モニカという少女
あまりのことに目の前のことが分からなかった。あたしが何かを言う前にモニカはハルバードをあたしに向ける。あたしとニーナはお互いに目を見合わせる。ニーナも困惑した表情をしている。
「マオ様。あなたの武器である魔銃を使っても構いません。真剣にやりましょう」
「ちょ、ちょっと待ってよモニカ、いきなりどうしたの!?」
「……さっき言ったではありませんか。ウルバン先生からの命です」
あたしが振り返るとウルバン先生は肩をすくめる。横にはアルフレートがいた。
流石にどういうことか説明してほしい。あたしはそう言った。
「そうだね。理由はいくつかあるけど、まず君の本当の実力を見せてほしいという気持ちがあるかな。このアルフレート君もそうじゃないと結局は納得しないだろう?」
「……いや、そんなこと……モニカと戦うなんて理由にはならないじゃん!」
「安心していいよ。これはさっきと同じ単なる模擬戦だから」
武器を構えるモニカの雰囲気。飲まれそうになるようなそれは「単なる模擬戦」なんて話じゃない。
「あはは。マオさん。私が説明してあげましょうか?」
声のした方にはフェリシアがたたずんでいた。両手を組んで嘲るような表情をあたしに向けてくる。彼女が近寄ってくる。歩くたびにかつかつと音がする。
「さっきのそこにいる赤毛との会話。私をかばってくださってどうもありがとうございました」
はっと笑いながらフェリシアが言う。
「人間様はお偉いですからね。敵として対した私もかばうなんてすばらしいことです」
ぱちぱちと手を叩く。にっこり笑って彼女は言う。
「反吐が出ますね」
「なっ」
あたしよりニーナが反応した。
「貴様。なんだその言いぐさは!」
「ああ、力の勇者の子孫さんでしたっけ。確か『聖甲』の継承もできてない出来損ないでしたね」
「……!」
ニーナの体から炎が巻き上がる。フェリシアはつづける。
「……おや? 怒りましたか? だいたい力の勇者だろうが聖なる武器だろうが、殺戮者と殺戮の道具に過ぎないのですからどうでもいいではないですか」
――その瞬間にわかった。ニーナが飛び出そうとするのが、だからあたしは抱き着いた。
「離せ! マオ」
「だめだよニーナ!」
「く、くそ」
ニーナに抱き着いたままに言う。
「フェリシア! 意味のない挑発はやめてよ」
「ああ、うるさい声。私は貴方が嫌いですのであまり気安く呼ばないでいただけますか? ……まあ、今回はお前らには楽しい話ですからね」
楽しい話……?。フェリシアはモニカの肩を持つ。
「この子の母親はですね。お前ら人間に惨殺されているんですよ」
訓練場の中を静寂が覆う。あたしとニーナは何も言えない。ただ、モニカが口を開いた。
「そうです。マオ様、ニーナ様。私の母は幼い私をかばって……殺されました。……お前らに人間に」
ハルバードを持つ手が魔力で光る。
「私は父ギリアムに王都に連れてこられて、大勢の人間に出会ってきました。……来る日も来る日も数百年前のことを持ち出しては罵ってくる人間の醜さを見てきました。黙っていても反論しても必ず悪役は魔族である私です」
出会ったときのこと、ロイの事件の後もモニカは人の憎悪にさらされていたのをあたしは見ている。でも、モニカは笑った。悲しそうに。
「意味が分かりますか? 私は分かりませんでした。母と私はですね、魔族の自治領の中でたまたまやってきた王族の狩りか何かの『的』にされたんですよ? ……でも母……お母さんの死因は事故死なんです。人間との友好のために……」
ワインレッドの髪が揺れる。
「マオ様もニーナ様もいい人です。そう、いい人間です。……でも人間なんですよ。Fランクの依頼……人間のいい部分を見ることができた……それでも、これだけ豊かな王都で暮らしていたら当たり前じゃないですか! ある日に遊び半分で殺されることもありませんからね!」
モニカの言葉が終わってもあたしは何も言えなかった。彼女ははあはあと肩を上下させる。
「わかりましたかマオ様? 所詮人間と魔族は相いれません。あなたの奇妙な魔族への同情なんて何の意味もないのですよ」
あたしは……ニーナを離して前に出る。モニカがなんで急にこんな風に心の奥底にしまっていたと思う言葉を吐き出してくれたのかはわからない。
フェリシアが愉快そうに言う。
「あははは、どうですかマオさん。オトモダチごっこの結末を聞かされる気分は。あはは。面白いですよねぇ。見下していた魔族のモニカちゃんは実は心の底ではあなたも含めてみーんな憎しみで見ていたんですよ。感想とか聞けたら嬉しいですけど、どうでしょう?」
「……」
「ショックですか? 何か言ってあげたらいいのですか? このモニカという元オトモダチに」
