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模擬戦②


「それじゃあ、はじめ」


 ウルバン先生の合図。次の瞬間に剣を構えたアルフレートの体から燃えるような魔力が昇った。一瞬その体が揺らぐように見えた。


「うわ!」


 あたしはその瞬間に横に避ける。遅れて飛び込んできたアルフレートの斬撃がかすめる。ちっと彼が舌打ちをするのが聞こえた。


 周りから歓声が上がる。アルフレートを応援する声が響く、今はムシムシ。


 あたしは剣を担いだままに少し離れる。動きを止めているとすぐに次の攻撃が来る。だからは円を描くようにアルフレートの周りを動く。


「なんのつもりだ君は」


 そんなこと言われてもさ。今できることなんてこれくらいしかない。まともに剣と剣をぶつけ合って切り結んでも絶対勝てないってことは分かっている。


 アルフレートはきっと才能に恵まれた男の子だと思う。豊富な魔力、それにさっきの斬撃が彼の修練の物語っている気がする。もちろんミラほどでもないけれど……それでもあたしなんて相手にならない。攻撃の魔法は禁止だからなおさら。


 それは彼もわかっているみたいで動くあたしを睨んで無理に攻撃してこない。魔銃であれば多少の力の差があっても工夫のしようもあるけどさ。今肩に担いでいる剣を振ったって簡単に防がれるだろう。剣を投げてもいいけどたぶん同じ。


 アルフレートは剣を向けてくる。


「そのように逃げていては勝負にならない。正々堂々に撃ち合ったらどうか」

「べー」


 動きながら舌を出す。アルフレートはそれで一瞬あっけにとられた顔をして……怒り出した。


「平民が……」


 魔力が彼の体を包み込む。一歩、踏み込んでくる。その前にあたしは後ろに全力で下がった。また紙一重で斬撃をかわす。今度は連撃、さらに一歩アルフレートが踏み込む。


 横に転がってかわす。しっかり立ち上がらずにわたわた何とか走って逃げる。はあはあ。どうしようか。周りからはあたしの滑稽さを嘲笑う声がする。


「マオ! 私と一緒に戦ったクリスとかいう魔族の方がずっと格上だぞ!」


 ニーナが応援をしてくれる。確かにアルフレートよりはクリスの方が強い。あの双剣はよけにくかった。


「クリス?……マオ様が?」


 何か聞こえたけど今は迫ってくるアルフレートをどうにかしないといけない。


「ちょこまかと動き回るな」


 アルフレートが突進して突きを放つ。体勢を崩してよける。はあはあ。ほんとしんどい。息を整えようとあたしが大きく空気を吸った。


 その瞬間に彼の体からさらに光がはなつ。彼の魔力が足元に収束して石の床を蹴る。全速力でアルフレートが踏み込んでくる。


「終わりだ!」


 目の前に踏みこんだその顔は勝利を確信している。彼は剣を振り下ろす。


 それは幸運だった。たまたまあたしは剣を担いだよう持っていたから、その斬撃をとっさに剣で防ぐことができた。火花が散る。じーんと手にしびれるような痛みが広がる。後ろに下がって危うく転びかけた。


「いてて……!」


 手が痛い。涙が出そう。こんなのミラは平気な顔でできるのすごい。


「くっ」


 アルフレートも勢いあまって少しよろけた。


 そうでなかったら追撃でやられていたと思う。あたしはすかさず距離を取る。


「しぶとい奴だ……」


 まあ、しぶといくらいじゃないと生き残れなかったかもしれないしね。今のはたまたま剣を持っている「位置」がよかったのは否定しないよ。……そうか、位置か。


「まあ、あんたくらいのへっぽこならさ。こんなもんだよ」

「何?」


 アルフレートは安い挑発に付き合ってくれる。……妙な話だけど案外素直なのかも。でも彼はあたしを仕留めるためにさっきと同様に魔力で体を強化する。鉄仮面やニーナの使う「術式」とは違って外から体を強化する魔法はどこを強化するのか結構わかる。


 足にアルフレートは力を込める。あたしは初めて剣を両手で持って前に構えた。


 アルフレート位置はあそこ。自分はここ。そして剣を握る。


 魔力が収束していく。アルフレートが踏み込んでくる。


 ――その瞬間にあたしも前に出る。そのまま剣を横に構えて、思いっきり力を籠める!!!


