模擬戦
剣。
正直全然よくわかってない。むしろ昔にミラの先祖から斬りかかられたことはほんと数えきれないほどにある。……今思い出しても……ああ、怖かったなぁ。
でも、いきなり模擬戦……つまり勝負ってことだよね? どうすればいいのだろう。
「ちょっと待ってください」
ニーナが言った。あたしの肩を右肩に手を置く。
「こいつは剣の心得なんて多分ありません。いきなりそんなことは無理です」
ウルバン先生は軽い感じで返す。
「別に負けてどうなるって話でもないし、そんなに固く考えなくてもいいよ。あっはっは。アルフレート君も別にいいだろう」
「僕は…………いいでしょう。彼女程度であればすぐに終わる話です」
アルフレートは剣を抜く。刀身の煌めく。宝石の散りばめられたきれいな剣だった。紅い宝石はおそらく魔石のようなものだ。本来であれば魔力を通して増幅するような装飾だろう。
「ああ、そうそう攻撃の魔法とかは禁止だけど、『刃引きの加護』は行うようにね」
加護というのは魔力を使って武器や道具に対して何らかの力を付与するものだ。『刃引きの加護』は刀身に魔力を通して攻撃力を喪失させる、言ってしまえば訓練のためのもので最も簡単なもの。村にいた時ミラとガオが決闘でやっていた。
「無論です」
アルフレートは刀身を指でなぞる。彼の剣はほのかな光に包まれた。ウルバン先生は自らの腰に吊った剣を外して鞘ごと渡してくる。白い鞘のそれを手で持つと重い。……単にあたしの力がないだけ。
「これを使いなさい」
「……あ、ありがとうございます?」
お礼が疑問形になっちゃった。剣を引き抜くのに苦戦してなんとか抜く。ウルバン先生みたいに鮮やかにはいかない。アルフレートのように「刃引きの加護」を……と思ったところで気がついた。
「あ、あのさ」
あたしは片手を上げる。
「魔力が足りなくてできないかも」
ウルバン先生が口を開きかけた時、周りから失笑が漏れた。アルフレートもふんと嘲るように笑う。まあ、炎とか氷の加護を付与するなんてことではなくて純粋に刀身を魔力で包むだけ。しかも、少し心得があれば誰だってできる程度の物だ。なんたってあたしの時代から同じことしてた。
ひとしきり笑い声を聞きながらどうしようかと思っていたら、叫ぶような声が聞こえた。
「あの!」
全員がそちらを見る。モニカがハルバードを手にアルフレートを睨みつけていた。いや、全員を見回している。敵意すら感じるような強い眼光放つ、いつも優しい彼女がする表情ではなかった。
「模擬戦をするなら私の方が適任と思います。武器の扱いは慣れていますし……その赤い髪の人程度であれば、そんなに時間はかかりません」
モニカが挑発をした…? アルフレートは返す。
「魔族の分際で……いいだろう、このマオの後でも前でもやってあげよう」
「こらこら。勝手に決めない」
ウルバン先生は変わらない。
「モニカ君だね。このマオ君とアルフレート君の模擬戦は理由があって行ってもらいたいものではあるんだよ。まあ、うん……君は優しい子だね」
「……」
モニカはウルバン先生すら睨んでいる。その目は問いかけているようだった。でも彼は答えない。
「よかったらマオ君の剣に加護を授けてあげるのはどうかな? 君が何を言おうとここは僕の授業だからさ。変わらないよ」
まだ何か言おうするモニカに対してあたしは言った。
「そうだね、モニカにやってもらえるなら安心だよ。お願いできないかな?」
一度モニカはうつむいてからあたしを見る。泣きそうな顔だった。
☆
剣にモニカが手を添える。ほのかな光に刀身が輝く。これで加護の付与は終わりだ。斬れない剣の出来上がり。
「ありがと」
「……」
モニカはうつむいたままだ。前髪が目にかかって目元が見えない。彼女の手が下がってあたしの手をつねる。え?? 痛い?? いたいって!
「マオ様」
誰にも聞こえないくらい小さな声で言う。
「なんでフェリシアなんてかばうのですか?」
彼女はつづける。
「あの子は……あなたの敵ですよ?」
隠れた目元から少しだけ光るように流れる何かが見える。
「なんであの子をかばってあなたがみんなに馬鹿にされないといけないんですか? 私は……私は貴方にも怒っています」
それだけ言ってモニカは手を放す。その時「すみません」と付け加えてきた。……あたしはつねられた手を見て、やっとわかった。この子はあたしのことを思って、アルフレートを挑発するようなことすらしたんだ。
「ありがと、モニカ」
「……」
モニカはしばらく黙っていた。そして一言だけ言った。
「バカ」
すぐに背を向けて離れていく。あはは。モニカからもついに言われた。まあいいや。
生徒が離れていく。ニーナに魔銃の入った包みを預ける。
「無理をするなよ」
って言ってくれた。ま、やれるだけやってみるよ。手に持った剣は重いし、まともに振ることができない気がする。うーん。こうして考えるとほんっとこのいまの体って力がないなぁ。村でもスキとかクワとか扱うの大変だった。
アルフレートとあたしが対峙して審判役にウルバン先生が真ん中につく。
「それじゃあ、模擬戦を始めようか。勝負としては身体を強化する魔法以外は禁止。あくまで武器を使った訓練だからね。相手の急所に剣を当てたらとりあえず勝負ありかな」
まあとにかく剣を当てたらいいってことか。あたしは肩に剣を担ぐように構える。
アルフレートは長身……とっても小柄なあたしからみて大きいだけ。剣を構えて体に魔力を見みなぎらせている。身体強化を魔力で行うって言ってもあたしにはそんなことはできない。
「安心したまえ。すぐに勝負など終わる。恥じることはない。もともと魔力もまともに持たない落ちこぼれだからな。君は」
「……ふー」
好き放題言ってくれるなぁ。んーー。そうだな。あたしは挑発もかねてにやーりって感じで笑ってやる
「そんなあたし……マオ様に負けた時のいーわけを考えておいた方がいいよ」
アルフレートは……黙ったままだけど、感じる敵意は強くなった。




