第二章:自律身体§破
名倉佳奈美の話は、聞いたことがない。
この間の一件――黒橋令子の話も、まぁ、聞いたことはなかったのだが……。
なにせ、俺は人付き合いというのがほとんどない。
いや。
皆無と言ってもいいだろう。
俺がこの学校で話す人物と言ったら……同族である御波命か、鬼である大神照しかいない。俺の知り合いに、まともに人間と呼べるだけの人種、そのものがいないのだ。
だから、俺にはそれだけの情報網というか、噂話を吹き込んでくる人間そのものがいないのだ。俺に関係してくる人物など、いないつもりだ。作っていないつもりだ。これからも、現れることはないのだろう。
御波命は、俺と共にこの世に訪れた。
悪魔。
人間からしたら、そのくらいの存在だ。
別に、人間を取って食おうという目的でも、人間界を征服しようという精神でもなく、俺たちはやってきた。だからと言って、バカンスと洒落込む気も、毛頭無いがな。
俺たちにはある目的があってきた。
話せば長くなる。もはや語るという域に入る。それに…………一字一句をどう表現して説明すればよいのか、それが非常に悩みの種なわけだ。すると、導き出される答えは1つ――
――面倒だ。
面倒くさい。
本当に語るとなれば、それはもう、言葉を発するというだけで疲労を得る。
この件は、ここではなあなあにしておく。
ところでもう1人――大神照。
彼は、生まれて何年かした、この国での未成年という部類に入っている真っ最中に、殺人という嗜好に目覚めた。
毎晩、毎晩。
夜になると出歩き、そこで出会った何人かは、奴の犠牲になった。
奴は、殺人を楽しんだ。人間の体、死に様に興味を持ってしまった。だから――殺した。
多くの人を。
罪のない人を。
そして、興味本位で人を殺した彼は、魔王によって罰を受けた。
魔王。
この世界……特にこの国での観念でいえば、魔王とは、玉座に座り、悪だくみを考えた末に実行する生き物なのらしい。
それがたとえ、世界の侵略だろうとも。
それがたとえ、どこかの姫様の拉致だろうとも。
最後には、どこかの勇者がやって来て、その魔王を完膚なきまでに退治し、世界の侵略を止め、姫を奪還するのだそうだ。
一説には、口髭を生やしたオーバーオールの中年だとも聞くが。
しかし、魔王とはそのようなものではない。
確かに、玉座に座ってはいるが。
人間界にまで介入するような、暇を持て余した人物ではないのだ。
大神照は、その魔王に鉄槌を下された。
人類が減りすぎると、魔界にも大きな変化が生まれる。そこで、殺人を犯しながらものうのうと生きている彼を処罰した。厳重に、処罰した――はずだった。
しかし、彼は今なお生きている。
右腕を呪われ、その体を蝕まれながらも。
「ねぇ、ケン……」
そんな調子で、今も、のうのうと生きている。人を何人も殺しながら、生きている。
「はぁ」
「なぜそこで溜息をつく? 僕への抗戦かい?」
「せめて挑戦にしておいてくれ。いきなり申し込んでもいない戦争を始めるな」
呪われた右腕――悪魔の光。
永遠の苦痛という、人間の傷を背負わされながら……。
――parallel――
今日も、この人は気だるそうな顔をしている。
私はこの人の楽しそうな顔を見たことがない。茶色の髪はいつも揺れているのに、この人の心は左右へ揺れない。
私は、正直――呆れている。
いつものように、茜色を背景に、2人は机を挟んで座っていた。場所は教室。当然、それは、普段は授業で使われている学校の机だ。
2人は向かい合い、茶髪の少年は机いっぱいにトランプを広げ。
癖のない黒髪の少年はサイダーを手に持って。
そのうちの1人、茶髪の少年――星薙剣はこちらを見るなり、少し目を見開き、そして、
「はぁ……」
溜息を漏らした。
「ケン、君は何回溜息をついたら気が済むんだい?」
テルが言った。
テルというのは、大神照の呼び名だ。
どうやら、私がここに来る前にもしていたらしい。
ケンというのは、星薙剣の呼び名だ。
「しかしな、テル。どうしてこんな時に限って……依頼人が現れるんだ?」
ケンはこちらを見てはいたものの、私を見ていたわけではなかった。私の傍らの人物へと視線を向け、溜息をついたのだそうだ。
「あ、あなたねえ! それがわざわざ訪ねてきた人に対する態度ぉ!?」
私の傍らの、ケンの溜息の原因を作った女性が言い放った。怒りながらの質問、さながら刑事の尋問のようだ。
この女性、ケンが依頼人と呼んだのは、槇原瑠緒。ケンの言う通り、今回私達へと助けを乞うてきた依頼人。同じ学校の同じ学年で、私たちと隣のクラスだということで、今回は自ら来たのだという。
本来ならば、私が彼女の依頼を事前に聞き入れ、話の筋をまとめた上で、ケンやテルへ、わたしが口で報告するのだが。彼女に話を聞くと、「自分の口で説明したい」とのことだった。
それは彼女のせっかちで、女性にしては芯の強い性格からくるものだったのだろう。私の元へ来た時よりは、落ち着いたということなのだろうか。もう、ケンへと向かって吠える元気が宿っている。
「槇原瑠緒、ねぇ……」
ケンは呟きながら、机に広げたトランプを回収し始めた。彼の様子に何かを感じ取ったのか、瑠緒は訝しげにケンへと尋ねる。
「な、何よ……」
「いや、珍しい名前だな、と……」
「何よ、あなたこそ、というより、あなたたちこそ変な名前じゃない」
「あらら、僕たちまで巻き込まないでよ」
「それにな、俺は変だとは言っていないぞ」
「そんな顔してましたぁー」
「悪かったな、嫌味な口調で」
「きこえませんー」
「お前の精神年齢は5年前から成長なしかっ!」
いいコンビだ。
心なしか、テルが私と同じような目線を向けているのが気になったものの、確かにそう思った。
――parallel――
女は嫌いだ。
この女が来てから、俺のその思いだけが、急に色濃くなった。
「あたしの依頼はね……」
…………。
「…………」
なぜ黙る。
そのために来たのだろう? それを言うために来たのに、ここで黙られても困るのだが。俺だけでなく、テルもそう思っているのだろう。サイダーを飲む頻度が多くなっている。
槇原は、意を決したように口を開いた。
「し、親友を……佳奈美を……名倉佳奈美を、探してください!」
4人の他には、この教室にいる人物はいない。しかし、よく響くものだ。校舎全体に響いたようにも聞こえたぞ。
しかし、今の声で誰も駆け付けないとなると、この学校の警備上に問題があるのではないか?