 がきーんって音がした。いってー! 手がしびれる。構えた剣におもいっきり何かがぶつかった感触がした。ぶつかる瞬間は見えていなかったけど。ずさっと後ろでアルフレートが倒れる音がした。


「痛った……!」


 剣を床に捨ててあたしは両手にふーふーと息を吹きかける。赤くなってるし……。涙が出てくる。そんな感じだから周りが静かなのは後で思い返すまで気にならなかった。


「それまでだね。マオ君の勝ち」


 ウルバン先生がそう言った。その瞬間に生徒たちから悲鳴のような声や抗議の声が聞こえた。


 後ろを振り向くとアルフレートが頭を押さえながら立ち上がってくる。額から血を流している。手で押さえながらぎらぎらとした目であたしを見てきた。……痛そう……やりすぎたかな。


「まて……今のは納得がいかない……! 僕の全力の踏み込みに……たまたまその女の剣が当たっただけです。もう一度、もう一度させてください」

「いや、医務室とか行った方がいいよ」


 あたしの本心からの言葉を聞いてアルフレートは憎しみの目で見てくる。


「まあまあアルフレート君」


 ウルバン先生が前に出た。


「さっきも言ったけどこれは単なる模擬戦だから。負けたり勝ったりは当たり前だしね。君は治療をするべきだよ」

「納得がいきません。こんな……無様な」

「そうかな……君は君の弱点をつかれて負けた。ただそれだけだけどね」

「弱点……?」


 そう、それくらいしか勝ち目がなかったから。ウルバン先生は周りの生徒を前に言う。


「アルフレート君は類まれなる才能があるのはみんな見ての通りだけどね、彼はその魔力によって強化された自分の体に振り回されたね。さっき一度目の踏み込みで一撃で体を支えきれずにふらついたね。……マオ君」


 いきなり呼ばれていつもびっくりする。と、とりあえず返事をする。


「……はい」

「君はその弱点を見抜いてわざと挑発して同じように突っ込ませた。突進する間の方向転換はアルフレート君にはまだまだ無理だ。だからぶつかる位置にわざと剣を構えた、あとは君が突っ込んできて終わり」


 わかった? とウルバン先生が言うとアルフレートはぎりと歯ぎしりをした。


「そ、そんな戦い方があるわけがありません……剣を振るわけでもない……そんな邪道な」

「さっき言った通りだよ。アルフレート君。剣なんて使い方次第でほかの道具にもなる。それをマオ君が実践した。ただそれだけだよ。それに君は彼女を侮って油断していた……だから負けたんだ」

「それは、それは当然でしょう! 見てください!!」


 アルフレートがあたしを指さしてくる。


「魔力もない! 剣の心得もない! こんな小物を僕が相手していること自体がおかしいんだ!」


 うーん言ってくれるなぁ。でも、あたしは両手を組んで黙っていよう。これ以上こじれても駄目な気がする。


「あはは。君は勘違いしているなあ。そこにいるのはかわいらしい少女じゃあないよ、ねえマオ君」

「……? それってどういう意味」

「どういう意味もなにもそのままさ。君は見た目程かわいくない経歴を持っているだろう?」

「……」


 ウルバン先生の刺すような眼光。あたしは思わず後ろに下がって距離を取る。


「……ほらね」


 いや、なにがほらねなのか分からない……でも今のは『殺気』だ。でもウルバン先生はすぐに表情を和らげる。にこにこと好々爺に戻った。彼はあたしに近づいてきて、ぽんと肩を叩く。それであたしにしか聞こえないくらいの声で言った。


「君の反応はすべて速すぎる。相手の姿勢や魔力の流れで次の行動を『読んで』いるからアルフレート君の攻撃は一切当たらない。そうだろう? 相手の行動が成立する前に未来を予知しているに近いね。僕の放った殺気にもちゃんと反応するなんてこともそれなりの達人じゃないと難しいものだよ」

「……」

「それはね才能とかだけじゃ補えない。そうだね、異常なほどの戦闘経験を感じる。もしかしたら僕よりも……なんてね。それは君の歳から考えるとおかしいけど」

「……」


 からからと先生は笑う。あたしはこの人の怖さを見誤っていたのかもしれない。


「まあ」


 ぽんぽんとあたしの頭をなでる先生。


「今はかわいい僕の生徒ってことで」


 うーん? 複雑な気分。


 ……そんなことを思っているとアルフレートがへたり込んだ。た、たぶんあれはまずい気がする。「刃引きの加護」をしていても頭を強く打った……いや打っちゃったってことだから。



