか。もちろん現実とは違って、パーツを作ったり色をつけたりは仮想だから自由自在だけど。
さて、まずは、自分がゲーム内で使用するアバターを作ってみることにする。
白いマネキンみたいな素体が目の前に現れる。これがいわゆる「素体」という奴だ。まずはこの素体の大きさを設定する。今回は現実の僕とほぼ同じ背の高さ……150cm後半にする。これは、身長を数字で入力すれば自動でその身長にしてくれるようだ。
そこから顔や体型を整え、目や鼻、口、髪の毛といったパーツを配置し、色を整える、というのが大まかな作成手順になる。
ふむふむ……ちょっと触ってみた感じ、このツール、結構よくできてるな。
自動調整のバランスが絶妙なのか、適当にやってもきちんとバランスの崩れない人型のアバターができるようになっている。慣れてない人だとつい目の前の見た目にこだわって、骨格や全体像が化け物なアバターが出来上がりがちで、動かすと動きがぎこちなくなったりするものだ。その辺の調整は経験が必要になってくる部分だけど、あくまで初めて作る人でも問題ないようになっているんだろう。
目や鼻や髪型込みでの髪の毛などはあらかじめテンプレートが用意されていて、そこから選んではめ込むだけで、とりあえず最低限で十分なアバターは作成できるようになっている。
とはいえ、これはあくまで普通の人用のモード。
慣れている人用にはもっと細部まで、それこそゼロから各々のパーツの形の形成や見た目の調整ができるようにもできるようになっている。
試しに瞳を作ってみたけど……いやあ……これ、レベル高いな。仕事でやってた時と変わらないレベルで自由に弄れるぞ。このレベルのツールをゲームのキャラクターメイクだけに使うのはもったいなくないか?
しかし、これ、こだわったら、1週間なんて全然時間が足らないな?
幸いにも時間はあるから、まずは1日じっくり操作感覚をつかむ意味も込めて、色々作ってみるか。
ちなみになぜ時間があるかというと、3ヶ月前に倒れた僕はそこから仮想現実から隔離された状態で1ヶ月の入院とリハビリを行うはめになり、現在は絶賛ニートだからである。
違法労働を社員に強制していた会社は当然潰れたし、両親も死にかけた息子には優しいのか、社会復帰にはしばらくの猶予をもらっている。というかむしろ「死ぬほど働いていたんだからしばらく休んでいなさい」とニートを推奨されている。
というわけで、僕の完全没入の制限時間は今は好きなことに全て使えるのだ……うへへ……。