……っと、今はそんな場合ではないな。とりあえず、事情はメイからでも聞くとするか。
「名倉佳奈美は、昨日、日曜日から行方が分からなくなっている。いや、行方を眩ました日は分からないが、行方を眩ましたという事実をつかんだのが昨日、ということになる。依頼人が第一発見者で、名倉佳奈美の現住所、彼女の住むアパートへと訪れた際、彼女の不在を確認。警察に通報した」
「……それで? メイ。それのどこ辺りに、俺たちへと依頼する必要性があるんだ?」
「依頼人が警察へと通報し、警察の調べもあって、名倉佳奈美が行方不明だということはわかった。しかし……」
「しかし?」
「そのアパートには、別の人間がいた。人間らしきものがいた。人間なのであろうが、人間らしからぬものがいた」
どういうことだ?
「名倉佳奈美のアパートには、死体があった。惨殺死体だったらしい。体の表面がはじけ、内臓が四散し、血液は、発見場所であった押入れの中へと溢れていた、そうだ。骨も、内臓も、脳までもがくっきりと、体の内部には収まっていない状態で見つかったらしい。見つけたのは、依頼人の彼女なのだが」
なるほど。
なら話は早い。彼女自身に、当時のことを鮮明に訊いておけばいい話だ。
俺は槇原の方へと向き、事情を尋ねることにしたのだが、隣に立つメイは、それを手で制するようにした。
「どうした? メイ」
「これ以上のことも、私が話します」
「なぜだ? 発見した当時の状況を知っている槇原なら、お前以上のことを……」
「そういうものなのです、女の子は」
「はぁ?」
俺もそうだが、2本目のサイダーに手をつけ始めたテルも、意外そうな顔で、メイの方を見詰めた。
「辛い時の状況を思い出し、それを、他人に話す。人間の、それも、女の子の場合、それだけでも心の大きな傷を掘り返すことになる。だから、私が話す……」
その言葉が俺たちに(とりわけ俺に)浴びせている間も、槇原はずっと俯いたまま、顔をあげようとはしなかった。
「へぇ。お前も、人間の感情が少しずつ分かるようになってきたか?」
「そのために、女である私が、あなたに同行してきた。そうでしょう?」
ふっ、おもしろいな。今まで、人間の感情など全くもって理解できていなかったメイが、ここにきて、成長の一途を見せたか。あまつさえ、俺に教え込むとはな。見ていておもしろい。
「じゃあ、続けて?」
にこにことして、テルは先を促した。
「依頼人がアパートを訪ねた際、死体の他に、異様な光景を見かけた。それは、部屋の中には、もうすでに、収まりきらないほどになっていたゴミの山。それも、コンビニで買ったおにぎり、パン、麺、レトルト食品、弁当、スナック菓子、ペットボトルの飲料水など……食料品のものばかり。それから、死体にも、惨殺されただけでなく、奇妙な点が。どうやら、武器は刃物及び……素手」
「素手?」
「ええ。死体の骨には、所々に、爪でひっかいた痕や、歯形なんかが見つかった」
歯形……?
「食ったっていうのか? その死体を……?」
行方を眩ました名倉佳奈美。遺留品といえば、アパートに残した、大量の食料品のゴミ、そして……惨殺死体。
その惨殺死体には、爪痕、歯型。その他に奇妙な点はと訊くと、被害者は、どうやら献血の後だったとか。つまりは、血が、普通の人間に比べて異常に少なかったらしい。しかし、献血でもそこまで絞りとったりはしない量だそうだ。
そして、一番といってもいいほど異常なもの……被害者の死体には、皮膚、表皮というものが見つからなかった。いくらくまなく探しても、あるのは、内臓、爪、歯、骨、腱、眼球、脳髄。皮膚が一片も見つからない。
「この事件……僕たち向けのようだね」
2本目のサイダーを飲み干しながら、テルは呟いたのだった。
投稿できました!
第二章も、なんだか不穏な空気が漂ってますねぇ。まぁ……なんだかんだ言うと、『序破急』の『破』っていうよりは、『起承転結』の『承』みたいな展開でしたがね。書いている最中ですと、何話で終われるかっていうのが、だんだんわからなくなってくるんですよね……。
今回、あまりテルは絡んできませんでしたが、サイダーは相変わらずの飲みっぷりです。
今のところ、自分でもキャラづけっていうのはありますけどね。
大神照=テルは、サイダー。
星薙剣=ケンは、トランプ(実はキーアイテムだったりして)。
御波命=メイは…………なんなんだろう。
まぁ、大部分はみなさん任せですからね。よく見ると、細かな容姿や何やらも書いておりませんので、読者様方のご想像にお任せいたします。
と、いうことで、これからも応援よろしくです!
ついでに言えば、ぜひ、この作品のご感想や評価をお待ちしております。酷評だろうがなんだろうがジャンジャンください!