大人しく死に戻り繰り返すところから始めますかね
「……わかりました。そういうことなら仕方ないですね」
目を閉じて腕組みをする澪は不機嫌そうだ。
姿、見た目は僕が作ったアバターなのだが、アニメ調だけれどきちんと不機嫌そうな感情が読み取れて面白い。
しかし、澪よ。
大学生もなって年の離れたニートの兄とゲームで遊びたいというのは一般的ではないと思うぞ。
「じゃあ、兄さん、フレンド登録だけしておきましょう」
「あ、そうだな」
視界の端で「!」マークが点滅したので視線を向けると〈シユさんからフレンド登録の申請が来ています。承諾しますか?〉とメッセージが表示されている。
特に躊躇うこともなく「はい」のボタンを押しておく。
フレンド登録した相手はログインしているかどうか、どこにいるかがわかるようになっているし、何かあった時には離れていても呼び出して会話ができるそうだ。
「これでいい?」
「はい、OKです……じゃあ、私はチュートリアルクエストを進めて来ますので。何か手伝うことがあったら、いつでも呼んでくださいね」
「りょーかい」
「そう言っても連絡してきませんよね?」とでも言いたげにじーっとこちらを睨むと、澪は部屋を出て行った。いや、人を誘うのって、邪魔してるみたいで苦手なんだよね……。
さて。
デフォルトで表示されているリアル時間は16:25になろうとしていた。
実質、20分以上話をしていたことになる。結構時間がたっていた。
まずは僕もこの死んだら送られてくる部屋から外に出て行くことにしようか。
外に出る出口は扉が1つだけだ。
そちらに向かおうと立ち上がったら、勢いよく扉が開いた。
おや、誰だろう……と思ったら息を切らした澪だった。
「兄さん」
「は、はい」
「有り金全部、私に渡してください」
えっ、カツアゲ……?
◇◆◇◆◇◆
「カオス・ラグナロク」ではキャラクターが死亡するとペナルティーとして、経験値の一部と所持金の一部が失われるという。経験値で次のレベルに上がる分までの一割、所持金で手持ち分の一割、だそうだ。
ゲーム内での死、という概念自体が遊んでいる側からするとあんまりいいものでないので、そこにこういったペナルティーを科するのは本当に古いゲーム以外だと珍しい気がする。死んだら所持金半分、は僕でも知っている有名な古典ゲームだけど、今から思うと結構重いペナルティーだよね。
これは後から聞いたことだけれど、VRゲームだと一定期間、能力値にペナルティーを受ける、というのが多いそうな。なお「カオス・ラグナロク」では死んだことに対する能力値へのペナルティーはない。
「……つまり、兄さんがこれから技能のレベルを上げるのに死にまくると、所持金が無くなってしまうので私に預けておきませんか?」
「……なるほど!」
ちなみに僕の現在の所持金は4,500Yとなっていた。「Y」はお金の単位で読み方は普通にアルファベットの「ワイ」らしい。
最初に持っている所持金は5,000Yだそうなので早速500Y減っている。
というわけで、澪に4,500Yを渡しておく。
そのまま持ち逃げされることはないだろうけど、どうせ僕が持ってたらなくなってしまうのなら、別に澪が有効活用してもいいしね。
というか、4,500Y渡してたこと自体を忘れそうな気がする。
「じゃあ、お金が必要になったら私に連絡してください」
「りょーかい」
というわけであらためて澪と別れて1人になる。
とは言ってもやることはこの部屋から出て行くことだから、一緒に出て行けばよかったんだけどね。
……いや、一緒に出て行くのは何か気まずい感じしてさ……。
で、扉を開けると外は礼拝堂になっていた。
いわゆる教会の長椅子が並んでいる部屋をイメージしてもらうとよい。十字架の代わりに女神像が飾られている。
そして、奥に大きな両開きの扉が見える……今いる部屋が礼拝堂の奥側だから、おそらく礼拝堂の入口なんだろう。
というわけで長椅子の間を通って両開きの扉の方へ。結構広いし内装は雰囲気あるなあ、と部屋の中を見回しながら扉の方へ向かっていると。
〈貴方は死亡しました。復活の神殿に転送しますか?〉
気づいたら僕は床に倒れていた。
何でさ!?
