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三時三十三分発、あの世行き

作者: 志賀飛介

「なぁ、あの噂知ってるか?」

 一つ前の席に座る僕の友人、深山賢治がそう聞いてきた。

「あの噂って?」

「上口駅ってあるだろ?あそこのホームにさ、夜中の三時三十三分にあの世行きの電車が来るらしいんだよ……」

「あの世行き?」

 僕は眉をひそめる。深山はにやりと口角を上げると得意げに言った。

「ああ、これが今話題の、三時三十三分発、あの世行きの噂だ」

「……三時三十三分に来て三時三十三分に出るのか?」

 僕がため息交じりにそう言うと、深山はやれやれと大袈裟に肩をすくめた。

「分かってないねぇ……。大事なのはそこじゃないんだよ」

「別に分からなくていいよ。っていうか、上口駅ってうちの最寄り駅なんだけど」

「まじ?じゃあ今晩あたり見に行ってみろよ。あの世行きの電車が見られるかも」

 なぜか嬉しそうに言う深山に呆れつつ、僕は一限目の授業の準備を始めた。




「う~ん…………」

 その夜、僕は余りの寝苦しさに目を覚ました。ぼんやりとする目をこすり、時計を確認する。


3:00


「三時…………」

 今朝深山から聞いたあの噂が頭に浮かぶ。あの世行きの電車が来るまであと三十三分だ。

「って、僕は何を考えてるんだ」

 僕は頭を抱えるように寝返りを打った。

「…………駄目だ、眠れない」

 あの噂が気になってどうしても眠れない。

「ったく……あいつがあんな話するから……」

 僕はベッドから降りて、部屋の明かりをつけた。一瞬ホワイトアウトして、それから徐々に視界が戻る。もう一度時計を確認すると、時間は三時十分になっていた。

 少し考えて、薄いパーカーを羽織ると、僕は静かに部屋を出た。




 夏は夜が明けるのも早いが、さすがに夜中の三時は真っ暗だ。人や車はおろか、野良猫一匹いない道を歩く。自分の歩く足音と虫の鳴き声がやけに大きく聞こえる。見慣れた景色のはずだが、こうも違って見えるものかと僕は思った。

「パーカー、着てきてよかったな」

 部屋は寝苦しかったが、外は意外と涼しい。僕は少し身震いをする。

 そうして十五分ほど歩き、上口駅に到着する。上口駅は無人駅で、券売機のある駅舎とホームだけのこぢんまりとした駅だ。僕はポケットからスマホを出して時間を確認する。三時二十五分。噂の時間まであと八分だ。当然、といえば当然だが、ホームには誰も人はいない。始発よりも早い時間だが、電灯はついていたので取りあえず駅舎に入ってみようかと足を踏み出したその時、あるものを見て足を止めた。それは駅舎に入っていく人影だった。背中を向けていたので顔は見えなかったが、背格好からおそらく中学生くらいの男の子だろうということは察しがついた。

「なんでこんな時間に……?」

 僕は首を捻るが、すぐに気付く。

「やっぱりあの噂か……」

 駅舎に消えたきり、男の子は出てこない。おそらくホームに行ったんだろうと思い、僕は駅の反対側、ホームの見える位置に身を隠した。

「……いた」

 男の子はホームにじっと立っている。俯いていて顔は見えないが、どこかくらい雰囲気が漂っていた。ただ、噂を確かめに来たというよりは普通に電車を待っているようにしか見えない。

「なんだ?噂を確かめに来たんじゃないのか?」

 僕はしばらくその男の子の様子を窺っていたが、ふと気付いてスマホを取り出す。

「三時……三十一分……」

 もうすぐあの世行きの電車が来るという時間。耳を澄ませる。何も聞こえない。無音。

「…………無音?」

 そこで僕は気付いた。無音はあり得ない。だってさっきまで虫の鳴き声が聞こえていたはず。それが今は何も聞こえない。心臓がドクンと大きく脈打った。そして遠くから聞こえてくる。


…………ガタンゴトン…………ガタンゴトン……ガタンゴトン


 その音は徐々に近づいてくる。僕の脳は必死に見るなと警告するが、視線が縫い付けられたかのように駅のホームを見続けていた。


 そして、電車がホームに入ってくる。


 なんてこともない、普通の電車だ。ドアが開いて、ホームにいた男の子が電車に乗る。それを確認したように、ドアは再び閉まり、ゆっくりと動き出した。


ガタンゴトン……ガタンゴトン…………ガタンゴトン…………


 電車は遠くへ、小さくなっていき、やがて見えなくなる。

「…………っ」

 僕は糸が切れたかのように座り込んだ。全身から汗が噴き出し、手足も少し震えている。見た目には、普通の男の子が普通に電車に乗ったように見えた。だけど僕は、そこに得体の知れない何かを感じていた。

 しばらくして、落ち着きを取り戻した僕は早足で家に帰った。家に帰るまで僕は何度も駅の方を振り向きかけたが、一度も振り返らなかった。振り返ることは出来なかった。




 明け方、上口駅は騒然としていた。回送中の電車が人身事故を起こしたのだ。亡くなったのは近所に住む中学二年生の男子生徒。原因はいじめを苦にした自殺だった。例の噂はすぐに警察の耳にも入り、この悪質な噂についても捜査がなされたが、結局噂の出所については分からなかった。結果、自殺を考えていた少年がその噂を聞き、その時間に駅のホームに行ったところそこにたまたま回送中の電車が通り、衝動的に飛び込んでしまった、というふうに解釈された。

 僕も、正直言って噂の真偽については分からない。だけどあの時確かに見たのだ。男の子が電車に乗り込む姿を。もちろん夢だったと言われれば否定は出来ない。

 ただ、一つだけ気になるのは、あの時電車に乗った男の子の顔が一瞬だけ見えたのだが、その顔が笑っているように見えた。そんな風に見えた気がしたのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] レビューを拝見し伺いました。 丁寧な語り口でとても読みやすかったです。 怖いけれど少し寂しくも感じる不思議な作品でした。 [一言] 文体がとても好きです。 他の作品も読ませていただきます…
[良い点] ∀・)なるほど、これは奥深いホラーですね。文学作品として魅せるものがありましたね。最後の数行が勝負になる作品だったと思いますが、そこまでとても丁寧に綴られていたので全体とおして雰囲気バッチ…
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