 んー


 体を伸ばす。もうお昼過ぎだ。アルフレートが医務室に行った後にウルバン先生の授業はそれぞれの持ってきた武器の講義になった。たまに簡易的な模擬戦を取り入れながらの実践と基礎を繰り返すようなものだった。


 あたしの「魔銃」は流石に先生も「わからない」ってことで剣をまた貸してもらって、剣術の手ほどきを受けた。剣の握りから振り方なんかを習ったんだけど……疲れた。明日には筋肉痛になりそう。


「また目立ったなお前」


 ニーナは武器ではなくて格闘術を先生から習ったみたい。あの人は何でもできるのかもしれない。途中からモニカとフェリシアの姿が見えなくなったけど、どうしたんだろうか。


 生徒たちはそれぞれグループを作ったりしてウルバン先生がそれぞれに与える課題をしてた。画一的というよりはそれぞればらばらにでも的確なアドバイスをするのを見た。


 まー仕方ないけどあたしはニーナと2人。


「し、仕方ないじゃん」

「そうかな……まあ、今回は突っかかられた……。いやお前はいつもトラブルを吸引している気がする。前も、前の前の授業も」

「う、うう」


 反論しにくい……。あたしは肩にかけた魔銃の包みを掴む。


「とにかく今日は帰ろう! おなか減ったし……早く寝たいよ」

「休みたいのは同じだな……ああ、そうだ。そういえば王都には公衆浴場というのがあると聞いたことが……」


 ――待て! そこの女!」


 振り返った。頭に包帯を巻いたアルフレートが立っている。


「あ! もう平気なの?」

「……このまま帰すわけにはいかない。僕は君に決闘を申し込む」


 勘弁してほしい……疲れたんだよ。アルフレートが剣を抜いてあたしに向けてくる。


「あたしの負けでいいよ。今日は帰りたい」

「貴様……ぁ。僕をどれだけ愚弄すれば気がするんだ」

「……はあ」


 あたしはつかつかとアルフレートに近寄る、両手を組んで剣の前に立つ。


「愚弄とかしてないよ」

「その態度が僕をバカにしているんだ! 貴様のようにまともに何もできず、ミラスティアさんを利用して成り上がろうとするダニが偉そうにする――」


 アルフレートの右頬にニーナの拳が叩きこまれる。ええ!? アルフレートは後ろに倒れた!


「いい加減にしろ」

「に、ニーナ」

「『刃引きの加護』をしないで相手に武器を突き付けるなど許されることじゃない。はあ、確かこいつ貴族だったな……面倒がないといいが」

「そうだね、マオ君もニーナ君も大変だねぇ」


 !!!!!!!??? 急にウルバン先生が現れた。あたしとニーナはびっくりして飛び上がった。彼はけらけらいたずらが成功したように笑う。


「ちょっと悪いんだけど君たち二人とアルフレート君は決着をつけないとこのままじゃあよくないよね」


 そうかもしれないけど……もう彼と戦うとかは嫌だよ。特に今日は。


「あははっ、とりあえず訓練場にもう一度来てくれるかな。ほらほら」


「えー」


 やだなぁ……でもウルバン先生はニーナとあたしの背中を押してくる。


「もう、ニーナって誰からでもいわれるのは仕方ないのか?」


 なんかニーナはしょぼんとしているし。アルフレートもウルバン先生が無理やり立たせて連れてくる。



 訓練場の中は静かだった。生徒たちはみんな帰っているみたいだ。いや、真ん中に誰かが立っている。


 ワインレッドのかわいいくせっ毛、白い肌にとがった耳にフェリックスの制服を着た彼女は、大きなハルバードを携えている。


「来ましたねマオ様」

「……モニカ?」


 モニカを中心として魔力が迸る。ハルバードは光を纏い『刃引きの加護』が付与される。彼女の瞳がぎらりと光る。彼女はハルバードを振ると風が渦巻く。

 

「申し訳ありませんマオ様。先生からの命でこの場であなたを打ち倒します」


 銀の大斧を携え彼女は言った。

 


ご感想とかあれば……! なんでも

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