◇◆◇◆◇◆
油断しました。
【ノスフェラトゥ】がダメージを受けるのは太陽光ということで、ついつい建物の外に出たらダメージを受け始めるものだと思っていました。普通に考えたら、建物の中でも昼間は外から明かりを取り入れるているんだから太陽光を受けて当たり前だよね。
ま、どうせ死にまくる想定だからそれはいいんだけど。
ステータス画面を確認すると技能「意志」「霊格」がそれぞれ2レベルになっている。
死んだら勝手に1レベル上がるらしい「霊格」は別として「意志」もちゃんとレベルは上がっている。
とりあえず最初に死んだ時にレベルが上がったのがたまたま、とか偶然、というのではないようだ。
さて、死んだら飛ばされる復活の神殿の部屋の外の様子はわかった。
外と言いつつまだ室内だけど。
次はダメージを受ける状況の細かい設定の確認、かな。
改めて部屋の扉を開ける。
おそらく死んだ時に飛ばされるこの部屋は、灯りはあるが太陽光ではない。僕が死なないで30分近く話ができてたからね。
そこで、太陽光が差し込んでいる隣の部屋に通じる扉を開けたらどうだろう。
現実なら、太陽光を受けていることになるはずだけど。
……。
……HP減ってるかどうかはどこで見たらいいんだ?
とりあえずキャラクターシートを開いて現在HPが変化するかどうかを注視しておいたが、結構邪魔くさい。キャラクターシート自体はシステム的に自分の右手側の空間に表示されるので、いちいちそちらに視線をやらないといけないからだ。
旧世代ゲームみたいにHPバーのような一目でわかる表示を視界上に邪魔にならないようにセットできたらいいんだけど……やり方がわからん。
ちなみに扉を開けてるだけではHPは減ってないので、おそらくは部屋から出ないと太陽光を受けてることにはならないのだろう。
とりあえずシステムをあれこれいじってもわからなかった(そもそもそういうことができるかどうかもわからない)ので、助っ人の力を借りますか。
というわけで、フレンド一覧を開いて、ただ1つのっている名前である「シユ」を選択する。
呼び出して会話が可能ということだけど、どんな感じか……〈呼び出して、フレンド会話を行う〉という項目を選ぶと、とぅるるるーとぅるるるーと電子音が鳴り始めた。
……電話じゃねーか!?
しばらくすると、目の前にウィンドウが開いて、片耳を手で押さえた澪のキャラクターが表示された。一応音声だけでなくて画像も表示されるオンライン通話型なんだな。
『どうかしました?兄さん』
「わかったらでいいんで教えて欲しいんだけど──」
澪はシステム設定のどこを見てどこを操作したらいいか丁寧に1から教えてくれました。
おかげで視界の左上に小さくHP、MP、SPが色つきのバーで表示できるようになったぞ。
だいたいどれくらい減ってるかはこれで一目瞭然だ。
『できましたか?』
「OK、できたできた。すまんなー、邪魔して」
『全然かまいませんよ。また何かあったらいつでも連絡してください』
満面のにこにこ笑顔で澪は通話を終えてウィンドウが閉じられた。
レベリングの最中なのに邪魔して申し訳ないなあ、と思っていたがあの様子なら特に気にしてなさそうだし大丈夫かな。
さて、ちょっと寄り道になってしまったが、検証を再開しますか。
再び現在いる死んだ時に復活する部屋の扉を開けて、部屋の入口ぎりぎりの位置に立ってみる。
体自体は復活部屋にあるのだが、隣の礼拝堂からの光が差し込んでいるわけで太陽光を浴びていることになると思うのだが、バーを見てもHPは減らない。
なら、次は入り口から礼拝堂側に腕を伸ばしてみる。こうなると腕は礼拝堂側……つまり、太陽光が満ちている部屋に入っていることになるけど、ダメージを受けるだろうか。
「あの、すみません」
そうしていると、後ろから男性の声で声がかけられた。
「は、はいっ」
驚いて振り返ると、男性2人と女性1人、3人のプレイヤーがこちらを見ている。
「通してもらっていいでしょうか」
「あっ、す、す、すみませんっ」
頭を下げて、慌てて入口から離れる。
扉の部分はそんなに広くなく、人が1人通れるかくらいの幅だ。
ほとんど人が来ないからつい忘れていたが、ここは死んで飛ばされた人が通る通り道だ。そこをふさいであれこれしてたら、そりゃ、通行の邪魔だよね。
こう、入り口から腕だけ伸ばすとか、体半分外に出すとかで太陽光でダメージを受けるようになるなら、適当にHPが少なくなったら復活部屋に戻る、を繰り返せば技能のレベル上げしやすくならないかな、と考えたんだけど。
そもそも他のプレイヤーの通行の邪魔になるのは想定してなかった。
となると、普通に外に出て死に戻るのが良いかな?
