表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

僕はVRゲームが嫌いである

 僕、高橋颯真(たかはしそうま)はVRゲームが嫌いである。


 世の中は進歩した。


 専用のゴーグルをつけてまるで現実の風景のように仮想空間(ヴァーチャルスペース)を「見る」ことができるようになったのはもう遥か昔。技術の進歩により、ゴーグルがヘルメットに、ヘルメットが専用ベッドに、そして、今では首筋に埋め込まれた端子から脳波を読み取る「完全没入(フル・ダイブ)」により五感全てを現実と遜色なく仮想空間で体験できるようになった。「仮想空間(ヴァーチャルスペース)」はもう一つの現実、「仮想現実ヴァーチャルリアリティ」となったのだ。


 学校、仕事……日常生活のあらゆるものが「仮想現実」にあることが、今や「当たり前」である。


 もちろん、娯楽も同じだ。


 「仮想現実」に用意された様々な「VRゲーム」は、平凡な日常ではない、刺激的な体験をまるで「本物」のようにリアルに得られるということで、アクション、シューティング、RPGからシミュレーションにスポーツ……と様々なジャンルが出揃った、世界で最もポピュラーな娯楽だ。一部は競技としてプロやオリンピックの正式種目にもなるほどだ。


 ただし、このVRゲームには致命的な欠陥がある。


 ……と、個人的にだが、僕は思っている。


 VRゲームの不満点としてよく挙げられるのは「プレイできる時間が少ない」ことがある。

 仮想じゃない現実の体の保護のため、完全没入できる時間は1日12時間と決まっており、仕事や学校などの日常生活にも当然、仮想現実は使われるから、それを差し引くと1日あたりVRゲームに使える時間はだいたい2~4時間程度になる。それが「少ない」と言われる所以だけれど、むしろそれは健康的でいいことだと僕は思う。


 僕の考えるVRゲームの唯一にして最大の欠陥。


 それはずばり「ゲーム内の自キャラが現実の体に準じる」ことである。


 これを聞いた多くの人は、何を当たり前のことを、と思うだろう。


 1日の半分を自分の現実と違う体型で過ごせば、当然、感覚が狂って現実に悪影響が出る。ましてや、非人間の──獣や鳥や昆虫、あるいは現実に存在しないような生物──になって過ごせば、自分の体がどういう物なのかわからなくなり、現実での生活に支障をきたすのは必然だ。


 だからこそ、仮想現実での体は現実と同じ性別の特徴を持ち、現実の体に極めて近い体型に制限されている。それはVRゲームでも同じくであり、せいぜい髪・瞳の色の変更と髪型の変更ができるくらいだ。


 また、仮想「現実」であり、五感全てを遜色なく体験できるからこそ自キャラ=自分を動かすのは、「自分の体」として動かさなければならない。

 旧世代(オールドスタイル)ゲームのように、自分をコントローラーで自由自在に動かす、というわけにはいかないのだ。

(一応念のため書いておくが、「旧世代」ゲームと言うが1日の完全没入時間が制限されている以上、このスタイルのゲームは娯楽としてマイナーではあるがまだまだ現役である)


 で、今、僕が挙げたことの何が問題なのか? と、聞いた人は思うだろう。


 だが、よく考えてほしい。現実の体に準じる、ということは当然、現実の見た目の差や、いわゆる運動神経の良い悪いによる動きの差が「仮想現実」でもできてしまう。


 つまり「格差」ができてしまうのだ。


 ゲームという娯楽において、いきなり自分の生まれついての才能で、仮想なのに実際の現実と同じような、他の人より劣る部分ができて、果たしてそれが楽しいと言えるだろうか?


 ……うん、白状してしまおう。


 現実の僕は運動神経は最悪、見た目も冴えない奴なのだ。


 身長は160cmに満たずに高校時代に成長が止まってしまった。「いつか成長期になって背が伸びるだろう」と信じていた僕の夢を返してほしい、と当時は背が低い母親を恨んだものだ(父親はそれなりに背が高い方だったので母親の遺伝だとずっと思っている)。

 運動神経は学校の体育の時間が苦痛になるレベルの悪さ。走る、跳ぶ、泳ぐ、だいたいの基礎的運動性能は人より劣る性能で、不器用で要領が悪いせいか、球技もさっぱり。小学校・中学校当たりだと学校イベントで球技大会とか体育祭とか運動能力を競うイベントがあったが、いつも苦痛だった。

 さらに言うと……僕の両親は非常に優しい両親で、自分の子供たちにきちんとした食事を栄養バランスも考えてしっかりと摂らせてくれるとても良い両親で……まあ、これは幼い頃からの体質のせいもあるんだが……運動が苦手で避けていたこともあったので……こほん。いわゆるところの「太り気味」な少年だったわけだ。


 ……まあ、端的に言ってしまうと。


 僕はチビでデブで、運動神経0の少年だったのだ。


 いや、ね。


 僕も当然、小学校、中学校と友人や同級生と一緒にVRゲームを遊ぶ、ということはあったよ?


 でも、ね。


 毎回、遊ぶたびに、スペックの高い友人たちが活躍するのを後ろから追いかけるしかできないゲームというのが、楽しいと思うかい?