「モニカ」
あたしの声に彼女は少し顔を上げる。何かにおびえているように見えた。
「あたしたちは友達だからさ」
驚いたような顔でモニカが一歩後ろに下がる。フェリシアは「はあ?」と苦虫を嚙み潰したように言う。その時あたしは次の言葉を探した。いや、探したというよりは自然に口に出た。
「あたしさ。故郷にいるときにめちゃくちゃやばい失敗をしたことがあるんだ」
――ミラスティアが村に来た時に冗談で「魔王の生まれ変わり」って本当のことを言った。
「それ、本当に全部、そうだね。あたし自身が死んでしまうくらいにひどいことだったと思う」
「なんの話をしているのですか?……マオ様」
「なんの話なんだろう、自分で言っててもまとまりがないのは分かっている」
あたしは訓練場の天井を見た。ガラスの天井の向こうに青空が広がっている。
あの船でのこと。今の魔王との戦った後、ミラスティアが言ってくれたこと。あたしを過去の『魔王』だと知ってもあの子は言ってくれた。
――「私はマオを見てきたんだ! 今までのことが嘘だとは私は信じない! マオとはまだ一緒にいたいよ!」
いつの間にか胸に手を当てていた。意識してのことじゃない。
「あたしもさ。モニカを見てきた。いつも一生懸命で、優しくて、たまにどこかのなまった言葉を使うあたしの親友の一人」
王都での出会いからのことが思い出が流れていく気がする。モニカは笑ったり、泣いたり、怒ったりしてくれる。
そんな彼女にあたしは手を伸ばす。
「モニカがあたしのことを嫌いでも憎んでもそれでもいいよ。それでもあたしはさ、モニカのことが大好き」
モニカが目を見開く。何も言わずにあたしの顔を見る。
だからなのかフェリシアが叫んだ。
「何を、なにを言っているんですか? さっきモニカが言ったことを聞いていなかったのですか? お前はら人間が何をしたのか! わからないくらいにバカなのですか!?」
あたしは――
「口をはさむな!」
ニーナの声が響く。
「私は、私には、魔族への偏見がある……こいつと……マオと口論したこともある……。それでもモニカと過ごした時間は……楽しかった」
ニーナ……。うん、そうだね。あたしはモニカをまっすぐに見た。伸ばした手から逃げるように彼女は首を振る。
「……卑怯。卑怯ですよ」
モニカが下がる。それをフェリシアがとどめる。
「いいんですか? モニカさん。あなたはあの人間とのかかわりを断つのでしょう?」
「……」
「人間と魔族が相いれるとでも思っているのですか?!」
モニカは泣きそうな顔をあたしに向けてくる。
「マオ様……。出会ってからずっと、ずっとあなたには驚いてばかりなのに……でも、でも私は貴方とはもう一緒に居るべきではないです」
「……やっぱり、あたしたちのことが嫌いだった……?」
「違う!」
モニカはハッとした。頭を抱えるようにして彼女は言った。
「……違う、違います。……私も……マオ様とニーナ様とミラ様とラナ様とのみんなとのことも、王都の人たちのことも楽しかったんです……でも、でも、いつも夢に見るんです……みんな私が魔族だからいつか嫌いになるんじゃないかって、今のすべては壊れるんじゃないかって」
彼女は膝をついた。
「それなのにいつもみんな優しくて……それなのに、マオ様が魔族をかばって人に傷つけられることが目の前であって。私には何もできなくて……」
「いやだ、いやだ、いやだ。私は大好きなマオ様が魔族のことで傷つけられるのを見たくない。だから離れたいんです……」
フェリシアがが「ちっ」と舌打ちをする。心底不愉快そうな顔をした。
そっか。やっぱりモニカはいつものモニカなんだ。……でも、それでも彼女が叫んだことは嘘だったわけじゃないと思う。心の奥にはきっといつも合ったことに苦しんでいたんだと思う。その悲しみも苦しみも取り去ってあげられるわけでもないそれでも、一緒に居たい。
あたしは、強引にでもモニカと一緒に居たいんだ。
振り返る。そこにはウルバン先生がいた。
「先生。確かあたしとモニカの模擬戦をするって言ったよね」
「……ん。そうだね」
「……モニカ!」
モニカはハッと顔を上げる。涙に顔が濡れている。そんな彼女にあたしは指を指す。そしてウインクした。
「あたしはさ。強いから。モニカには負けない。……だからあたしが勝ったらまた一緒に居よう!」
あたしは魔銃の包みを取る。白い銃身に装飾を施したクールブロンを手に取る。
モニカはハルバードを手に立ち上がる。
「マオ様……それでも私は貴方から離れるべきという気持ちは変わりません……! ……今日、ここで私は貴方を倒します……!」
モニカの体から魔力が沸き上がる。