とは言え、ただ礼拝堂で倒れて死ぬのもつまらない、か。
せっかくだし、「死ぬまでにどこまで行けるか」試してみようか?
ログインしてから即、ここに飛ばされて最初の街の広さも今一つ実感できてないんだよね。
ここから1分半で街の外まで走って出られるなら、実のところあんまり悩まなくてもいいかもしれない。日が沈んで夜になるギリギリを狙って街の外に走り出ればいいんだしね。
それに「関連する行動をとると技能のレベルが上がる」そうだから、走っていれば、関連しそうな技能、例えば「運動」とか、のレベルが上がるかもしれない。
よし、やってみるか。
扉を開けた状態にしておいて、スタンディングスタートの構えを取る。
「位置について」「よーい」……と、自分で口にして。
「……ドンッ!!」
掛け声とともに思いっきり足を蹴って走り始める。
おお。
現実じゃどたどたとしか走れない足の遅い僕が、思いっきり前傾姿勢でダッシュしている。
こういう所にも自然とモーションアシストが適用されてるんだな。
現実じゃこんなスピードで走ったりしたことない、というかできないぞ。
礼拝堂を一気に走り抜け、両開きの扉を開く。
そこは広場だ。
大きな女神像が見える……おそらく最初にログインする場所のはずだ。
事実、インしたばかりのプレイヤーっぽい人が何人かいるのが見える。
結構近かったんだな。
というか勢いよく扉を開けたせいでめっちゃ注目されてるぞ。
そしてMAP把握してないから、どっちに行けば街の外に行けるかわからん!!!
とりあえず行けるとこまでだ。
考えるな、走れ!!
適当に広場から出るつもりで走っていく。
何か大通りのような場所に出た。
とにかくどこに通じてるかわからないが、ここを走っていく。
思ったより人通りが多くて、全力疾走してる僕のことを不思議そうに見ている通行人が多い。NPCなのかPCなのかもはっきりしないけど、普通の服っぽいからおそらくNPCだろう。
走るのの邪魔、と言うほどではないのだけれど、みんな歩いているからまっすぐ走り抜けるのは難しい……というところで時間切れ。
目の前が暗転して、僕は地面に転がった。
◇◆◇◆◇◆
いやあ、全然無理だわ。
走って街を出るとか甘い考えでした。
VRゲームの街ってこんな広いものなのか。
これは大人しく死に戻りを繰り返して技能レベルを上げるとこから始めますかね……。街から外に出てレベル上げすることはまた別の方法を考えないと。
というわけで、17時半まで礼拝堂に出ては死に戻りを繰り返して。
意志14LV、霊格18LVまで成長していた。
ゲーム内で夜になる前にログアウトする。
現実時間の方で日が沈む前に日課のリハビリのウォーキングを30分。
一応、死にかけて入院していた身として、リハビリとして健康的な生活を送らないといけないのだ。
しかし、ゲーム内だと颯爽と走ってたけど、現実じゃ、30分ゆっくり歩くだけで息が上がってへろへろである。
この現実と仮想のギャップでおかしくならないんだろうかと思うけど、別におかしく感じないから不思議なものだ。
19時前に家族揃って夕飯。
両親と澪の4人で、だけど、今時この年で家族揃って家で食事と言うのも珍しいんじゃないだろうか。
わりとうちの両親は旧いタイプの人たちなので、家族団欒とか、そういう部分はこだわってきっちりやるタイプだったりする。
良い親である。
夕飯が終わってお茶を飲んでいると、澪が両親の様子を伺いながらこそっと話しかけてきた。
「……あれから何やってたんですか?兄さん」
「何、て別に復活しては死んでを繰り返してただけだけど」
「……すごい美少女がいきなりものすごい勢いで復活の神殿から走り出したかと思うと、街の中で倒れてそのまま消えた、て公式フォーラムで話題になってましたよ。これ兄さんでしょ……?」
うそん!?
リップ(高橋颯真)
加護:【ノスフェラトゥ】真 LV1
肉体:12 精神:12 感覚:04 魂力:12
HP:180 MP:180 SP:120
技能:意志14LV/霊格18LV
祝福:【ノスフェラトゥ】真LV1/[アストラルマスタリー]LV1/[アストラルアフェクション]/[アストラルプロテクション]/[アストラルキッス]LV1/[スローイングキッス]