 せめて仮想現実の中だけでもカッコよく、と思って、子供心に、肌を白く、髪の色を銀色に、瞳の色を金色にしてみたりもした結果──想像してみて欲しい。銀髪金瞳で背が低く太り気味の少年が、厨二病あふれる黒い戦闘服に身を包んでポーズをとる姿を──あまりの似合わなさに絶望するのがどういう気持ちだったか。


 そういうこともあり、高校生になるころには、すっかりVRゲームが嫌いになり、ゲームと言えば1人でちまちまと旧世代ゲームをやるくらいになってしまったのだ。


 そういう理由で。


 僕、高橋颯真(たかはしそうま)はVRゲームが嫌いなのである。



  ◇◆◇◆◇◆



「……というわけで、兄さん。一緒にVRゲームをやりませんか?」


 僕の部屋にやってきた、今年大学1年生になった6つ下の妹、(みお)の第一声がこれだった。

 その言葉に僕は思わず、だらだらと見ていた古いラノベの画面から表を上げると、昔から常に感じていたVRゲームに対する持論を大いに語ったのだ。


「いえ、もちろん兄さんがVRゲームが嫌いなのは知っていますが」

「そもそも、VRゲームをしたいなら、僕じゃなくて姉さんを誘えばいいじゃん」

「……姉さんは今、『UF』で忙しいので……」

「あー、そうか……」


 僕の1つ上の姉、(うた)は現在、それなりの大きさの企業に勤める社会人だ。

 高校生時代から大のオタクだった姉は当然のように重度のVRゲーマーでもあり、運動神経や反射神経自体はあまりよくなかったので競技ゲーマーへの道は進まなかったが、今でも余暇のほとんどをゲームに費やすゲーム中毒者(ジャンキー)だ。


 そんな姉が最近どっぷりとハマっているのが通称「UF」こと「The Unlimited Fantasia」。

 今、世界で一番のプレイ人数と人気を誇るVRMMORPGだ。


 最新のグラフィックエンジンを搭載し、膨大なデータで構築された仮想世界は「現実を超えた幻想をあなたに」のキャッチフレーズに相応しいものだそうだ(実際にゲーム画面だけは見たことはあるが、「異世界の風景を写真で撮りました」と言われても違和感ないほどだった)。

 また、自由度の高いシステムを採用しており、おおよそゲーム内でできないことはない、とまで言われている。

 「RPGというジャンルに分類されているが、実質ワールドシミュレーター」という世間一般での評価が、「The Unlimited Fantasia」がどういうゲームかを最も端的に説明しているだろう。


 色々なオンラインゲームを渡り歩いていた姉がこの「UF」のリリース発表時にものすごい早口のメッセージを大量に送り付けてきたのは覚えている。当時の僕は興味がない上に時間の余裕もなかったので聞き流していたけど。


「……それに、このゲームなら兄さんもできるかと。とにかく、これを1回見てもらえます?」

「ん?」


 目の前に差し出されたタブレットの画面をのぞき込む。


 そこに映っているのは動画だ。

 ライトファンタジー……だろうか?主に映し出される4人の人物はいかにもゲーム風ファンタジー世界の住人といういで立ちだ。


 剣を持ち鎧をまとって先頭を駆ける少年。

 その後ろをついて走る白いローブ……法衣ぽいから神官かな?の少女。

 二足歩行の服を着た狼、という例えが1番しっくりくる巨大な斧を持った男。

 耳が尖った「エルフ」ぽい、弓を持った女性。


 その4人が巨大なドラゴンらしき生き物と戦う様子がアニメ調の3DCGで描かれている。


「……これは?」

「今、兄さんを誘っているゲームの、プロモーションムービーです」


 真顔で答える澪に、僕は首をひねる。


「……いや、VRゲーム、だよね?」


 もう1度、動画を見直してみる。

 実際の所、詳しく見てみれば動画のクオリティは高い。アニメ調、と言ったが特殊な処理で3DCGをイラストぽく見せており、セルアニメに近いような見た目をしている。キャラの動きも滑らかだし、この手の動画にありがちな背景の手抜き感や、服や物体の動きで物理計算の明らかにおかしい部分も見当たらない。

 旧世代ゲームの画面と見るならかなりレベルは高い。


 とはいえ、これがVRゲームの画面だ、と言われると、ありえない。

 この動画の登場人物がプレイヤーキャラクターだとするなら、不可能だからだ。


 アニメのキャラクターは、例えアニメの中では人間だとしても実際の人間とは違う。その体を自分の体として、同じ感覚で動かそうとしたら確実に現実世界に悪影響が残るほどの違和感を生じさせてしまうだろう。

 自分の体が等身大のフィギュアになったみたいなもの、と言えばわかりやすいだろうか。


 周囲がアニメのような見た目の世界をリアルな見た目のプレイヤーキャラクターが闊歩するようなゲームだとしたらVRゲームとして可能かもしれないが……いや、僕はそんなゲームは遊びたくはないな。


「……どう見ても、旧世代ゲームだよね?」

「そう思いますよね。でも、違うんです」


 不信そうにジト目で見返してくる僕のこの反応を予想していたのだろう。

 澪はどや顔で微笑んだ。


 タブレットの動画はちょうど終わる所だ。

 ゲームタイトルのロゴが画面いっぱいに表示される。


 「Chaos Ragnarok」


 カオス・ラグナロク。訳するなら「混沌の神々の黄昏」?


「世界初、『完全没入(フル・ダイブ)』と現実の感覚相違を遮断し、『現実と違う姿で遊べる』VRMMORPG『カオス・ラグナロク』。VRゲーム内で現実(リアル)な姿でいるのが嫌な兄さんでも、これならプレイできるんじゃないですか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